Vol.16 3連休最終日
「はぐちゃん、なにしてるの?」
振り返ると、呆気にとられたような驚いた表情の蓮君が立っていた。
三連休最終日の日曜日。
朝というにはそこそこ遅い時間で、蓮君は今日は浴衣のままじゃなくて私服に着替えてきていた。薄いグレーのダメージジーンズ、Vネックの白いカットソーの上に黒いカーディガンを羽織っている。質素な恰好だけど、それだけで絵になるくらい蓮君はかっこよくて、つい見入ってしまう。
それに比べて私はというと、リビングのテレビボードの前で床に膝をついて、ボードの扉や引き出しを全開にしてその中に頭を突っ込むようにして覗き込んでいる姿勢だった。
「あはは……」
苦笑する私に近づいてきた蓮君は、私の頭に手を伸ばしふわりと触れた。なにかを払うような仕草に見上げると、蓮君の指がほこりの塊を掴んでいた。
「なにしてるの?」
さっきと同じ質問をされて私は、蓮君に声をかけられる直前に見つけたお目当てのものを蓮君に見せるために、手のひらを開く。そこには手のひら大の小さなリモコンが乗っている。
「これ、探してたんだ」
「それって」
「映画とか動画、観れるやつ」
「はぐちゃん、映画よく観るんだ?」
「まあまあ、観る方かな? 前はよく映画館に行ってたよ~。社会人になってからはなかなか映画館まで行く時間なくてね、これ、友達におススメって教えてもらって契約したんだけど最近はぜんぜん使ってなかったからリモコンどこ行っちゃったかなって探してたんだ。わりとすぐに見つかってよかったよ」
「確かに、よく観るならこれ便利だよね」
「うん、気になってた映画がこれで視聴開始したって聞いたから久しぶりに観ようと思って。蓮君は? 映画よく観る?」
「俺は気になってるやつはレンタルかな、映画館まではさすがに。なんか評判良いとさ、期待が上がりすぎて観たらぜんぜん大したことなかったとかあるし。評判良いのは絶対映画館では観ないし、レンタルも新作で出たばっかりの頃は借りてこないかな」
「なんかそれ、分かるかも。前評判良くて公開中もCMで「すっごい感動しました」とかやられると、なんか興がさめちゃうっていうのかな。でも、私はやっぱり気になって、レンタルとか出るとすぐに観ちゃうんだよね」
「はぐちゃんは、素直だからね」
「ええー、なにその感想?」
まさかそんな風に言われるとは思わなくて、苦笑いするしかない。
だって気になるものは気になるし。
ぶちぶち小声で文句を漏らしたら、蓮君がひょいっと私の顔を覗き込む。
「はぐちゃん、もう朝ご飯食べた?」
急に話題を変えられて面喰いながらも、慌てて立ち上がる。
「まだだよー、蓮君ももうそろそろ起きてくるかなって思って」
「待っててくれたんだ、ありがと」
はにかんだ笑みを向けられて、ほくほくしてしまう。
こんな可愛い笑顔が見られるなんて、待っていた甲斐があったかな。
ダイニングキッチンに向かいながら、今日の朝食はなににしようかなって思ってたら。
「じゃあさ、朝ごはん食べながら一緒に映画観よ?」
「えっ!?」
「あっ、一人で観たかった?」
「ううん、そうじゃなくて。観ようと思ってる映画、評判が良かったやつだから蓮君観るの嫌じゃないかなぁって」
尋ねた私に、蓮君は一瞬、目を見張り、それからくしゃっと顔を破顔させて、澄んだ瞳に優しい微笑を含んで私を見た。
「はぐちゃんと観るなら、嫌じゃないよ」
なんでもないことのように言われた言葉が、私に向けられた甘やかな笑みが、たまらないほど素敵で困ってしまう。
これって素で言ってるんだよね……
蓮君って、天然だ。天然の人たらしだ。
一昨日、一緒に商店街に食材の買い物に行った時も、そのとろけるような甘やかな笑顔を向けられた肉屋のおばさんがサービスっていってたくさんお肉を入れてくれた。これを人たらしの才能と言わずになんというのだろう。
蓮君がうちに来てからまだ五日しか経ってなくて、蓮君は自分の事をぜんぜん話さないし、まだ蓮君のなにを知っているってわけじゃないけど。
触れてほしくなさそうにするのは家族に関する話かなってうすうす感じている。
最初はぜんぜん喋らなくて、刃物みたいな鋭い眼差しをしていた蓮君だったけど、喋ったら普通にいい子だし、家に置く代わりに家事を手伝ってくれるって言ったり気づかいのできる子で、そして意外とよく笑う子だった。その笑顔は破壊力抜群の甘やかな笑みでドキッとしてしまうのは、仕方がないよね――




