日記1 出発! けど前途多難!
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
この世界は陰謀も、支配も、様々な同種族さえも争い、覇権を争っていた。人も魔人も聖人も亜人も。全ての種族が争い合っていた。それもこれも昔の話。
この世界の暦が千と六百と十二の年。亜人が覇権を争っていた土地に一人の王が現れた。誰かが言った。それは悪魔だと。誰かが言った。それは救世主だと。
王は多種族を束ねる巨大な王国を僅か二年で創り上げ、もう数年で様々な大戦を潜り抜け、勝ち進んだ。魔王と呼ばれた多種多様な魔族の王さえも、この世界の均衡の為に生み出された勇者と呼ばれた者も、その巨大な王国の王には敬意を示していた。
だが、その王は、一つの大戦の後、行方をくらました。理由は分からない。それとも知っているのに語らないのかも分からない。
様々な者がこの世界を探し回った。だが、見つかることは無かった。
暦が二千と百と二十の年。もう五百年以上経つ。もうその姿は五百年前を生きている悠久の寿命を持っている生物として上位の存在だけが覚えている。我々はその姿を歴史書や像でしか見ることは出来ない――。
「――と言うことだ」
一人の背が高い人が前の女性に語りかけていた。白と黒の髪が入り交じる綺麗な髪をしていた。
背が高い人は女性的な体型はしているが、一応は男性である。中性的な顔からも良く勘違いされるようだ。
白い布に黒い紋様を書いているローブを着ていた。良く想像する魔法使いのローブに似ている。
瞳は片方は金で、片方は銀に輝いていた。
その男性の前には女性が切り株に頭を乗せ、寝息を立てていた。
赤の長い髪が切り株からはみ出ている。男性はその女性の頭を手元に持っている本で叩いた。
「いたぁぁ!?」
私は赤い瞳を潤ませながら男性を睨んだ。
私の名前は"カルロッタ・サヴァイアント"。この男性の弟子である。
「何で叩くんですかお師匠様!?」
「カルロッタが外で暮らしたいと言ったからこっちは社会常識を教えているんだ。それなのにお前は……」
「う……それは確かに……」
「……ほら、その巨大な王国の名前は」
「リーグです」
「そうだ。今や確認されている全種族がその国で確認されている。正真正銘の多種族国家だ」
「その国の今の王は誰なんですか?」
「金髪幼女の"メレダ"だ」
「それは王足り得るんですか!?」
「彼女はああ見えて年は千を超えている。それに数少ない竜人族だ。今はもう五人しかいないな。王がいなくなったリーグにとっての代理としては適切な人材だろう。会う機会は滅多に無いだろうが、関係が出来たのなら無礼が無いようにな」
「流石にそれくらい心得てますよ!」
木の陰に隠れながら、二人は授業を続けていた。外だからこそ弱い風が心地良い。
「お師匠様、リーグの王はどんな人だったんですか?」
「……そうだな」
お師匠様は思い出しながら語り始めた。
「……聞いた話によると、その王が持つ剣は全てを切り裂き、その王の目を見るだけである者は恐れある者は穏やかになり、その王の魔法は一国を滅ぼす。数多の魔物を従え、優れた魔物はその王の力により魔人と成る」
「どんな化け物ですか!?」
「魔法で一国を滅ぼすくらいなら俺でも出来る」
「それはお師匠様がおかしいだけですよ……。つまりその王は何百年か生きた長命の種族と言うことですよね?」
「恐らくな。予想では千歳を越えていると思っている。だが彼処までの実力者が急に現れるのも変な話だ。俺はもっと裏があると思っている」
勉強を終え、私達は私が育った小屋に戻った。
小屋の中は見た目との大きさが合わないほど広い空間だった。この中はお師匠様の魔法により外の見た目より広くなっている。
ここは屋敷のような構造をしている。扉を抜け、廊下に出て、ある部屋に入った。
図書館のような様相をしている部屋だ。天井が高すぎて飛行魔法を使わないと届かない。無数の本棚に、机の上に乱雑された研究資料、そして部屋の中心には水晶の中に閉じ込められている一人の綺麗な女性。
金の髪や深紅の瞳が綺麗だし、何処かの貴族のような服を着ている。背から蝙蝠のような翼が生えているから、吸血鬼か何かなのだろう。
容姿は十八になった私より幼いが、お師匠様が言うには、出会った時は六百を超える年齢だったらしい。
水晶の隣には長い槍が刺さっていた。柄は赤い金属で作られている。刃には豪華な宝石の装飾が施されており、儀式用な印象を受ける。穂先に大きな斧頭が付いており、槍と言うよりハルバードだ。
どうやら装飾に使われているこの宝石自体に様々な魔法が刻まれているらしく、このハルバードを振り回してこの人は戦っていたらしい。
お師匠様は水晶に触れた。水晶は水のように溶け、中に閉じ込められた女性を優しく抱き抱えた。その女性の額に指で触り、魔法陣を描くように指でなぞっていた。
複雑な魔法だ。お師匠様が魔法陣を描くほど。魔法は様々な使い方が出来る。例えば詠唱。詠唱は言葉で体の中の魔力を操り、魔法陣を描く行為に似ているらしい。つまり体の中の魔力を操れる程の技術の持ち主なら詠唱を短縮、そして極めれば無くすことも出来る。
魔法陣を描いて魔法を発動させる方法は一番簡単だ。魔力を流せば良い。それは魔法陣に沿って、溝に流れる水の様に行き渡り魔法を発動出来る。難しい魔法でも魔力量さえあれば誰でも魔法陣で魔法が使える。ただし発動は描いた魔法陣につき一回だけ。どちらが優れているかは状況次第だ。
つまりこの女性に施している魔法は詠唱も長く、お師匠様程の技術を持つ人でも魔法陣を描かないといけないほど複雑で難解な魔法と言うことになる。
この魔法の効果は、対象の時を十年単位で止める。何故お師匠様がこの女性にその魔法を施しているのかは教えて貰えない。
ただ、お師匠様の古い研究資料に腐敗が始まった死体を戻す魔法の研究があった。つまりこの女性はもう死んでいるのだ。そして、今のお師匠様の研究は恐らく、死者蘇生。だが、研究資料は百年前の物を最後に無くなっている。ここ百年の資料が見当たらない。もう終わらせたのだろうか。それとも諦めたのだろうか。
お師匠様は指をパチンと鳴らした。水のように溶けた水晶は形を取り戻し始め、お師匠様は女性をその水晶にもう一度閉じ込めた。
「……カルロッタ」
「はい」
「……死者を蘇らせる魔法は、出来ると思うか?」
「お師匠様でも出来ないなら無理ですよ。私は人ですから。お師匠様より長く生きられません」
「人でも悠久の時を生きれる方法はある。それこそ人から悠久の時を生きる種族に進化も出来る。そうすれば、死者を蘇らせる魔法は作れるか?」
「どうでしょう。それを出来るのは神様くらいだと思ってますが」
「……なら俺は、神の領域に踏み込もうとする不届き者だな。……神に生み出された我々が踏み込んではいけない領域……か」
「……お師匠様。もう明日には私は外に出ます。少しだけでもこの人のことを教えてくれませんか?」
「……そうだな。全ては語れないが」
外に出て、木の陰にお師匠様は木の椅子を二つ持ってきた。そこに私は座った。お師匠様も紅茶の準備をテーブルを持ってきて座った。しかもケーキまで作っている。
「……少し長くなるからな。ゆっくり平和なティータイムをしながら話そうか」
紅茶は独特の香りが鼻に通る。私は一口味を確かめると、あまり好みじゃない味がする。
お師匠様は私の紅茶のカップにミルクを入れた。
また飲むと、今度は良い味になった。爽やかなミルクティーは私の好みだ。
「……さて、何処から話すか……。……そうだな。死んだ理由は戦争に巻き込まれたからだ。あいつは別に俺の恋人って訳でもない。だが、俺はあいつを大切に思っていた。あいつを生き返らせようとするくらいにな」
私はケーキを一口分フォークに刺しながら聞いていた。
「その後は数年くらいあいつの亡骸を抱えて各地を歩いていた。そうするとどうしても腐ってしまって、もう顔も分からなくなってしまった。だから俺は亡骸を元の状態に戻す魔法を作ったわけだ。生き返るかも知れないと言う一抹の期待を胸にな。だがまぁ……生き返らせることは普通では無理なんだよな。俺の研究は終わってしまった。後はもう、カルロッタが知っている通り」
「……本当に死者蘇生は出来ないんですか」
「魂がもう遠くにある。死んだ直後だと魂が近くにあるから蘇生出来る魔法があるらしいが……大きな設備と複雑な魔法陣の構成、あまりに多すぎる魔力量を使う。使うにしてももう魂は遠くにある。どうしようも出来ない」
「……つまり、神になれば……」
「……そうだな」
お師匠様の笑顔は何かを誤魔化しているような雰囲気に見える。
「……この世界の法則はこうだ。まず死者蘇生は出来ない。今ある設備はこの世界に住む奴らが作り出した物じゃない。神が作り出し、それを下界に降ろした物だ。つまり死者蘇生をするためにはその法則を変えなければいけない。そんなことが出来るのは――」
「この世界を作った神」
「そうだ」
お師匠様は紅茶を飲み干した。
「さぁ、俺が語れることはこれだけだ。他に質問は?」
「私の両親は分かりますか?」
「さぁ? 誰だろうな。恐らく魔物にでも喰われたか、それとも逃げたか……」
「お師匠様が分からないと私は絶対に分からないですね」
「……家族を探すために外に出るのか?」
「いえ、外の世界を見てみたいんです。あ、偶には帰って来ますよ!」
「……そうか」
お師匠様は哀しそうな顔をしている。だが、そこには笑顔がきちんとあった。
そして、次の日。私は今日外の世界に行く。お師匠様と話すのも大分後になるだろう。お師匠様に育てられた私にとっては少し寂しいような。
長い杖を背負い、最後の挨拶をお師匠様と交わした。
「忘れ物は?」
「大丈夫です! 路銀に困った時に売りさばく魔物の素材も持ちましたし!」
「そうか。じゃあカルロッタにこれを」
そう言ってお師匠様は私にロザリオを手渡した。
「お守りだ。あまり人に見せるんじゃないぞ」
「分かりました!」
「……それと、ある約束をしてくれ」
「契約魔法ですか?」
「そうするか」
お師匠様は掌を私に見せた。掌には白く輝いている魔法陣が形作られていった。
「カルロッタの力は強すぎる。それこそ初級の魔法で大体の者を壊せる程度にはな。だから、外で使う魔法は初級魔法だけにしてくれ」
「分かりました」
「……そして、それでも倒せない者もいる。そう言う存在と戦う時、そして、守りたい人が後ろにいる時だけ最上級魔法を使うことを許す」
「分かりました」
「……まだあるぞ。カルロッタの魔力は強大過ぎる。周りの存在にとって毒になるくらいに。だからそれを制限する。それも勿論、守りたい人が後ろにいる時だけ開放することを許す」
「分かりました」
「まだまだ。俺のことは誰にも言わない。勿論お師匠様とは言っていいぞ。更に明確に決めるなら、俺の特徴ややっている研究を言わない」
私はお師匠様の掌に触れた。そして、私に契約魔法が刻まれた。契約魔法はその名の通り、二人以上の人に結ばれる契約を守るために使う魔法。使えば両者契約を破ることは不可能になる。
「さ、俺がやるべきことはもう終わった。お別れに言いたいことは?」
「次に来る時は友達を連れて来ます!」
お師匠様は優しく微笑んだ。
「それではお師匠様! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい。……カルロッタは死ぬなよ」
「もちろんです! それでは!」
私はお師匠様に背を向け、そのまま歩き出した。
初めて一人で歩き出した第一歩。そして外の世界に心躍る。
何処に行こうか。何処に住もうか。何をしようか。私は外の世界を夢見ながら長い旅路を歩いていた。
歩いてもまだ外の世界は見えてこない。辺りに生い茂る植物と、偶に顔を覗かせる動物と魔物。
赤ん坊の頃からこの森に住んでいた私にとっては見慣れた光景だ。今から私はこの外に行く。
やがて、日が落ちかけた頃。私は光り輝く壁に辿り着いた。
その光の壁は天高く、そして端が見えない程広く巨大な結界の役割をしている。私が目指す外の世界とはこの結界の先を意味する。私がお師匠様に拾われて18年。一度も出たことが無い外の世界。私は期待と好奇心のままその光の壁に入った。
暖かい光に包まれながらも私は前に進んだ。やがて、夜の月光が辺りを包んだ。後ろを振り向いても先程まであった光の壁は存在しない。
初めて見る外の世界はそこまで森の中と変わらない。だが、それはまだ全てを見ていないからだ。
人が歩ける程度に塗装された道を歩きながら、私は前に進んだ。
「おーい、どうした。こんな夜中にお嬢ちゃんが一人で」
ある程度歩いた道の横の木の横に、焚き火を焚いている男性が私に話しかけた。その男性の側には重々しく金属光沢で輝いている分厚い鎧が脱ぎ捨てられていた。
「旅に出たんですよ」
「こんな夜に……。あんまり夜中に出歩かない方が良いぞ。こんな辺鄙な場所だが魔物も出る。ここで休んで行け」
私はその言葉に甘えることにした。
男性は焚き火で焼いていた動物のお肉を私に手渡した。脂が溢れ出しており、お肉の美味しさが視覚で分かる。
「しかし、こんな大陸の端みたいな森に旅をしに来るとは。変なお嬢ちゃんだな」
男性はお肉に齧り付きながら話していた。
「おじさんは何でこんな所にいるんですか?」
「俺か? 俺はリーグの人間の兵士……と言っても下っ端中の下っ端だがな。リーグを建国した王の捜索は五百年経つが、その王の姿を見たことがある方々はまだ諦めていない。だからこんな辺鄙な場所での捜索に俺が送られたって訳だ」
「やっぱり慕われてたんですかね」
「そりゃお前、あんな巨大な一国を二年で建国する王だぞ。統率力がずば抜けてないとおかしいだろ。……まぁ、一部の方々は慕うと言うより好意を寄せているに近い気がするがな……。あくまで俺の主観だ。あんまり気にするな」
私はお肉を口に入れ咀嚼した。噛むごとに美味しい脂が吹き出し、旨味が口の中を流れる。もう少し味付けをしたいが、これだけでも満足感がある。
「それで、お嬢ちゃんは何処に向かう気なんだ?」
「取り敢えず一番近い町か村に行きたいです」
「一番近い村か……この道を真っ直ぐ行けば着くが、人の足だと三日はかかるぞ? 食料はあるか? 足りないなら俺の分を少し分けてやろうか?」
「大丈夫です! 飛行魔法を使えるので!」
「魔力切れが心配だが、確かにそれなら丸一日で着くが……。ああ、そうだ」
男性は鎧の近くに置いてある麻布で作られた袋から黒く輝く石を三つ私に手渡した。見るだけで分かる。魔力が込められている。しかも相当良い物だ。
「魔力が込められている魔石って言うらしくてな。リーグで取れるやつは純度が良いんだ。俺は魔法なんて小難しい物は使えないしな。お前みたいにより役立つやつに渡した方が良いだろ」
「ありがとうございます!」
しかし、私は丸一日くらいずっと飛行していられる。本来ならこのような物は必要無い。だが、このような人の善意は受け取っておくべきだ。私は何でも入って何個も入るポケットに入れた。
次の日、私は朝日に目を萎ませて起きた。男性は焚き火の火を消していた。
「起きたか。それじゃあ俺は捜索を続ける。お前の旅が良い物になることを願ってるぜ」
「色々ありがとうございます」
「良いさ。俺のせいでリーグの印象を悪くするのは嫌だからな」
そのまま男性は森の中に入り、何処かへ行ってしまった。私は道を真っ直ぐ見た。
私の足は少しだけ浮かび、それをきっかけに私の体は力強く空に飛んだ。朝日に照らされ、私の頬を通り、流れる風が心地良い。少しだけの余韻に浸り、私は下に見える道に沿って空を飛んだ。
「しーろーとー。くーろーとー。まざったーいーろに主はいませりー。魔はいませりー」
私は愉快に歌いながら空を心地良く飛んでいた。空は雲ひとつ無い晴天に照らされ、日差しが直に私にぶつかっている。
くるくると空を飛びながら愉快に回り、移りゆく景色を眺めていた。そして、一つの違和感に気付いた。背負っていた私の杖が失くなっていた。
「あれ!? あれれ!?」
下を見ると、現在自由落下中の杖が見えた。あの白く艷やかな金属で作られた杖の先に不壊の魔法が込められた赤い宝石で装飾されているあの杖は、私の杖だ。
「うわー! 待ってー!!」
私はそのまま急降下で杖を追いかけた。地面に落ちたその杖を見付けたが、狼のような魔物がその杖を咥え何処かに走って行った。その速度は素早く、一瞬だけ見失いかけた
「わー! 待ってー!!」
そのままその狼は何処かの洞窟に入った。その洞窟の中の大きく割れた谷に飛び込んだ。下は闇に包まれているが、勇気を出して私も飛び込んだ。
やがてただの暗闇に支配されたが、私にはお師匠様直伝の魔法がある。取り敢えず詠唱は無くても良い。私は体で魔力を操り、魔法を発動させた。掌から光の球が形成された。それは私の前をふわふわと飛んでおり、私の歩みに合わせるように動いている。
「おーかみちゃーん。どーこー。杖を返しておくれー」
何だか幽霊でも出そうな雰囲気だ。嫌な汗が溢れる。森の中ではありえない程音が無かった。私の足音と水がぽたりと落ちる音だけがこの空間を支配していた。すると、私の前に微かにある光が見えた。
「……こんな所に人がいるわけ無いよね。…………まさか……まさかね。……幽霊なんて線は……あはは……」
私は興味半分でその光に近付いた。そして、光の球が照らしたのは人の顔だった。
「うわー!?」
「うえぇー!?」
「うわー!!」
「えぇぇー!!」
「うわー!!」
「もう辞めましょう! 一旦落ち着きましょう!!」
「うわー!!」
「早く落ち着けって言ってるでしょこのヤロー!!」
「はいいー!!」
その女性は大きなリュックを背負いながら、穴にぴったりはまっていた。
「それで、何でこんな所に来たのよ貴方は」
その女性は冷静な口調でそう聞いた。
「いやいや、私が聞きたいですよそれは……」
「私? 私はほら、あれよ。鉱石を取っていたら、偶然にも足元が崩れて、偶然にもこうなったのよ」
「つまり事故ってことですか?」
「そうよ。……タスケテ……」
私はその女性の腕を引っ張った。意外と簡単にその女性は抜け出せた。
「いやー助かったわ。こんな辺鄙な所に人が来るなんて思っても無かったし。そうそう、忘れてたわ。私の名前は"ヴァレリア・ガスパロット"」
「私はカルロッタ・サヴァイアントです」
「それで、カルロッタは何のためにこんな所に?」
「魔物が私の杖を奪ってこの谷に落ちたんです」
「確かに魔法使いには杖は重要ね。あら? でも貴方光源は魔法で作れてるわね」
「これですか? 杖は無くてもこれくらいなら」
「……確かに自分周辺にだけ漂う光源なら杖が無くても大丈夫か……。杖はあくまで指向性を持たせるための道具だしね」
「魔法に詳しいですね。もしかして同じ魔法使いですか?」
「違うわよ。あくまで発明家。と言ってもこんな大陸の端のだけど。偶に武器屋。だから魔法使いの杖にも詳しいってだけ」
「そうだったんですね。だとするとここで取ってる鉱石って……」
「魔石よ。リーグで取れるやつ程では無いけれど、充分に高品質な物が取れるのよ。しかもこんな辺鄙な所だから競合も少ない! まさに穴場よ!」
そんなヴァレリアさんの目は、金儲けのためだけに輝いているように見えた。
お師匠様のせいか私の観察眼はとんでも無いことになっている。その人が嘘をついているかも良く分かる。
「それでカルロッタは何でこんな辺鄙な所に?」
「旅です。色々周ろうと思って」
「旅? 何処から来たの?」
「向こうの森です」
「あそこに人が住んでるの?」
「ちょっと色々あって」
「ふーん……まあ良いわ。助けてくれたお礼に杖を探すのを助けてあげるわ」
「ありがとうございます!」
そのまま進んでいると、私の杖が無造作に置かれていた。
どうやら杖の先の宝石の魔力に惹かれたみたいだが、食べられない物だと分かってここに置いたと言うことだろう。
「あら、速く見付かったわね。恩返しにならないけど、良かったじゃない」
「はい! お師匠様が作ってくれた杖なので失くしたら大変でした!」
「お師匠様が作ったのね」
ヴァレリアさんは私の杖を査定するように見詰めていた。
「……大分良い品じゃ無い。何処で手に入れた素材なの?」
「私が住んでた森の魔物です」
「この近くにこんなに強い魔物がいたかしら……」
「きっと珍しい魔物なんですよ」
そのままヴァレリアさんに連れられ、洞窟の外に出た。
「これから何処に行くの?」
ヴァレリアさんに尋ねられた。
「とりあえずここから一番近い村に行こうと思って」
「それなら私が住んでる村ね。着いてくる? 速いわよ」
「速い?」
「言ったでしょ。私は発明家って」
そのままヴァレリアさんは前を歩いていた。あんなに大きなリュックを背負いっているのに簡単に動いている。
……違う、魔力を感じる。何かしらの魔法陣が刻まれているんだ。軽くなっているのかな。
やがて馬車が何とか通れそうな程整備されている道に出た。
そこに車輪が二つ直線上にあり、その間に色々ごちゃごちゃと歯車と、中心で黒く輝く魔石が見える。
自転車のようにも見えるそれは、お師匠様が絵として見せてくれたばいくと言う物に似ている。
前輪と後輪の間に人が乗れる部分があり、それを跨いでヴァレリアさんは乗り込んだ。
「ほら、後ろ乗って」
ヴァレリアさんの後ろに乗ると、歯車が勢い良く回る音が聞こえた。その動きから出る熱を感じながら、後輪が勢い良く回り始めた。そのまま馬と同じくらい速く前へ走った。
「はやーい!」
「そうでしょうそうでしょう! 自転車から色々考えて作った発明品の一つよ! 私が集めた魔石を超圧縮して動力源にして、とんでも無い回転力を実現! ただ量産は無理!」
「人を運べる程の魔力を集めるのも大変ですからね」
「けど量産が出来ればリーグに売るわ! 絶対高く売れる! そうすれば私の懐は潤うわ!」
やっぱり守銭奴だ。悪い人では無さそうだけど。
けど、こんな凄い物が作れるなんて、意外と凄い人なのかも知れない。
日が沈む頃、木で作られた質素な柵を越えた。そこから景色が変わり、小麦色が広がった。夕焼けの赤い空に彩られて更に紅く染まった小麦色。人が住むために必要な色。それが小麦色だ。
そのまま村を一望出来る丘にまで走り、そこに立っている高い塔に止まった。
「さて、今日は泊まっていったら? 歓迎するわよ?」
「お言葉に甘えて」
ヴァレリアさんは優しく微笑んだ。
その塔の中に入ると、床にまで色々散乱していた。歯車を中心に、関節がある木製の人形の腕のような物に、何かが飛び出そうな筒。魔石が組み込まれた謎の装置、などなど。もういっぱいある。
「楽にしてて。着替えてくるから」
何処で楽にすれば良いのだろうか。
……人の家でこんなことを言うのも何だが、汚い。整頓が出来ていない。もう我慢出来ずに、床に散乱している装置を中心に纏め、整頓を初めた。
お師匠様から直伝された整頓術を今疲労する時!
「待たせたわねカルロッ――って綺麗になってる!?」
「整頓しておきました!」
「頑張るわね貴方……」
額の上にゴーグルのような物を付けているヴァレリアさんはやはり薄汚れている作業服のような物を着ていた。
白いシャツの上に茶色い上着を前も閉じずに着ているが、それよりも気になるのがおへそが出ている。寒く無いのだろうか。
茶色いハーフパンツの腰の辺りに色々な器具を持っており、トンカチや鋏や見たことが無い物も。それに小さな革のバックがその逆の腰辺りにあり、まだ色々入っていそうだ。
「ヴァレリアさんはここに住んでいるんですか?」
「そうよ。ここで産まれてここで育ったのよ。何も無いでしょ?」
「私が育った所も森と家以外何も無かったです」
「そうなの? ……育った所ってことは産まれた場所はまた違うの?」
「はい。お師匠様は壊滅した村で偶然拾ったって言ってました」
「偶然……この近くで壊滅した村ってあったかしら……」
「お師匠様が言うには南東の村らしいです」
「うーん……この近くには無さそうね。わざわざこんな離れた土地に……」
ヴァレリアさんは色々考えていた。何かあるのだろうか。
「……特に気にすることでも無いわね」
差し出された水を飲みながらヴァレリアさんと会話していた。
……水が生暖かい。
「それで、旅の目的は何かあるの?」
ヴァレリアさんが興味深そうにそう聞いた。
「目的……ですか。うーん……特にこれと言った物は……外の世界を見てみたいって言う子供の頃からの夢で……あ、出来たらお師匠様の夢を叶える方法が見つかれば良いなって」
「お師匠様の夢? お師匠様ってカルロッタに魔法を教えた人よね。夢って?」
「……言えません。契約なので」
「大丈夫? 世界を滅ぼす魔法とか研究してない?」
「そんな研究はしてないですよ。もっと人のためになる研究です。ヴァレリアさんの夢は何かあるんですか?」
「私? そうね……金貨に埋もれてお風呂に入る? お金が大好きだから。だから色々発明してるのよ」
「お金のために発明……まあそれでも良いですね」
「だから、何時か強いボディーガードを雇ってこの何も無い村から出る! それが今の夢ね」
「きっと出来ますよ」
私はヴァレリアさんに夕食までご馳走になった。
やがて、ヴァレリアさんに塔の上に連れて行かれた。塔の上には大きい望遠鏡のような物があり、そこをヴァレリアさんは覗いていた。
「ここから村の皆が近寄らない山の辺りにいるドラゴンの巣がが見えるのよ。運が良かったらドラゴンが……あ、見えた」
ヴァレリアさんに進められるがままその望遠鏡を覗き込んだ。暗い夜のせいか見えにくいが、確かに見える。
遠くの山の岩の上に三つの卵があり、それを見守る緑色のドラゴンがいた。
人が三人分程の大きさのある身体に対してはあまりにも小さい羽。
ずっしりと地面に着く四足の足でその巣をずっと回っていた。
「メスですか?」
「ええ。一ヶ月前に四つ卵を産んで気が荒くなってるのよ」
「え? 三つですよ?」
「え? 隠れて見えないんじゃ無いの?」
「けど確かに三つですよ」
「ちょっと見せて」
ヴァレリアさんは望遠鏡を覗くと、不思議そうな顔をした直後に、焦ったように汗を流し始めた。
「ちょっとごめんカルロッタ。先に寝てて」
そう言ってヴァレリアさんは塔の上からそのまま落ちた。だが、見事に着地し、馬代わりの機械に乗って村を走って行った。私は言われた通り先に寝た。
目覚めると、何やらヴァレリアさんが慌ただしく装置を漁っている。
「どうしましたか?」
「あのドラゴンの卵が一つ盗まれたのよ! あのままじゃあのドラゴンが山から降りて来るわ!」
「それって大変なんですか?」
「大変に決まってるでしょ! 上くらい魔物よ! 討伐も考えたけどあれを討伐出来る部隊の編成は時間がかかるわ!」
「じゃあどうするんですか?」
「盗んだ人を探し当てて卵を返す! それしか無いわ! けどそれももう売り払ったあとだろうし……あーどうしよ!」
「……孵化を待ってる可能性は?」
「え?」
「あのドラゴンは生まれた直後に見た人を親と思う鳥みたいな習性があるんですよ。それを知ってる人が盗んで戦力にしようとしてるのかなって」
「それ本当? そんな話し聞いたことが無いけど……」
ヴァレリアさんは疑いの目を向けていた。あまり広く伝わっていない知識なのだろうか。私のお師匠様から教わったから義務教育にありそうなのに。
「……けど、もしそうだとするとまだ誰かが持ってるかも知れないってことよね」
「……探しましょうか?」
「え?」
「あのドラゴンの魔力さえ分かれば探せますよ。ドラゴンから生まれた物ですから殻は同じ魔力を纏っているはずですし」
「けど……悪いわよ。何から何まで」
「じゃあこう言います」
私は深く息を吸った。吐くと同時に声を出した。
「私に、この村の命運を預けて下さい。貴方が大切にしているこの村を、護らせて下さい」
この人は村のことを散々に言っていた。だけど、今見て分かった。
危ないならすぐに逃げれば良い。それでも逃げないのは、きっとこの村が好きだからだ。何処かへ行きたいなら一人で旅に出る。わざわざずっとここで暮らしていたのは、離れるのが怖かったからだ。
なら、尚更そんな大切な場所をこの人の前で無くすわけにはいかない。良くお師匠様に言われる。私はお人好し過ぎるって。でも、それでも良いと、私は胸を張って言える。
「報酬はヴァレリアさん! 一緒に旅に行きましょう!」
「……私が報酬……けど私よりもっと良い人がいるわよ?」
「あの乗り物が作れる人が欲しいです! もっと色々見たいです!」
ヴァレリアさんは少しだけ黙っていた。黙っていたと思ったら突然笑い始めた。大きく笑っていると、また突然私の手を掴んだ。
「何よ、一人旅が寂しいならそう言ってよ。……良いわ、その話乗った。でも、絶対にこの村を救うこと」
「分かってますよ!」
どうやら、一皮剥けたようだ。
きっとこの村には外に出ようとする人がいなかった。ヴァレリアさんを連れ出す人がいなかった。そうじゃないと些細なきっかけで村を出る決心がつく人がここにいるはずが無い。それに、この人からは何か運命的な物を感じる。少し難しいけど、何と無く感じる。お師匠様と同じ、私の心がぽわぽわする人。こんな人を仲間にしたい。そう思っていた。
私達は馬代わりの機械に乗って山を登っていた。相当力があるのか、斜面でも何のその。岩場でも簡単に走り抜けている。
「それで! どの距離まで近付けば良いの!?」
「大体人が一人入るくらいです!」
「そんな距離!? 確実に見付かるわね!」
「触れれば更に確実です!」
「あーもう! 分かったわよ! ギリギリまで近付けてあげる! しっかり掴まってて!」
ヴァレリアさんは額のゴーグルを下げ、目元に持って来た。
そのまま更に速く走り出した。音はどんどん高く大きくなり、少しの段差でも不安定になる。
「あばばばばばばば」
大きな震えのせいかそんな声が出る。
「だだだだだいじょうぶかかかるるるろったたた!」
ヴァレリアさんの声も、何とか意味は伝わるものの、唇が震えて言語としても成り立っていない。
やがて、傍で太い木の幹を齧っていたドラゴンを視界に捉えた。そのドラゴンに向かい真っ直ぐ走っていた。そのドラゴンと正面衝突するかしないかの瀬戸際を走り、機械が地面とほぼ平行に走った。
膝がぎりぎり当たらない姿勢で、そのドラゴンの小さな羽を触った。そこから感じる魔力。その些細な特徴。その全てを頭に叩き込んだ。
機械はそのまま背を向けてドラゴンから逃げた。だが、大きな足音と咆哮が後ろから聞こえた。
何が追いかけているのかは分かっている。私は恐る恐る後ろを向いた。やはりあのドラゴンが追っている。この機械とほぼ同じ速度で追いかけていた。大きく口を開けたそこから牙が見え、敵意が良く分かる。
「ヴァレリアさん! 追われてます!」
「分かってるわよ! しっかり捕まっててって言ってるでしょ! 私の人生史上最高の賭けを今からやるんだから!」
「賭け!? 何の賭けですか!?」
「死んだらその時はごめん!」
「ええぇぇぇ!?」
そのまま真っ直ぐ走った先に見えた景色は、落ちれば明らかに即死な程下が見える。
「ちょ、ちょっとヴァレリアさん!? まさかここから……!?」
「落ちるわよ!!」
「やっぱりー!!」
そのまま躊躇いもなく走った。
地面が遠く下に離れると、僅かに一瞬だけ浮遊感があった。だが、その浮遊感もすぐに無くなり、そのまま下に落ちていった。
「あー! 忘れてたー!! 私浮遊魔法使えるー!!」
「早く使って今すぐ使って!」
背負っていた杖を手に持ち、詠唱を無くし魔法を使った。直後にまた浮遊感が襲い、馬代わりの機械と一緒に私とヴァレリアさんの落下速度が徐々に下がり、やがて止まった。
「……死ぬかと思った」
疲れ切った声でヴァレリアさんがそう呟いた。
崖の方を見ると、咆哮をしながらこちらを睨んでいるドラゴンがいた。あのドラゴンは飛べない。あの羽から明らかだ。つまりヴァレリアさんの賭けは私のおかげで勝ったらしい。
「そんな魔法が使えるなら先に言って欲しかったわ!!」
「ごめんなさーい!!」
焦りすぎて本当に忘れていた。
馬代わりの機械に乗り、村の入口まで戻った。遠くから咆哮が聞こえる。あのドラゴンの咆哮だ。あのまま降りて来ているらしい。事態は一刻を争う。正直に言うとあのドラゴンを倒すには少々手間がかかる。倒す間の被害は想像したくない。
私でも戦いたくない相手と戦わないで済む方法があるならそうした方が良い。絶対に。
「それで、どうやって探すの」
「ちょっと待って下さい……村の中にいるならすぐに……」
だが、特に何も感じない。つまり村の外。時間がかかる。少し魔力を操ればあらゆる魔力を感じれる。空間を満ちる魔力を流れてその特徴的な魔力を探し出す。
……見付けた。いや、この表現は正しくない。感じた。感じ取った。少しだけ遠いが、確かに感じ取った。それともう一つ、近くに人が何人か。恐らく盗んだ人。
「……ヴァレリアさん。もう私一人で何とかなりそうです」
「え?」
感じ取ったならもう何とでも出来る。体の中で魔力を操り、魔法を使った。私はその卵の傍に転移した。転移魔法もお師匠様から教わった。
そこにいたのは人柄の悪そうな黒い格好の人だった。
「なっ!? 何処から来やがった!?」
「目的、及び誰に命令されたか、それを教えれば……」
「目的? あのドラゴンは使える。ただそれだけさ。命令って言ったら……そうだな。"ジークムント"さんのためだ」
意外と素直だ。敵対はやめた方が良いかも知れない。
……いや、どうやら勘違いのようだ。この人からは、お師匠様と同じ根っからの悪人の目をしている。お師匠様と違い、善人の目をしていない。
「まあ、言った所で問題は無いさ。どうせお前は俺たちに……」
「"凍れ"」
その言葉と共にその人達は氷に囚われた。
きらきらと輝く氷は恐らく半年は溶けない。時が止まったように氷の中で動かないこの人達はもう死んだだろう。
さっき使った魔法は初級も初級。言葉は体の中の魔力を動かし、魔法を発動させる。つまり先程の"凍れ"は魔法を使うための言葉の一つだ。このように特定の言葉を呟いては使う魔法を詠唱魔法と呼ぶ。この場合氷魔法、いや、凍結魔法だったっけな。まあ、どちらでもほぼ変わらない。
一抱えの黒いまだら模様のある卵を抱え、また転移魔法を使った。ヴァレリアさんの前にやって来た。突然現れたせいで腰を抜かして驚いていた。
「うえぇ……!? 驚かさないでよカルロッタ!」
「奪い返しました!」
「……最初からそうすれば良かったんじゃ……」
「私の転移魔法は理解した魔力の近くに行けるんです。それにあくまで初級魔法しか使っちゃいけないのであまり広範囲は駄目なんです」
「そんな制限があったのね……あとはあのドラゴンに返すだけだけど……私必要?」
「魔力の消費を抑えるために必要ですよ!」
本当に必要だ。つい先程感じた魔力に、遠くに何か異様な物を感じた。何かがいる可能性がある。咆哮は村に相当近付いた。
馬代わりの機械に乗ったヴァレリアさんの後ろに乗り、そのドラゴンの下に近付いた。
目の前に対峙すると、やはりその威圧感が良く分かる。だが、卵を見せると敵意を宿した目を辞め、少しずつ近付いた。
私が前へ歩くと、そのドラゴンは後ろに着いてきた。そのままそのドラゴンの巣まで歩こうと進んだ。山道、岩肌を登るのは流石に辛かった。
「大丈夫カルロッタ……? 突然襲われたりしない……?」
「大丈夫ですよ……。ちょっと疲れたので……お願いします……」
ヴァレリアさんにその卵を手渡した。
落とせば背後にいるドラゴンに襲われる。流石に相手が悪すぎる。
「怖い怖い! 二人で持ちましょうよ!」
「……そうですね」
二人で抱え、やがてその巣の上に卵を置いた。そのドラゴンが卵を見ると、その場で卵の傍に座り込んだ。まるで私達に一礼するように頭を下げた。
「これで解決です」
「……良かったー……」
緊張が抜けたのか、ヴァレリアさんはその場で座り込んだ。
「一時はどうなるかと思ったけど……ありがとうねカルロッタ」
「いえいえ、簡単に終わって良かったですよ」
そう、あまりにも簡単に終わっている。
確かに命令したと言う"ジークムント"。この人も気になることはある。それ以上に、何故か、まだ胸騒ぎがする。
それは休まることを知らず、それは留まることを知らず、ただずっと空気に混ざっている悪い予感。
……やはり向こうに何かがいる。山の向こう。そこから、何かが近付いている。
直後に、その向こうから溢れ出す明確な殺意。そこから組み込まれる殲滅力を具現化したような殺傷を目的とした魔力の構築。
地面が大きく低く鳴り、それと同時に地震のような振動が広がった。立っていられないようなその衝撃と共に、山を貫き黒い光線がこちらに放たれた。その光線は一つの魔法陣により防がれた。
「何よ今度は!」
「……来た」
「何が来たのよ! カルロッタ! 説明して!」
私は空を飛び、高度を更に上げた。
ようやく見えたその全容は、上くらい魔物だった。
魔物にも力によりある程度のランクはある。その中でも上くらい魔物に位置するそれらは、生物と言うよりは災害その物と表現する方が適切な力の持ち主。
四対の翼、それでいて六足。空から見れば島と見間違う程の大きなのそれは赤くそれでいて鈍く輝く鱗を持っていた
目は四つあり、その内の二つが私を見た。
「この辺りにいる災害にしては……強すぎる……!!」
お師匠様からも習っていないドラゴン。目も翼も足も、人為的に増やされたような不自然さが目立っている。それは口を向け、大きく開いた。それと同時に魔力が構築され、あまりにも圧縮された魔力の塊となった。それは視界にも見える程に固まり、やがてこちらに放たれた。
先程の山を貫いた光線がこちらに放たれていた。それは明らかに殺意を込められており、敵対を表現した。
私が魔力で空中に組み立てた魔法陣は防護魔法。魔法陣に直撃、それと共に魔法陣が崩壊した。一回だけが限界……! しかも溜めも速い……!
「"燃えろ""放て"!」
杖を向けたそのドラゴンに向けられ炎が放たれた。だがドラゴンと比べればあまりにも小さく、あまりにも無力。
それは鱗の一つを僅かに汚すだけで、それ以上のダメージは無い。
「……魔力抵抗98%以上……魔法以外の攻撃を持たない私だと明らかに不利……」
あまりの魔力の前では魔法さえも通じづらい。それは装甲のようになり、並大抵の魔法を通さない。その体から多数の魔力が構築され、弾丸のように小さく黒い魔力の塊が襲いかかった。数にしておよそ二千。しかも視界で数えられるだけだ。もっとある
一発は防護魔法で防いだ。だがあまりにもジリ貧。浮遊魔法の速度を上げ、避けることにした。どれだけ限界速度まで速さを上げても、それ以上の速度で魔力の塊は私を追いかける。当たらないのは縦横無尽に動き回っているからだ。
だが、もう打つ手は無い。ただ、一つ以外。
……こんなに早く、解除するなんて……。
「……契約一時解除」
お師匠様と交わした契約魔法。それを一時的に解除する。条件は揃っている。守りたい人が後ろにいる時だけ、解除可能の契約。魔力は止めどなく溢れ続け、私の体を変化させた。私の杖の先に魔力で魔法陣を作った。それと同時に、詠唱を初めた。
「"陽は燃える""止まらぬ熱の風""滅ぼさんとする精霊""それは何処までも燃え上がる""破滅たる狂喜""荒野は燃える""砂は照らされ""彼等は故に鏡を掲げる"」
私の体に魔力の塊が激突する。だが、正確には私の体に当たる前にそれは私から溢れる魔力で打ち消されている。私はまだ詠唱を続けていた。
「"広がる赤き砂""死屍たる赤子は荼毘に付し""その頭蓋の灰には信仰する神""放たれるは炎の魔""放たれるは炎の精""ただ直に放たれろ"」
あのドラゴンは頭をこちらに向け、また光線を放たうと魔力を収束した。
予想だと放たれるのは同時。つまり魔力の勝負になる。
「"我は火""我は炎""我は太陽""故に放つは数多の熱""非非想天を焼き尽くさん""放たれろ、鏡を掲げた彼等の炎よ"」
魔法陣も同時に完成した。そこから放たれる熱の集合は、空気を燃やし尽くし光を発した。それとほぼ同時にドラゴンの口から黒い光線が放たれた。それは私の炎魔法と正面からぶつかった。
競り合いになることも無く、勢いは変わらず私の魔法が押し勝った。
例え魔法が効きづらい相手でも、それは無効では無い。あまりに強大な魔法ではその装甲も無意味だ。
その炎はドラゴンを焼き尽くし、鱗の全てを焼き尽くした。灰も影も全てが風に吹かれ、世界を育てる糧となった。
「強かったー!――」
――多種族国家リーグ、首都サヴァにて。
「……変な魔力を感じたけど……」
そう呟いたのは金の髪をした少女だった。
小学生程の背格好のその少女の名は"メレダ"。多種族国家リーグにおいての代理国王である。
「……大陸の端……」
「あーやっぱり感じた? 私の勘違いじゃ無くて良かった」
メレダの前には女性がいた。
白く長い髪に銀の瞳。その女性は、腰に白鞘で収められた刀を帯刀しており、その神聖な雰囲気は神や天使と形容する程だ。
「……まさか」
「彼じゃ無いよ。五百年経ってわざわざあんな魔力を使う必要は無いしね」
「じゃあ誰? あんな魔力量はそれこそ――」
「数値にしたら大体2000万かな。しかもあくまで放出された魔力。その人が内包する魔力量はもっとあるだろうね」
「……人間だって言うの?」
「そうだと言ったら?」
「……魔力総量だけで言うならは貴方に匹敵するってことになる。世界最強の貴方と。そんな魔力を持つ人間ってことは、つまり――」
彼女の名は"ルミエール"。失踪したリーグの王を除く世界最強の銘を持つ、事実上最強の存在である。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
まあ……次の投稿もしかしたら半年後とかかもしれませんがご了承下さい。