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拾った責任、とってよ  作者: 滝沢美月
3月25日(水)晴れのち雨
24/35

Vol.24  冷たい態度



「……っ」


 なんと言ったらいいのか、正解が見つからないで黙っていたら、彼女たちの視線がきつくなり、その視線から隠すように蓮君がすっと私の前に立つ。


「彼女が誰かなんて、君たちには関係ないだろ?」


 声音は優しいのに、どこか突き放すような冷たい言葉。


「っ、春原君! 前に聞いたとき、彼女はいないって言ってたよねっ!?」

「それが? その時はいないってことでしょ。なんでいちいち君に報告しなきゃならないの?」


 淡々と蓮君に言われた女の子はぎゅっと唇をかみしめて、目元が揺れる。

 こんな言い方じゃ、勘違いされちゃうよ――

 そう言おうとしたのに、私を見た蓮君は彼女たちの存在なんかなかったことみたいに、ふわっと麗しい笑みを浮かべるから、言葉が出てこない。


「はぐちゃん、帰ろう」


 肯定的な言い方で言って私が返事するよりも早く、蓮君は私の手を握って歩き出してしまう。

 後ろの方で蓮君を呼び止める声が聞こえたけど、蓮君は全く聞こえていないようにどんどん歩いていき、ホームへ続く階段を降り始めてしまった。

 手をつないで前を歩く蓮君の後姿は、どこかピリピリと張りつめてて、早くあの場を離れたいというような雰囲気だった。

 でも、彼女たちと話していた蓮君は笑顔だったし、矛盾だらけで頭が混乱してくる。


「蓮君、話の途中で来ちゃって良かったの……?」


 戸惑いがちに尋ねた私に、蓮君はちらっと振り返ってすぐに前を向いてしまった。

 ホームドアの横で止まった蓮君はこっちを見ようとしない。


「ご飯食べに行こうよって、蓮君のこと誘ってたよ?」


 約束をしていたわけじゃなくて、たまたま会ったから誘ったみたいだったけど、蓮君に来てほしいって気持ちは本当だったと思う。

 だけど、もう蓮君は私の方を見てもくれなかった。

 電車が来ることを告げるアナウンスが響いて、ホームに電車が滑り込んできた。

 私と蓮君は無言のまま、電車に揺られ、降りる駅についてしまった。

 外に出ると雨はすっかり上がっていて、湿度と熱気でむわっと温かな風が吹き抜ける。

 家に向かって歩く間も蓮君はずっと無言だった。

 ただ、タイミングを逃したように、彼女達の前で繋がれた手だけがそのままだった。

 道路にできた水たまりに、蓮君に手を引かれて歩く私の姿がうつっていた。

 家に着くと、たまが待ちわびていたように「にゃ~ん」って鳴いて玄関まで出迎えてくれた。

 靴を脱いで玄関を上がった蓮君は、その時になってようやく、私と手を繋いだままだったことに気づいたようで、一瞬瞠目して、困ったように苦笑して手が離れていった。

 それなのに。

 廊下を進みリビングに入った蓮君の後を追うと、いつも通りの笑顔を浮かべて蓮君が言う。


「ハンバーグ、いま温めるね」

「うん……」


 まるで、さっきまでの出来事がなかったように普通にされて息をのむ。

 なかったことに――したいってことなのかな。

 蓮君にとって、触れてほしくないこと――ってことなんだろう。

 帰る間ずっと無言だった蓮君から、そういうことなんだって分かったけど……

 蓮君と会ったばかりの頃なら、蓮君の心に土足で踏み込むようなことはしたくないって思って、蓮君が話したくないことなら無理やり聞こうとは思わなかった。

 でも、うちに来てから一週間が経った。

 なんにも話してくれなくても、それなりに打ち解けてきたと思ってたのは私の勘違いだったのかな。

 考え込んでいる間に、ダイニングテーブルの上に夕飯の準備が整っていて、椅子に座ろうとしない私を、蓮君が怪訝そうに見上げる。

 言うか言わないか――

 蓮君が答えてくれるかどうか――

 ぐだぐだと考えてしまいうけど、私の中で「蓮君のことを知りたい」って気持ちが膨らみ始めた。

 椅子の背もたれをきゅっと握って、意を決して蓮君に話しかける。


「ねぇ、蓮君、やっぱり今からでも、さっきの子たちのところに行ってきたらどうかな?」

「…………」


 予想していたけど、蓮君は何も答えてくれなくて、私から視線を逸らすように俯く。

 これ以上聞いても無駄だって頭の片隅では思ったけど、一度聞いてしまったら止まらなかった。


「さっきの蓮君、蓮君らしくなかったよ? ちょっと冷たいっていうか……。あの子達、蓮君に来てほしいって誘ってたんだから、断るにしてももうちょっと言い方があったんじゃないかな……?」

「なんで? どうして?」

「えっ?」


 思いがけず、間髪入れずに問い返されて、言葉に詰まってしまう。


「約束してたわけでもないのに、俺が行く理由ってある?」

「そういうことじゃなくて……、あの子、『すのはら君に来てほしい』って言ってたよ?」


 私の言葉に、ぴくっと蓮君の肩が揺れる。


「別に本当にそう思ってるわけじゃないし、あの子たちは俺のことが好きなわけじゃないから――」


 そう言って斜めに視線を流して私を見た瞳の中に一筋の憂いの影があって、私の胸をついた。

 心底、そう思っているような突き放すような蓮君の言い方に胸が痛む。

 蓮君がどうしてそう思うのか、分からなかった。

 女の子たちは普通に蓮君に好意を寄せてるように見えたのに、蓮君はそれを全力で否定している。


「どうしてそう思うの……? そんなことないと思うよ?」


 少なくとも、私は蓮君をいい子だって思てるし、人として好きだと思えるのに。

 自分にむけられる好意を歪めてしまう蓮君に悲しくなって言ったら。


「はぐちゃんは知らないからそんなこと言えるんだろっ!!」


 声を荒げて言った蓮君は、はっとして私を見て、ばつが悪そうに視線をそらし。

 そのままリビングを出ていってしまった――……

 蓮君が出て行ったリビングの入り口を見つめて、はぁーっと深いため息をついて、力が抜けたように椅子に座りこむ。

 せっかく蓮君が温めてくれたハンバーグは、すっかり冷めてしまっていた。

 だけど、蓮君がいない食卓でご飯を食べる気にはなれなくて、ため息をもらす。

 蓮君の言った言葉が、胸をチクチク刺す。


“はぐちゃんは知らないから――”


 ほんとその通りだよ。

 私、なに様のつもりで、あんなこと言っちゃったんだろ。

 一線を引いたような冷たい態度が、はじめて会った時の突き刺すような眼差しの激しさを思い出してしまい、ただ悲しくって。

 テーブルに顔を伏せて……、鼻をすすった。




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