Vol.22 帰り道
「蓮君ごめんねっ! おまたせー!!」
エントランスの自動ドアを出て開口一番に、蓮君に謝る。
エレベーターホールから蓮君の姿がはっきりと見えていなかったのは、蓮君がエントランスの照明のあたるひさしの下には入らず、光の届かない横の植木のそばに立っていたからだった。
私が外に出ると、蓮君はすぐにひさしの方に近づいてきてくれて、手に持っていた私の傘を手渡してくれた。
「大丈夫だよ、仕事お疲れ様。俺も突然来ちゃったから、仕事切りのいいとこまでやってたかんじ?」
「ううん、蓮君のメッセージもらってわりとすぐに仕事は終わらせたんだけど、エレベーターホールで桐谷君に会ってちょっと話してたんだ。遅くなっちゃってごめんね」
私はもう一度謝ってから、蓮君から自分の傘を受け取って開き、蓮君と並んで駅に向かって歩き出す。
「桐谷さん――って、はぐちゃんの同期って言ってた人だっけ?」
「そうそう。ほら、昨日、仕事でチョコケーキの試食してたでしょ、その仕事が桐谷君とチームでやってる仕事でそのこと話してたんだ。桐谷君って外回りが多くてなかなか捕まえられなくってね」
「そっか……、大変だね」
「ん? うん、外回り、大変そうだよね~」
にっこり笑って頷くと、蓮君はちょっと困ったように眉尻を下げる。
「そうじゃなくて、桐谷さんと連絡とれなくて、はぐちゃんが大変だったねって意味」
「えっ、私!? そんな大変ってほどじゃないよ? ちょうど帰りに桐谷君にも会えたし」
「そっか」
「うん。蓮君こそ、わざわざ迎えに来てくれてありがと」
「俺がしたくてしたことだから、気にしないで?」
くすりと笑われて、ちらっと横を歩く蓮君に視線を向ける。
「拾ってもらったお礼」
冗談めかして言う蓮君。
お互いに傘を差していて距離が遠いし、傘が邪魔してて、蓮君の表情まではよく見えなかった。
ふっと蓮君が立ち止まって傘を後ろに傾けるから蓮君との距離がちょっと近づく。
「ってか、勝手に会社調べて迎えに行くとかしてごめん! うわっ、よく考えたらヤバいな、俺……」
顔を隠すように片腕を顔の前にあてる蓮君。
見えてる頬が真っ赤になっている蓮君と視線が合って、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「ごめん、引いた……?」
斜めにこっちをみつめる蓮君に、「ううん」って首を横にふる。
「傘持っていなかったし、すごい土砂降りになってたから、蓮君が来てくれて助かったよ」
「ほんと?」
「うん」
私の表情を伺うように見る蓮君は、飼い主に怒られるんじゃないかってそわそわしてる犬みたいで、なんだか可愛くて。
「でもちょっと驚いた。なんで会社知ってるんだろって」
冗談めかして、思ったままを言ってみる。
こんなことを言ったら蓮君は気にしちゃうかもしれないとも思ったけど、こう言ったら蓮君はなんて答えるだろうって期待をしてしまう。
さっきまでの話の流れ的に、蓮君ならさらっと冗談で答えてくれるような気がして。
そうしたら。
「はぐちゃんに興味があったから、どんな会社に勤めているんだろって調べちゃった――」
さりげなく言ってにっこり笑った蓮君は、いたずらっぽく、まっすぐにこっちを見つめる黒い瞳には力があって、少し強引そうだった。
当然、しゃれをきかせて返してくれると思ったのに、予想の斜め先にいってる答えに困ってしまう。
本気で言ってるわけないって思うのに、さりげない言い方が、妙に真実味を帯びててドギマギしてしまう。
「そ、そうだ! 今日の夕飯はなにかなぁー」
とろけそうな甘い雰囲気を霧散するように話題を変える。
唐突すぎるって分かってても、私にはうまい切り替えしの言葉が見つからなくて、最終手段に出るしかなかった。
私を見つめる蓮君の瞳が驚きに見開かれ、直後、艶やかに揺れて、くっと小さく笑いをもらした。
「今日はハンバーグ作ってみた」
くすくす笑う蓮君に、なんだか負けたような気分になって釈然としないけど。
こんなやり取りができるのも、ちょっとは蓮君と仲良くなれた証だって思ってもいいのかな――
そう思ったはずなのに。
一時間も経たないうちに、そんなのは私のただ気のせいだったって思い知らされるなんて、この時は気づいていなくて、蓮君と他愛無い会話で笑いあって電車に乗り込んだ。




