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拾った責任、とってよ  作者: 滝沢美月
3連休の週末 晴れ続き 開花宣言
15/35

Vol.15  桜並木



「綺麗だねっ!」


 目の前に広がる薄ピンクの桜並木にうきうきして、つい綺麗を連呼してしまう。

 隣を歩く蓮君が斜めに私を見下ろして、ふっと甘い微笑みを浮かべた。


「うん。はぐちゃん、桜すき?」

「えっ?」

「だって、すごいはしゃいでるから」

「えへへ、だって、桜って綺麗じゃない? こう、春になって桜の蕾がだんだん膨らんでいって一つ二つって花が咲き始めて、薄紅の桜で埋めつくされると、ふわぁ~って心の奥からうきうきするような気分にならない?」


 日本人で桜が嫌いな人がいるのかな?


「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」


 桜を見上げながら口ずさんだ蓮君はどこか寂し気で、私は見上げて首をかしげてしまう。


「世の中に全く桜がなかったら春を過ごす人の心は穏やかなのになぁって意味の昔の人が呼んだ和歌。知ってる?」

「うん、在原業平だっけ?」


 蓮君は頷く。


「春は桜が咲くのも散るのも気になって人々の心が落ち着かないって、それだけ人の心を動かす桜が素晴らしいって意味なんだよね。はぐちゃんもそんな気分かなって思って」

「だねー、そわそわしちゃうけど嫌な気持ちじゃなくて、心待ちにしてる感じ」

「昨日読んだ本に載ってたから、覚えちゃった」

「もしかして伊勢物語?」


 おじいちゃんは生前、古典の先生をしてて、部屋の本棚には古典の本が今も置いてあった。私が小さいとき、寝る前に読み聞かせで読んでくれる本は古典の本ばかりだった。幼心に、意味は分からなくてもその独特な言い回しが私は好きだった。

 蓮君は祖父母の部屋を使っているから、見つけて暇つぶしに読んだのかな。


「ごめん、勝手に読んで」

「いいよ。むしろ、読んでもらえておじいちゃん喜んでると思う。おじいちゃんね、古典の先生だったんだ。だから、普通の古典だけじゃなくて解説書とか解釈の研究がされてる本とかあって、興味深いよ。貴重な本とかもあるから、本は捨てられなかったんだよね」


 桜で舞い上がっていた気持ちが、ちょっと感傷的になっちゃって苦笑して、腕時計に視線を落とす。


「お昼にはまだ早いけど、どうしようか?」


 あからさまに話題を変えたことに気づいていただろうけど、蓮君は素知らぬ顔で優しく微笑んでくれる。


「じゃ、少し散策しようか。もうちょっと行ったとこに池に張り出した赤い橋があって、そこからの桜がすっごい綺麗なんだよ」

「うん」


 それから池沿いに桜並木の続く遊歩道を散策し、池にかかる赤い橋と一緒の桜並木の写真を撮ったり、赤い橋まで行ってそこからの眺めを写真に撮ったりした。

 夢中で桜の写真を撮っていたら。


「すみません、写真を撮ってもらえますか?」


 老婦人に声をかけられて振り返ると、仲良さそうに寄り添った老夫婦が携帯を手に持ってこちらを見ていた。


「いいですよ~」


 私は快く引く受けて、老婦人から携帯を受け取り、桜並木と池をバックに老夫婦の写真を数枚撮った。


「念のためにちゃんと撮れているか確認してください」

「ありがとうございます。ええ、ちゃんと撮れてます」

「本当にありがとう」


 老夫婦に交互にお礼を言われてこそばゆくなる。

 そんな大したことはしてないし、老夫婦が、亡くなった祖父母の姿を思い出させて懐かしくて、二人に親切にできたことがただ単純に嬉しくて仕方がなかった。


「お嬢さんも撮りましょうか?」


 感慨深げに思っていたから、一瞬、なにを言われたのか分からなくてきょとんとしてしまう。

 私がぽかんとしていると、横にいた蓮君が素早くポケットから出した自分のスマフォを渡して老婦人に渡し簡単に操作方法を説明して、私の隣に戻ってきた。


「はぐちゃん」


 息も触れそうな近い距離に蓮君が立って、私を包み込むように腕を伸ばして、体を老夫婦の方へ向けた。

 ただ、カメラの方を向くようにそうしただけなんだろうけど、蓮君が触れた腕が熱くて、つい、蓮君を振り仰いでしまう。


「撮りますよー」


 老婦人の声に慌てて正面を向いたけど。

 見せてもらった写真の私は真っ赤な顔をしてどこか戸惑った表情をしていた。




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