Vol.9 ぶり大根
「わ~、美味しそう! って、はじめて作ったとは思えない出来だよ!」
リビングに入って、ダイニングテーブルに並んだぶり大根やブロッコリーのサラダなどを絶賛する。
見た目も綺麗に盛り付けてあって、そんなに家事スキルがないと言っていた蓮君が作ったとは思えない出来に驚きを通り越して、ただ賛辞の言葉しか出てこない。
「蓮君、すごいすご~い!」
「自分でもけっこう上手に出来たって思うよ。俺、料理の才能あるかも」
優しい笑みを浮かべて自慢気に言う蓮君はなんとも可愛らしい。
会社から帰ってきたら、自分の帰りを待ちわびていたようにご飯の用意がされている――、一年前までは当たり前だったそんな光景がやけに懐かしく、胸が切なくなる。
「はぐちゃん、着替えてくる?」
言われた意味が分からなくて、一瞬、首をかしげてから私は自分の格好を見下ろす。OLらしく、きれい目なカットソーとスカートのオフィスフォーマルな格好だけど、別に動きにくいわけでもないから部屋着に着替えたりせず、いつも会社帰りの格好のまま夕飯を食べている。
「大丈夫~、どうせご飯食べたらお風呂入って着替えるし。いつもこのままだから」
そう言って荷物をリビングのソファーに置き、ダイニングの椅子に蓮君と向かい合って座ってご飯を食べ始めた。
蓮君が作ってくれた料理は、どれも見た目だけじゃなく味も美味しくて最高だった。
「蓮君、今日は買い物に行ったんだよね、どうだった?」
ただの世間話のつもりで聞いたら、蓮君は一瞬、難しい顔をして。
「歯ブラシとか買ったよ。……あいにくお金はあるからさ」
最後の言葉は苦虫を噛み潰したような声だった。
そういえば、朝、蓮君が食材の買い出しに行ってくれると言うから食材代を渡そうとしたら、やんわりと断られてしまった。自分も食べる分の食費だし、年下の蓮君にお金を出させるつもりもなかったけど、「このくらいは出させて」って言われてしまっては折れるしかなかった。
金銭感覚が違うのかなとも思ったけど、そういうことでもないみたいだった。
「歯ブラシくらい家からとってきたら良かったんじゃない?」
そう聞いたら。
「家には戻れない。たぶんアパート見張られてる……」
とか、不穏なことをつぶやかれてしまい、言葉に詰まってしまう。
なんと言ったらいいのか分からない。
蓮君は自分のことをほとんど話したがらない。もっとしつこく聞けば教えてくれるのかもしれないけど、私と蓮君は昨日知り合ったばかりだし、そんなずけずけと蓮君の心に土足で踏み込むようなことはしたくはなかった。
きっと、蓮君は心に傷を抱えている。
心に抱えた傷――
自分にも覚えがあって身につまされて、蓮君を放っておけない。
その傷を癒すには、少し時間が必要なんだ。自分と向き合ったり、色々と考える時間が。
その逃げ場所として選んだのが、たまたま通りすがって傷の手当てをした私という存在なだけ。
いずれ蓮君は自分のうちに帰るだろうし、そうなったら私と蓮君が会うこともないだろけど。
蓮君が家にいて「おかえり」って言ってくれる、そんな些細なことが嬉しくて。一人の生活にすっかり慣れたと思っていたのに、本当は、祖父母が亡くなったあの日から、ただがむしゃらに日々を過ごさなければならなくて、気がついたら一年経っていたというだけで。胸に残る小さな傷口が見えないようにおおって隠して見ないふりしてきた。そうするしかできなくて。
でも。蓮君が来て、小さな傷口がゆっくりと痛みと共に小さくなっていっている気がする。
ほんとは。一人は寂しくて心細かった――
そんなことに気づかされて、それと同時に、蓮君の存在に癒されていることに気づいてしまう。
たった一日一緒に過ごしただけなのに、時間にしたら数時間一緒にいただけなのに、蓮君の存在は私の中でとても大きいものになっていた。
だから、そんな蓮君に私でできることがあるなら力になってあげたいと思うのに、どうしたらいいのか具体的には分からなかった。
押し黙った私に、困惑した空気を察した蓮君が苦笑して、話題を変えてくる。
「明日は祝日だけどはぐちゃん仕事?」
「休みだよ、三連休」
「そっか、出かける予定とかある?」
「明日は夕方に会社の人と飲む約束してるよ」
桐谷君と約束したことを話して、だから明日の夕食は一人で済ませてねって言ったら。
「じゃあ、明後日は一緒に出掛けない?」
まさかそんなことを言われるとは思わなくて、驚きに目を瞬いてしまう。
「あっ、ごめん……」
私が驚いたことに、蓮君の方が居心地悪そうに苦笑するから、私は首を横にふる。
「蓮君、出かけたいところあるの?」
そう尋ねたら。
「お花見行こうよ」
うっとりするような微笑みを浮かべて誘われて、息をのむ。
桜の開花宣言はまだだったけど、昨日今日と暖かく、週末の三連休も暖かさが続くようだったから一気に桜は咲くだろう。お天気もよさそうだし、この三連休はお花見日和になることは間違いないだろう。
んーっと考えてから。
「いいよ。行く前にちょっと寄りたいとこがあるんだけど、そんなに時間かからないから、その後でいいなら」
「用事? 俺もついていっていいの?」
「うん」
「やったー。じゃ、土曜日はお花見ね」
嬉しそうに笑った蓮君はとてもあでやかで素敵だった。
拍手お礼2つめを載せました。
良かったら見てください~