Vol.3 拾った責任、とってよ
冷蔵庫を開けて作り置きしたおかずの残りを出し、それから野菜室と冷凍室を開けて中身を確かめる。冷凍室に餃子があるのを見つけて、メインは餃子にすることにした。
フライパンを用意して餃子を蒸し焼きにしている間に、お皿に盛るだけの状態になっているレタスやキュウリのサラダをお皿に盛りつけて、みそ汁を沸騰させないように温めなおした。
自分の食器以外に、この一年使われなかった食器をもう一組食器棚から取り出し、二人分のご飯の準備をする。
餃子が焼けて迷った末、そのまま大皿に盛った。いつもは一人なので、作り置きのおかずなんかをその日食べる分だけお皿によそって温めたりするけど、彼がどのくらい食べるか分からなかったから、餃子も一袋そのまま焼いた。
出来た料理をリビングのローテーブルに運んで、ソファーに座る彼の前にお皿や箸を並べ、角を挟んで斜め横に自分の分をセットして、座布団を持ってきて床に座る。
「おまたせー。たま重くない? 大丈夫?」
その問いかけに、彼は首を横にふった。たまは変わらず彼の膝の上に座り込み、気持ちよさそうに目を閉じていた。
たまは小柄な方だから重くはないかもだけど、ずっと膝の上に座り込まれると足がしびれて疲れてしまう。心配しながらも、「いただきます」と言ってご飯を食べ始めると、彼もいただきますと言って、たまを起こさないように上半身だけを動かしてローテーブルの方に身を乗り出し、ご飯を食べ始めた。
しばらく、お互いに黙々とご飯を食べていたら。
「おいしい……」
ぽつっと小さな声で呟かれる。
見ると、彼は餃子を食べていた。
「時間がなかったから冷凍の餃子でごめんね」
「そんなことないよ、ご飯作ってくれてありがとう」
ぼそぼそっと掠れたような小さな声だったけど、彼の言葉が胸をつく。
驚きに動きを止めて見上げると。
「手当してくれてありがとう」
って、目元を赤らめながら言った彼の言葉は小さな声だったけど、ちゃんと私に伝わってきた。
最初は、刃物をつきつけられたよう鋭い眼差しにちょっと怖そうな子かなと思ったけど、ちゃんと感謝できる優しい子なんだなと思う。
ほとんど会話もないままだったけど、さっきまでとは違って穏やかな雰囲気でご飯も食べ終わり、私は空になった食器を片付けながら、そろそろ男の子は家に帰るのだろうなっと思っていた。
たまは手当ての間に彼の膝の上に乗った時は箱座りだったのに、今はくるんと頭を前足で囲むように丸まって、完全にお昼寝ポーズで寝入っていた。
リビングに戻った私は、彼と少しの距離をあけてソファーに座る。
すっかり彼の膝の上でくつろいでしまっているたまには申し訳ないと思いつつ、ちょんちょんと撫でるようにしてから、たまを抱き上げて、自分の膝の上に乗せる。
「ニャ~ン」って抗議するように鳴いたたまは、私の膝の上で体勢を整えてまたくるんと丸まって眠り始めた。
「膝、疲れてない?」
「大丈夫」
「遅くなっちゃったけど、家までの帰り道分かる? 最寄り駅はね――」
説明しようとした私の言葉を遮るように、彼は手をこちらに伸ばして私の膝で丸まっているたまの頭を撫で始める。
ゴロゴロゴロ……っとたまが気持ちよさそうに喉を鳴らす。
言葉が途中になっちゃって、もう一度説明した方がいいかなって困惑していたら。
「……ここに置いて」
少し掠れた声で、でも今まで喋った中で一番はっきりとした声だった。
「えっ……?」
それなのに、私はただ驚きに瞬く事しかできない。
私を見つめる凛とした瞳の底に思いつめたような光がきらめき。
「家に帰りたくないんだ。拾ったんだから、責任とってよ――」
そう言った彼は、私の膝の上からたまを抱き上げ顔の横に持ち上げる。
「ニャーン」
たまは起こされたことに不満そうにしながらも、彼に同調するように一鳴きする。
まるで「そうよそうよ」とでも言うように。