Vol.27 君の秘密
パーティー会場に着いてから絶え間なく桐谷君にはいろんな人が話しかけてきてて、桐谷君以外に知り合いがいない私にはちょっと手持無沙汰だった。お腹すいたからって言ってたけど、桐谷君はたぶん、そんな私を気づかって適度なとこで会話の輪から離れたんだろうな。そういうさりげなく気を使ってくれるとことか、桐谷君のスマートな対応に感心してしまう。
ってか、わざわざ私を誘わなくても、知り合いもいっぱいいるし他に誘うのに適して人がいたんじゃないって思う。
「気になってたんだけど、桐谷君なら私じゃなくても他に誘う人いっぱいいたでしょ?」
「なんだよ、それ。いないし」
「謙遜とかいいよー」
「……」
素朴な疑問だったのに、なぜだか桐谷君が黙り込んでしまう。
桐谷君が何か言おうとしたとき、同じ年くらいの男性二人が桐谷君に声をかけてきた。
「よっ、桐谷も来てたんだな~」
「久しぶり」
桐谷君は私に背を向けて男性二人と話し始めたので、私はその間にお皿に盛られたキッシュを自分でとって食べる。さっきは驚きが勝って味わっている余裕がなかったけど、桐谷君の言う通り、このキッシュは美味しかった。
キッシュって今まで食べたことなかったけど美味しいものなんだと気づく。
家でも作れるかな~、昨日ちょうどほうれん草かったから、そんなことを考えていて昨日の午後、蓮君と一緒に買い物に行ったことを思い出してしまう。
蓮君とギクシャクして避けられているように感じて、仲直りのきっかけになればと思って買い物に誘ったら最初は冷たく断られたのに、その後すぐに蓮君は午後なら大丈夫って言いに来てくれて、一緒に買い物に行った。
っといっても、普通に近所のスーパーに買い出しに行って一緒に夕飯を作って食べただけだけど。蓮君も私の様子を探ってるって感じで、今までほど自然に話せたかっていうとそこまでではないけど、それでもここ数日のすれ違いみたいな日々と比べれば普通(?)に接することができたと思う。多少まだぎこちない空気感は残てるけど、蓮君も怒っているような雰囲気はなかったし、仲直りできたって思っていいのかな。
今朝も一緒にご飯食べたし、夜とか居なかったのは用事で出かけてたからって教えてくれた。
そういえば、私が今夜出かけるって言ったら蓮君も出かけるって言ってたなぁ――
なんてことを思い出していて、視線を感じて顔を上げたら、桐谷君と話している男性がこっちを見ていたから、ぺこっと頭を下げて挨拶する。
桐谷君の知り合いってことは、桐谷君と同じ有名大学出身の同級生とか、それ関係の友人とかだろう。そんな人達とは、こんなところに来ていなければ本来、私が関わり合いになることはなくて、わざわざ自己紹介してまで挨拶することはないかなって。どうせもう会うこともないだろうし、程度の気持ちでいた。
会社の同僚ってだけで、桐谷君の友人にいちいち名乗る必要もないかなって思うんだよね。挨拶が必要だったら桐谷君がちゃんと紹介してくれるし。
あまり気にせず食事をしていたら、桐谷君もあっさり話を終えて男性二人は去っていった。
「桐谷君って知り合い多いよね~」
「俺がっていうか、今日の主催が俺の大学の同期で招待客もだいたい大学繋がりのやつが多いから」
それだけが理由じゃないとも思ったけど特に突っ込まず、二人で料理を堪能して次はデザートでも取ってこようかって話になって、会場の中心の方へと向かった。
やっぱりというか、桐谷君が歩いているとたくさんの人が話しかけてきたけど、桐谷君は快活な笑顔でかわしてデザートコーナー目指して進む歩みを止めない。
桐谷君の人気ぶりに苦笑をしていたら人とぶつかってしまって、慌てて謝って顔を上げたら。
「――っ!」
「は、ぐ……ちゃん?」
そこには、もともと大きな瞳をさらに見開いて驚いた表情をしている蓮君が立っていた。
私も驚きに声が出ない――
びっくりしすぎて動けないでいたら、立ち止まっている私に桐谷君が不思議そうに尋ねる。
「森、どうした?」
「あっ、えっと……」
なんと説明したらいいのか分からないまま視線を蓮君に向けると、私の視線を追って桐谷君が蓮君に気づく。
蓮君は黒いスーツに細身のネクタイを合わせたシンプルな格好だけど、上品な雰囲気をまとっている。
桐谷君と視線の合った蓮君は軽く頭を下げて会釈するから、私は蓮君を紹介する。
「桐谷君、こちらは春原 蓮君」
「どうも、森の同僚の桐谷です」
「はじめまして……」
少しかすれた声で言った蓮君を、桐谷君は何とも言えない表情で見つめる。
「君ってもしかして……」
迷うようにそこで言葉を切って口ごもる桐谷君に、何かを言おうとした蓮君は他の人に呼ばれて「すみません」と言って行ってしまった。その後姿を呆然と見つめてしまう。
こんなところで蓮君に会うとは思わずびっくりしてしまったけど、驚きが落ち着いてくると、今度は疑問が浮かんでくる。
蓮君はどうしてここにいたんだろう――?
普通に考えたらパーティーに招待されたってことなんだろうけど、それって蓮君も桐谷君と同じ大学ってことなのかな――?
そういえば蓮君がどこの大学に通っているかも知らないことに気づく。
つくづく、私は蓮君のことを知らないんだって思い知らされてしまう。
蓮君の用事もこのパーティーに参加することだったっていう偶然に驚きつつ、もしかして桐谷君と蓮君って知り合いだったりするのかなっていう可能性に気づく。
ふっと横に立つ桐谷君を見れば、桐谷君はなにかを考えこむように口元に拳を当てて黙り込んでしまっているから、声をかけていいものかちょっと戸惑ってしまう。
「桐谷君……?」
「っ!」
はっとしたように私を見て、桐谷君はちょっと困ったように眉尻を下げる。
「どうかした……?」
「森が言ってた“蓮君”って……、さっきの……?」
「そうだよ?」
歯切れ悪く聞いてくる桐谷君をいぶかしげに見上げて、どうしたのだろうと不思議に思って首をかしげる。
「あいつが誰か知ってるのか……?」
「えっ……?」
質問の意味が分からなくて聞き返すと。
「春原 蓮――、S区の区長の息子だよ」




