Vol.13 たまの通り道
仕事が休みの日は目覚ましなしでもだいたい八時前後には目が覚めるんだけど、今日はお花見に行くのだしせっかくだからお弁当を作ろうと思って余裕を持って少し早めに目覚ましをかけて起きた。
着替えて洗面所で顔を洗ってから、まだ蓮君は寝てるだろうなと思って静かにリビングに向かう途中の廊下で、たまが蓮君の部屋から出てくるのを見かける。
夜、寝る時は私の部屋で寝ていたはずのたまがそこにいたのにも驚いたけど。
蓮君の部屋として使ってるのは和室で、廊下に面している扉は引き戸だから誰かが扉を開けないとたまは自由に出入りできないはずなのに、扉の開く音も聞こえずにたまが出てきたからさらに驚いてしまう。
たまが家に来てから、自由に出入りできるように部屋の扉はどこも基本的に開けっ放しにしていたけど、和室を蓮君に使ってもらうことにしてからは扉を閉めていた。
ちらっと廊下の先の蓮君の部屋を見れば、扉がほんの少し、たまが通れるくらいの隙間で開けられたままになっていた。
夜はなるべく蓮君の部屋には近づかないようにしていたから今まで気づかなかったけど、蓮君がたまのために寝るときも扉を開けっぱなしにしてくれていたのだろう。
そんな些細な蓮君の優しさに、胸の奥がほわっと温かくなる。
たまと一緒にリビングに入り、キッチンダイニングでたまに朝ご飯をあげてから私はキッチンでお弁当の準備を始める。
実は、お弁当の材料にって、昨日飲み会の帰りに駅のスーパーで買い物をしてきていた。
おにぎり用のご飯を炊いている間に、鶏肉を切って唐揚げの下味をつけて、ブロッコリーを茹でたりミニトマトを洗ったりしていると。
カタカタっと微かな物音がして、リビングの扉から寝起きの蓮君が顔を出した。
「はぐちゃん、おはよー……」
「おはよう、蓮君」
眠そうに眼をこすっている蓮君。
リビングの隣が蓮君の使っている和室だから、なるべく静かにしていたつもりだったんだけど。
「ごめんね、起こしちゃったかな? まだ寝てても大丈夫だよ」
「んー……、だいじょうぶ、もう起きる……」
ふわぁ~ってあくびをしながら眠そうにしている蓮君は、年よりも幼くみえて可愛い。
もともと癖のついたふわふわの髪の毛は寝ぐせでさらにふわふわしている。
リビングからダイニングキッチンに入ってきた蓮君は、私のすぐ横に来て手元を覗き込む。
「朝ご飯作ってるの?」
「ううん、お弁当作ろうと思って」
「えっ、お弁当!?」
「そんなに凝ったものは作れないけど、せっかくのお花見だからね」
お弁当って言葉に驚いた蓮君は、それまで眠そうで半分くらいしか開いていなかった瞳がぱっちりと見開かれる。その瞳は好奇心に満ちてキラキラと輝く。
さっきまでの眠そうな表情も可愛かったけど、キラキラとした表情もすごくかっこよかった。
「俺も手伝うよ」
「蓮君、ありがとー」
一昨日の夕飯を作ってもらったのをきっかけに蓮君は料理に興味をもったみたいで、昨日の朝ご飯も一緒に作ったから、今日もお願いすることにした。
たぶん、いままでやったことがないことをやってみたり、そんな気分転換が心の傷には必要なんだ。その気分転換をする気になっていることだけでも、とてもいい傾向だと思う。
「あっ、でも、先に着替えてきてもいいかな?」
「大丈夫だよ」
自分の格好を困ったように見下ろす蓮君に、私はふふっと微笑む。
蓮君の今の格好は、うちに来た日に渡した祖父の浴衣だった。ちょっと寝乱れてはだけた胸元が色っぽくて目のやり場にこもってしまうから、着替えてくることには大賛成だった。
うちに来た翌日に買い物に行った蓮君は歯ブラシとか生活に必要なものを買ってきてて、服も買ってきていたみたいだけど、寝るときは変わらず浴衣を着ていた。
お金はたくさんあるって言っていた蓮君の言葉から、節約して寝間着を買わなかったわけではないのだろう。
気に入ってくれたのか、私に気を使ってくれているのか――
どっちなのかは分からないけど、それでも、蓮君が大事に浴衣を着てくれてることがありがたかった。
着替えのためにリビングを出ようとしていた蓮君に、言っておいた方いい事があることに気づいて呼び止める。
「蓮君。お花見の前に行きたいって言ってた場所だけど……」
「うん」
蓮君から視線を少し落とした私を見て、蓮君はキッチンまで戻ってきて小首をかしげる。
「あのね、今って春のお彼岸でしょ。だからお墓参りに寄ってからお花見に行きたいんだけど、一緒に行ってくれるかな?」
蓮君の表情を伺うように言った私に、蓮君はもともと大きな瞳をさらに大きく見開き、驚いた表情をした。