『婚約破棄』そんなの俺には関係ないって思ってた。女神のような笑顔の彼女がそう言うまでは
婚約破棄なんて俺がされる訳がない。
当たり前だ。
だって俺には婚約者なんていないし、恋人さえもいない。
俺はただ道を歩いていただけ。
俺の目の前に女の子が来て言われたんだ。
「ごめんなさい。私との婚約の話はなかったことにして下さい」
「えっ」
意味が分からない。
初めて会った女の子に言われたのだから。
その女の子は俺に背を向け、後ろに立っていた男の人の方を向く。
「私はあなたが好きなの。だから婚約破棄までしてあなたと一緒にいたいの」
俺の目の前で告白?
俺って彼女の何なんだ?
元婚約者になるのか?
えっと。
どうすれば?
帰っていいのか?
「俺には家族がいるから。君とは結婚なんてできないし、君は可愛いから俺なんかよりもっといい人がいるよ。婚約破棄なんてしたらダメだよ」
ん?
こいつ何、言ってんの?
彼女が一生懸命、告白したのに。
家族がいる?
君には他にいる?
そんな言葉が優しさだと思ってんの?
「ちょっとあんたさぁ、彼女の為に言うならそんな優しさいらないよ。結婚できないなら俺は君のことは好きじゃないとか言えば?」
「あっ、元婚約者くん。ごめんね」
男の人はばつが悪そうに言った。
「俺、元婚約者じゃないから」
「えっ」
俺の言葉に彼女が驚いてうつむいていた顔を上げ、俺の方を向く。
「俺は婚約破棄を承諾してないから。だから俺は元婚約者じゃなくてまだ婚約者なんだよ」
「あっ、そうなんだね。俺はお邪魔だよね? それじゃあ」
彼女の好きな人であろうその男の人は帰っていった。
「あなたのせいよ」
「えっ」
「あなたがあんなこと言うから彼が私から離れちゃったじゃない」
「はあ? 君がいきなり俺に婚約破棄をしてきたからだろう?」
「仕方ないじゃない。私は誰かのモノよって思わせないと彼は私の所に来ないもの」
「君は間違ってるよ」
「何が?」
「彼は君を選ぶことはないよ」
「どうしてそんなヒドイことを言うのよ」
「彼は人のモノだよ?」
「知ってるよ。でも好きなの」
「俺も君と同じようなことがあったよ」
「えっ」
「俺も好きだったよ。でも俺が好きだっただけ。彼女は相手の所へ帰るんだ。毎日」
「悲しいね」
「君はそれでいいの? もしかしてもう、付き合ってたりしてた?」
「私が好きだっただけだよ」
「それならまだ戻れるよ」
「戻る?」
「俺みたいにあの日から時間が止まることはないよ」
「止まってるの?」
「そうだね。もう、恋愛はしたくないよ」
「私が助けてあげようか?」
「君には逆に助けが必要でしょう?」
「だから私達は助け合うのよ」
「君の傷が癒えるまで?」
「そう。そしてあなたの心の時計が動くまでよ」
彼女は微笑んだ。
彼女の微笑みは女神のように俺には眩しく見えた。
◇
彼女は俺より五つほど年下だった。
「あなたの好きだった人はどんな人だったの?」
「君にはない大人の色気があって美人だよ」
「私を子供扱いしたわね。私だって経験はしてきてるわよ」
「そうやってムキになるところが子供だね」
「もう。私をからかって何が面白いのよ」
「可愛い君を見られるからね」
「そんなお世辞を言っても私は許さないんだからね」
「お世辞? 俺、本当のこと言ってるよ」
「もう、そんなことを真顔で言わないでよ」
「君は顔が真っ赤だよ」
「また私をからかったのね」
彼女と話しているのは楽しかった。
笑ったのはどのくらい前だったかなあ?
いつしか彼女は俺の家に来るようになった。
そして彼女がいるのが当たり前になっていた。
◇◇
「ねえ、あなたの心の時計は動いてる?」
「どうだろう?」
「私は少しずつ彼のことは忘れてるよ」
「良かったね」
俺は彼女の頭を撫でた。
「ねえ、私はあなたに子供扱いされたくないよ」
「えっ、でも君は俺より年下だし」
「私もちゃんと大人の女だよ」
「知ってるよ」
「それならどうしてこんなに毎日、この家に来てるのに手を出さないの?」
「それは俺が決めてるから」
「決めてる?」
「俺は前の彼女よりも好きになれる人が現れたときに何も我慢しないでその人を愛するって」
「我慢をしてるの?」
「俺も男だからね」
「どんな時に我慢をするの?」
「君が寝てる時かな?」
「えっ」
「君の寝顔が可愛いくて抱き締めたくなる時があるよ」
「それって私は犬か猫って感じじゃない?」
「そうかもね」
「また私をからかったのね」
彼女はソファに座っている俺の横に座り俺の頬をつまむ。
俺はそんな彼女の手を掴んで頬から離す。
彼女はもう一つの手でまた頬をつまもうとするからもう一つの手も掴んで止める。
「君の力は弱いね」
「だって私は女の子だもん」
「可愛い俺のペットだよ」
「もう、そんなこと言うあなたにはこうしちゃえ」
そう彼女は言って俺の頬にキスをした。
俺は固まってしまう。
何が起こったのか一瞬、分からなかった。
俺は彼女の手を掴んでいる手に力を入れる。
「ねえ、痛いよ」
「うん。君に分かってほしいから」
「えっ」
「君は俺が我慢していることを言ったのに、どうしてそんな煽ることをするの?」
「煽ってないよ」
「君はそうかもしれないけど男からしたらそう思うよ」
「怒ってるの?」
「うん。俺がもし我慢できなくて君を傷つけたらどうするの? 俺じゃない男にもそんなことして君が傷ついたらどうするの?」
「ごめんなさい」
「君は何も分かってないんだよ。君はまだまだ子供だよ」
「そんなこと言わなくてもいいじゃない」
「俺は君が傷ついてほしくないんだ。俺の女神のような君に」
「女神?」
「君の笑顔は女神のように輝いていて眩しいんだ」
「ねえ、それってまるで、愛の告白みたいね」
「告白?」
「だって私の笑顔が好きってことでしょう?」
「そうなのかな?」
「恋愛の仕方も忘れたの?」
「俺は君を好きなのかな?」
「私に聞かないでよ」
「それなら君は?」
「えっ」
「君は俺のことどう思ってるの?」
「自分の気持ちも分からないのに先に私に聞くの?」
「それで自分の気持ちが分かるのかもしれないだろう?」
「あなたってズルイ」
彼女はそう言って顔を赤くした。
その顔を見た俺の鼓動は高鳴った。
そしてカチッと俺の心の時計の針が動いた音がしたような気がした。
「俺は君が好きみたいだ」
「えっ」
「君の全てが可愛いくて、守ってあげたいって思うし、傷つけたくないし、ずっと一緒にいたいと思うんだ」
「それってもう、プロポーズじゃない?」
「そうなるの? でも俺達って婚約してたよね?」
「そうだったね。あなたがあの日、婚約破棄は承諾してないって言ってたよね?」
「どうする? 婚約破棄する? それとも婚約を続ける?」
「そんなの決まってるじゃない。婚約継続よ」
彼女はそう言って俺に抱き付く。
彼女はまた俺が我慢していることを忘れている。
そんな彼女には教えてやらないとな。
「俺が我慢してるの忘れた?」
「えっ」
「抱き付くってことは何をされても文句言えないよ?」
「いいよあなたなら」
彼女は俺の胸に顔を埋めてそう言った。
なんて可愛い彼女なんだ。
そんな彼女を俺は大切にしたくなった。
彼女の嫌がることはしたくない。
俺は彼女の頭を撫でた。
彼女は俺の胸に埋めていた顔を上げ、俺を見上げる。
「私は子供じゃないよ?」
「知ってるよ」
俺はそう彼女に言って大人のキスをした。
「もう、私にはまだ早いよ」
彼女は顔を赤くして俺に言った。
だから俺は彼女に言う。
「だって俺が我慢できないんだ」
すると彼女は嬉しそうに笑った。
女神のような眩しい笑顔で。
読んで頂きありがとうございます。
読んで頂けただけで嬉しいです。
明日の予告です。
明日は、暇つぶしをしている主人公が婚約破棄をされる女の子の現場に遭遇する話です。
気になった方は明日の朝、六時頃に読みに来て下さい。