Vol.26 招待状
「うぅ~~、寒いよぉ……」
ぶるっと体を震わせて、肩にかけていたストールの前をかき合わせる。
「ばぁーか、寒くなるって天気予報みなかったのかよ……」
「ひどっ」
愚痴ってみせるけど、桐谷君の口調は言葉とは裏腹に優しくって、本気で言ってるんじゃないって分かるから、私も冗談でむくれてみる。
「しょうがないじゃんっ、三月の末にこんな寒くなるとか思わないし、ドレスなんて何着も持ってないんだからぁ」
そうなのだ。
実は今、私は肩の出たデザインのドレスの上にショールを羽織っている。
今日は最高気温四度で雪が降るんじゃないかっていうくらい寒いんだけど、もちろん天気予報を見てなかったわけじゃない。
二着持っているドレスは両方とも肩の出ているデザインで、色味とデザインで今日の場にふさわしい方を着て上にはコートを羽織ってきたんだけど、さっきクロークで預けたから薄着になっちゃっただけで。
本当は会場が屋内だから、今日の最高気温が低かろうと雪が降ろうと問題ないはずだったのに……
まさかの会場がプールのある大きな中庭に面しているなんて思わないでしょ……
夏場はこの中庭に面したガラス戸を開け放すと開放的なのだろう。
さすがに今日は中庭に面したガラス戸は締まっているんだけど、出入りする人がいて、開閉された扉と一緒に入ってきた冷気に体を震わせたら、桐谷君にからかわれたというわけ。
桐谷君はパーティーにふさわしく華やかなスーツをきちっと着ている。私には分からないけど、きっといいとこのブランドスーツとかなのだろうな。
さらさらの黒髪はかきあげたようにセットしてそんな髪型も似合ってて、たれた目尻に甘やかな雰囲気をまとってて、いつも以上にキラキラしている。
で、私と桐谷君がなんでこんな格好をしているかというと、桐谷君から知人のパーティーに主席するから一緒に来ないかって誘われて、最初はパーティーとかそういうのは私には無理だからって断ったんだよ。
桐谷君は大手ゼネコンの社長令息で、大学の同期にもそういったお友達が多いみたいで若くして企業する人も多いらしい。かくいう、うちの会社の社長もそんな桐谷君の大学の先輩だっていうし。
今日もその大学の友人が新たに会社を設立する記念のパーティーで気軽な感じだからって言われて、結局断り切れなくて来ることになったんだけど……
来てみれば、そういうことに疎い私でも知っているような著名人がたくさんいて、面食らってしまう。場違いな気がしてしょうがなかった。
パーティーは立食形式で、会場の中央に豪華な料理の並んだお皿が置かれたテーブルがあり、カンターには給仕の人がいて注文ごとにお酒を作ってくれている。壁際にはハイカウンターのシックな丸テーブルが置かれてて、ぱらぱらとテーブルを囲うように話している人もいた。
会場に入ると、桐谷君に気づいた人たちがひっきりなしに桐谷君に話しかけてきて、桐谷君はいつもの快活な感じで答えていろんな人に挨拶していく。私はその横にただ立っていることしかできなくて、時々、桐谷君が紹介してくれる人に会釈して答えるのが精一杯だった。
桐谷君に話しかけてくる人は後を絶たなかったけど、「お腹すいた」って言って適度なとこで話を切り上げた桐谷君は料理をよそって、私を連れて中庭に面したガラス戸の近くのテーブルに移動してきて、近くの扉が開いて「寒い」って会話になってというわけ。
「やっぱ、私には場違いだよ~」
桐谷君を筆頭に男性も女性もみんなおしゃれでこなれた感じの空気に圧倒されちゃって、早々に根を上げてしまう。
「そう?」
あまり気にした様子もなく言って、桐谷君は斜めに私を見て、にやっと笑う。
「これ、うまいよ」
「えっ、どれ?」
「ん」
尋ねた私に、桐谷君はフォークに刺さったキッシュを自然な仕草で私の口の前に差し出して、そのまま顔を上げた私の口の中に入れた。
「っ!!」
「うまいよな」
突然、口の中に入ったキッシュに驚き、咀嚼するのにもたついていたら、桐谷君はにっこりとまぶしい笑顔で言う。
絶対、これ、からかわれてる……
桐谷君にからかわれるのはいつものことだけど、なんだか今日は場所と格好のせいか、キラキラ度が倍増しで、こんな状況でからかわれると、心臓に悪すぎる。




