Vol.12 ため息
桐谷君はいつもは甘やかな瞳を鋭くし、真実を見抜くような瞳で見てくるからドギマギしてしまう。
つい否定してしまったけど、違うって言ったのは嘘になるし、でもそれを認めると拾ったのは男の子ってことを話さなきゃいけなくなるし……
悩んだ末、話題を変えて誤魔化すことにする。
「そっ、そういえば、お土産にもらったグミ! ヘビかなにかの形したやつ。見た目はあれだけど、味は普通で美味しかったよっ! 私が食べてたら、蓮君がすっごい興味津々で見てくるからあげたんだけど」
すごい勢いであからさまに話題を変えて早口でしゃべる私を訝しげに見つつも、桐谷君が呆れたように突っ込む。
「おまえ、猫にグミなんて食べさせるなよ……」
「えっ、だって蓮君は――っ」
猫じゃないし――……
そう言ってしまいそうになって、直前で言葉を飲み込んだんだけど。
ジロっと、鋭い眼差しで桐谷君に見られて、たじろぐ。
「森、なんか隠してるだろ」
呆れたようなため息と共に言われてしまい、ごくりと唾を飲み込む。
このまま誤魔化すか、どうするか――
その後の展開を色々想像して――、桐谷君には白状してしまった方がいいかもしれないと判断する。
まわりのみんなに聞こえないように、桐谷君との距離を縮めるように近づき、小声で喋る。
「実は……、拾った蓮君っていうのは、男の子なの……」
ちょっとぼかして言った私の言葉の意味が分からなかったみたいで、桐谷君は眉根をぎゅっと寄せて、直後、意味が分かったように驚いた表情で私の方に振り返る。
「はぁっ!?」
音量をおさえた声で、でも、驚きを表現するのには十分な声音で言われて困ってしまう。
やっぱ、そういう反応になるよね……
「なんだよ、その拾ったって」
お互い小声でささやくように話す。
「えっと、かくかくしかじか、怪我をしてたから放っておけなくて」
「そんなの放っておけよ、いい大人が怪我くらい自分で何とかするだろ」
「なんとかできなさそうだったから、家で手当てしたんだってば……、そしたら家に帰りたくないから泊めてくれって言われて」
「はっ!? はぁっ!?」
二度も聞き返されてしまって、私は苦笑いを浮かべるしかない。
「それでどうしたんだよ、まさか泊めてるとか言わないよな……」
マジでありえないって表情で見られて、言葉につまってしまう。
「泊めてる……、だって、家に帰れないって言うし、他に頼れる人もいないみたいだし。それに拾った責任――? があるかなぁって……」
「はぁ~~……」
盛大なため息をついて、桐谷君はテーブルに肘をついた手で支えるように頭を乗せて項垂れる。
心底失望したような長いため息に、どう反応していいか困ってしまう。
でも、蓮君を泊めてる事実は変わらないし、桐谷君に失望されても、いまさら蓮君を追い出すことなんて私には出来そうにないから、どんな非難も受け入れようと心の準備をしていたら。
俯いていた桐谷君はちらっと視線だけを横に流して、私を見る瞳にもどかしげな影が揺れる。
「なんで俺に言うんだよ――」
そう言った声はかすれていて、桐谷君がどう思っているのか、感情は読み取れなかった。
だから、私の素直な気持ちを言うしかない。
「だって、桐谷君なら茶化したりしなさそうだし、相談にも乗ってくれるかなって」
本当は最初から蓮君のことを隠すつもりも嘘をつくつもりもなかったけど、真珠さんが猫って誤解してそのまま誤解を解くタイミングを失ったというか、男の子を拾ったなんて突拍子もない話を誰が信じるだろうかっていう思いもあって。
だから、正直に話して自分だけがすっきりしてしまう罪悪感みたいなのもあるけど、同期の桐谷君ならちゃんと話を聞いてくれるだろうって思ったのに。
「はぁ~~……」
二度目の長いため息をつかれてしまって、完全に呆れられたと思って気落ちする。非難の言葉を浴びないだけましだろうか。そう思っていたのに。
いつの間にか姿勢を正して座り直していた桐谷君が、くしゃっと私の髪をなでる。
「なんか困ったことあったら、ちゃんと言えよ」
「う、うん。あれ?」
呆れたようなため息をつかれたのに、優しいいつもの桐谷君だから、予想外の反応に困惑していると。
「森は頑固だから。自分で決めたことは絶対に譲らないだろ。だったら、俺は森が困った時にフォローすることくらいしかできないだろ」
桐谷君は言いながら少し辛そうに眉根を寄せて微笑んだ。その瞳に長い睫毛の影が落ち、端正な美貌を一瞬切なげに彩った。
そんな表情も色っぽくて、桐谷君が女子にモテることに、納得して一人頷いてしまった。
「桐谷君、ありがと~」
優しい同期を持って役得だなぁって、そんな気持ちで感謝の気持ちを伝えたのに、桐谷君に三度目になるため息をつかれてしまった。