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退室した後、目的地に向かいながら耳に付けているインカムで小崎に連絡をとる。
「小崎、そちらは異常ないか」
『ん?こちらは特に異常なし。そっちで何かあったか?』
「ああ、緊急で片付けなければならない案件が出来た。少々そちらに集中しなければならない。」
『了解、何か変化や異常が発生した場合連絡をよこせ ていう事だな』
「話が早くて助かる。連絡に出れなかった場合3分以内には折り返し連絡する。時間の猶予がない場合はお前の判断に任せる」
『了解した』
そうして連絡を終えると龍ヶ峰邸の広大な敷地内の中で比較的遠めの施設に足を踏み入れる
さて、どのような罵詈雑言を言われる事やら・・・
「お待ちしていました。お兄様」
「・・・・・・・・・」
待て、落着け。
状況を確認しようじゃないか
「お久しぶりでございます。凛お嬢様」
前まで俺はこの龍ヶ峰邸では使用人の立場だった。
しかし今はコレとの関係は元使用人か又は知人辺りが妥当なところだろう
「どうかなさいましたかお兄様」
「・・・・失礼ですが、先程から私をお兄様とお呼びですが自分は蓮様ではございません」
この対応の不可解さは俺自身を蓮と間違えている可能性がある。しかし、見た目は似ていない筈なのでそれも低い。
龍ヶ峰家の構成は父 玄一、長男 蓮、長女 葵、次女 凛という家族構成だ。母親はヴィスタ殲滅の際魔女の攻撃に巻き込まれ亡くなった。
「いえ、人違いではありません。」
「・・・・・・」
はて、前にあった時は罵詈雑言を吐き捨てられた記憶が・・・近寄るなと言われたのが最後だな。
「私に私兵の訓練をご指導依頼を引き受けてくださりありがとうございます」
改めてみるとコイツは体操服であった。
ここで私服でないのは良い選択である。
もう色々と面倒なので総スルーさせてもらおう。
「私兵の訓練と言いますが・・・まずは基礎中の基礎、走り込みでどの程度基礎体力があるか確認します」
「はい!!」
何だろう、この感覚前にもどこかで感じたような・・・
「どうせ居るだろ犬」
俺の目の前に上から降りてきた。
案の定である。
「きゃん!」
「本当にどこに隠れていたんだか」
俺は天井を見上げるが隠れるような場所も一切なく、足場もない
「さて、ただ走るだけでは退屈でしょう。この犬が追いかけるので追い付かれないようにしてください、では始めてください」
拒否権が無かったとはいえ監督する身なので、ランニングしている様子を見る。
ほぅ、すぐに息が上がると思ったが走り始めて10分、アイツの息は整っている。
これは事前にランニングなどしていたのかもしれないな。
そして おい、駄犬。何尻尾振って追いかけてるんだ。エンジョイしてんじゃねぇよ。
それにしても中々いいフォームで走っているな、走り続けてこのフォームが崩れなければ基礎体力は問題なしだな・・・・・・・・・・・・・・・・ん?
待て、俺は何を考えているんだ。さっさと辛い練習させて諦めさせる方針だったはずだ。
それが何故本格的に訓練計画立てているんだ!?
それにしてもこれは誤算だ、このランニングで根を上げると予想していた。
ランニングでケリが着かない場合は次のステップに進むには話し合いが必要だな。
そして軽く一時間走らせると息も上がり、フォームは崩れていた。
だが、及第点をやれるレベルではある。
そうしてランニングをやめるように言う。
「基礎体力の確認は出来ました、少し休憩を挟んで次は組手をしましょう」
「はぁ、はぁ、・・・はい!!」
まだ元気に叫べる気力はあるか・・・今まで魔法に頼り性格が劣悪な人間と見ていたがコイツは優秀な部類かもしれないな。流石龍ヶ峰の人間だ。
龍ヶ峰 蓮は異能に目覚め、剣に関するもので現在大学でコネを多く作っている。姉の龍ヶ峰 葵は魔法の適正で医療に大きく秀でていた。現在は進学先を模索中だ。ちなみに引く手数多の状態。
そして龍ヶ峰 凛の魔法はおそらく全魔法である。全ての魔法をほぼ使用可能。しかし、特殊な魔法は実用に堪えない模様。その全能感故に高飛車な態度が出ていた。その所為か俺や屋敷で仕事をする人間によくつっかかっていた。
それが問題視され、当主が俺からお灸をすえるように依頼され、案の定 天狗鼻をへし折ってやった。結果嫌われたと思っていたんだが・・・このザマである。
凛の様子を伺うとヴィスタと無邪気にじゃれていた。
「まず組手をする前に聞いておきましょう、私兵の訓練をご所望ですが、部隊の目的によって鍛え方が違います。どのような戦闘スタイルをお考えでしょうか」
「は、はい!!魔法を使用しつつ、接近戦もこなせる戦闘スタイルを目指しています!!」
・・・小心者の考えるスタイルだが、コイツの場合様々な魔法が使える為出来なくはないだろう。
それには状況判断力が必要になる。これを身に付けるのは容易ではない。
「それなら組手ではなく、模擬戦を致しましょう。お嬢様は魔法をご自由にお使いください」
「・・・わかりました」
「休憩はもうよろしいですか?」
「はい、やれます」
そしてお互い距離を取る。
「あの、離れ過ぎではありませんか?」
「ハンデですよ」
その距離ざっと100m程度である。
「わかりました、頑張ります!!」
「・・・・・」
本当にどうしたのだろうか、確かに軽い挑発だったがまるで気にも留めない。それどころか自身が俺の下と理解しての対応ではないだろうか?
「では、始めましょう」
俺の合図で俺は距離を詰めにかかる。正直この距離では俺は何もできない。
そして相手はというと―――
「えい!!」
!?
俺に殴り掛かっていた。
いや、100mまでまだ距離はあった筈だ、それなのにどうしてコイツはこんなところで近接に持ち込んでいるんだ?
スピードに乗った蹴りが放たれるが、
「予備動作からの動きが遅い」
簡単に避ける。
蹴りを外した勢いで大きく態勢を崩す・・・
「きゃあ!」
そのまま飛んで行ってしまった。
おおよそ風魔法を利用して接近し、蹴りだしたはいいものをまだコントロールが出来ていないってところか。
そんなものを模擬戦に使うとは・・・
「判断力0というより-確定だ」
魔法の影響か、着地に手間取っていた。その隙に近接戦に持ち込む。
こちらに気付いた時には柔道技の払腰で組み伏せる。
・・・普段なら、殴る蹴るなどする。相手を組み伏せる様な余計な時間は必要としないからだ。
「最初に魔法の制限は無しと言いましたが、何故遠距離で魔法をお使いにならなかったのですか?」
「うぅ・・・私が習いたかったのは近接戦闘の仕方で合って遠距離からの攻撃ではないからです」
「・・・近接に拘っているようですが何か理由でも?」
流石に近接を極めようとは考えてはいない様子だ、だとすると接近戦に持ち込まれて痛い目を見たのだろうか
しかし、コイツが近接戦闘に拘る理由は皆無である。理想を言うなら、魔法を駆使して攻防しつつ、懐に入られる前に仕留めるのがベスト。
「・・・・・・勝負に負けました」
話を聞くとその相手は身体能力を上げる魔法に適正があり、勝負した際に完敗した。
自分には近接戦闘の心得がないと思い知り今現在に至る。
俺は深く溜息を付いた。
「も、申し訳ありません。こんな聞き苦しいお話を」
「いや、それは構いませんし、自分に足りないモノを習得しようという意気込みもわかります」
「では、続きを―――」
やる気があるのはとても素晴らしいものである。
しかし、それが別の方向に向かっている。
「しかし、それはあまり良くない傾向ですね」
「え?」
「相手と同じ土俵に立つ必要はありません、そして負ける事は恥じる事ではありません」
正直この台詞には虫唾が走る。
が、言わなけれなならない。
「勿論、失敗出来ない出来事もあるでしょう。ですが、今のあなたの状況ですと自分たち学生は取り返しのつかないミスは少ない。失敗したのなら自分を見つめ直すいい機会と思いましょう」
「ですから私は自分を見つめ直し、自分には体術が抜けていると―――」
「それは間違いです。いえ、100%間違いではないのですが、お嬢様がこれからすべきことは体術を収める事ではなく、対策を考える事です」
そこでハッとした顔になった。
本来は対策を考える方が簡単なのだがな
「流石ですお兄様」
「そのお兄様というのはお止めください。錬様に聞かれましたら問題になるので以前のように犬童とお呼びください」
「そのような・・・今の私はお兄様のご指導を受けていますので失礼な事を。そして私のこれまでの非礼を―――」
とても面倒な奴だ。
「では妥協案として先生・・・いや、教官とお呼びください」
「はい、教官!!」
うん、これは怖気が走る。失敗したな。




