Vol.14 春のお彼岸
お花見の前にお墓参りに行きたいと伝えた私に、蓮君はちょっと驚いた表情をして、でもすぐにふんわりと微笑んで「いいよ」って頷いてくれた。
それから着替えてきた蓮君と二人でお弁当を作った。蓮君は卵焼きを焼いてくれて、はじめてとは思えないくらい上手に作って、ご飯が炊けてから二人でおにぎりを握った。
朝ご飯はご飯の残りとお味噌汁を作って食べて、出かける準備をして家を出た。
うちの近くの地下鉄の駅から郊外に向かって数駅乗ったところにある小高い丘の上にある霊園に、おじいちゃんとおばあちゃん、それからお母さんのお墓はある。
おじいちゃんとおばあちゃんが生きてた時、二人はよくお墓に行っていたみたいだけど、私はお正月と春秋のお彼岸とお盆の時期にお墓参りに行くくらいだった。でも、祖父母が亡くなってからは、月に一度はお墓に行っている。
家にも仏壇はあるけど、母と祖父母がいるのはお墓って気がして。
でも、誰かと一緒に行くお墓参りは初めてだった。
霊園の中に入り、お墓の前まで蓮君を案内する。
たまも本当は連れてきたかったけど、お墓参りの後はお花見に行くし、そんなに長時間連れだしたらたまが疲れてしまうと思って今回は断念した。
今度、お墓参りだけ行くときには、連れてこうと思う。
森家――と書かれたお墓の前で、私は胸の下の方がぎゅっと痛む。
お墓に来ると、いつも感傷的な気持ちが押し寄せてきちゃって、蓮君に気づかれないように深呼吸をしたけど、いつもみたいには笑顔を浮かべられないし、口数も減ってしまう。
霊園の角にある水道で桶にお水を汲んできて、墓石にひしゃくで水をかけてブラシで掃除を始めると、蓮君がすっとひしゃくをとって、私では届かない墓石の高い位置から水をかけてくれた。
無言のまま掃除が終わると、来る途中で買った花束を供えて、お線香にも火をつけて供えた。
墓石の前でしゃがんで私が手を合わせると、横で蓮君もそうしている気配がした。
『おじいちゃん、おばあちゃん、お母さん……
はぐみは元気にしているよ。仕事も順調だし、たまも可愛いし。おじいちゃんたちも天国で元気にしてる?』
心の中でおじいちゃんたちに話しかける。
『たまも連れてきて紹介しようと思ったんだけど、今度来るときにするね。あと、隣にいる子は蓮君っていって……』
なんと説明したらいいかなって、一瞬思ったけど、感じているままに伝える。
『私も蓮君のことは知らないことばかりだけど、たぶん、傷ついて弱ってて、ちょっと時間が必要みたい。でも、とっても優しい子なんだ。だから私は蓮君の力になりたいと思うんだけど、いいよね――?』
問いかけてももちろん返事はないけど、空の上でおじいちゃんたちが優しい微笑みを浮かべている気がして、私は瞳を開けて微笑み返して立ち上がる。
横を見ると、しゃがんだ蓮君はまだ手を合わせたまま静かに瞳を閉じていた。
まさかまだそうしているとは思わなかったけど、ほどなくして瞳を開けて振り仰いだ蓮君の視線が交わる。
「長く手を合わせてくれてたね」
「うん。俺を拾ってくれたはぐちゃんに、すごく感謝してることを伝えてた」
真剣な眼差しにまっすぐに射ぬかれて、ドキッとする。
「ありがとう、はぐちゃん」
「……こちらこそ、付き合ってくれてありがと。そろそろ行こっか」
満面の笑みでさらっと言った蓮君は、立ち上がってひしゃくの入った桶を持ってくれた。
ひしゃくと桶を片して駅に向かい、今日の目的地に向かう。
近くの公園もだいぶ花が咲き始めていたからそこでお花見しても良かったんだけど、蓮君はお花見に行きたい場所があったみたいで、ちょっと遠出してお花見に行くことになっていた。まあ、電車で片道一時間くらいだから、そこまで遠くはないけど。
着いたのは、隣県の城址公園。
私は初めての場所だったけど、蓮君は前にも来たことがあるみたいで案内板とか見ずに「こっちだよ」って遊歩道に私を案内してくれた。
遊歩道を歩いている途中、大型遊具のある子供向けの広場や芝生広場などもあって、遊んでいる子連れの家族がたくさんいた。
今日は朝から気温が高くて、日中は二十度を越えるって予報だった。三連休の中日で、まさに絶好の行楽日である。
私と蓮君以外にも広い遊歩道を行き交う人は多い。
しばらく歩くと、遊歩道の両側に桜並木が広がっていた。少し先に池があり、桜並木は池を一周するように遊歩道と一緒に続いていた。
昨日開花宣言がされていて、桜は満開とまではいえないけど、どの桜も五分ほど咲き、日当たりのいい場所の桜は満開になってて、とても綺麗だった。