8 三度目の大ジャンプ (檜慈里)
狂人扱いしてくる白い建物から抜け出した当時、私は26歳になろうとしていた。まず、それが信じ難かった。
何故か?私の記憶は、23歳の終わりから病院へ行く手前まで、「食べられていた」からだ。
記憶を辿ろう。
私は大学を出てから、フリーターをやっていた。それなりに稼ぎはあり、三つの仕事を掛け持ちでこなしながら、そのうち一つは拘らずに職を転々とした。単純に、色々な経験を積めることが楽しかったのだった。
そうして働くうち、「ジャンプ」の課長から、正社員になれるという話を貰った。
とは言うものの、勝手知ったる当施設の社員ではない。母体のパチンコ屋が新たに始めるという、リサイクルショップで働いてみないかという話である。
履歴書を仕上げ、卒業式以来のスーツを着て面接に臨んだ。
しかし蓋を開けてみれば、最初から採用がほぼ決まっていたような、緊張感のないものだった。他愛もない話ばかりしていたのを覚えている。
そして正式に採用通知を受け、私は三つのアルバイト先に退職の手続きをとった。特に「ジャンプ」は長く働いていたのもあり、なかなかに楽しい送別会を開いてくれた。
そう。遠回りしたが、ようやく私の人生もまともなレールに乗り、動き出したのだ。
高森のほうは、たまに会う度ノルマがきついだの上司が理不尽だの、愚痴をこぼしている。
私も、そんな本物の社会に飛び込むことになるのか。不安を抱えつつ、私は駅から20分ほど歩き、リサイクルショップ「タイムオフ」の前に立った。
第一印象が肝心。ネクタイを確認、従業員専用口から店舗へ入る。
……ここで記憶は途切れている。
次の瞬間に見たのは、知らないアパートの部屋の景色だった。当然、私は混乱。ここは誰の部屋だ?何故、こんな所にいるのか?
不意にベッドの上で、携帯電話の着信音が響いた。それも自分の知っている型ではない。
とりあえず無視。
再び着信。無視。
再び着信。どうする?
とりあえず出てみようか。私はそれを手に取り、通話ボタンを押してみた。
「もしもし」
「もしもし!おい田平、もうシフトの時間とっくに過ぎてんぞ!寝坊か?」
「は?」
どうも、その声は「ジャンプ」の課長にそっくり……というか、おそらく本人だ。
どういうことだ?辞めた職場から、出勤の要請があるとは。
「あの、課長ですよね?『ジャンプ』の」
「当たり前だろ。まだ寝ぼけてんのか?こっちはお前が来なくて困ってんだよ!」
「俺、退職しましたよね?」
「はあ?何言ってんだ!『タイムオフ』が潰れたんで、また雇ってくれ、って言ってきたのは誰だと思ってやがる!」
……「タイムオフ」が、潰れた?