49 時の守人 (花咲)
「終わったな」
松崎オーナーの呟きに「ええ」と高森が答える。
「でもオーナー。アヤはこのまま生かしておいてもいいんでしょうか?」
「それは俺にもわからんよ。ひとつ言えることは、今のアヤはこの世界を壊すことはなさそうに見えるってことだ。
さすがにアイなんて『肉体』が現れた時は驚いたがな。まあ、お前にも面倒をかけたが、あの役回りはおいしかったんじゃいか?」
「勘弁してくださいよ。オーナーのご指示じゃないですか。そりゃあ……いやそんなことより、やっぱりアヤはこのまま放っておいたおいた方が面倒がないのかも知れませんね」
「ああ、そうだな。何か動きがあるまでは放っておこう。引き続き監視の方は頼むぞ」
「はい。でも田平バクは、また帰って来るんじゃないでしょうか」
「確かに、もう何度も繰り返していることだからな。だが今回は『バク(=田平のバク)』が時津風を処分したことによってアヤは生き延びた。
もし、バクがアヤを時津風から守る為に転生しているのならば、アヤが生きている間は田平が帰ってくることはないんじゃないか?」
「アイの肉体化も驚異ですが、今回のバクもひとつの完成形だった気がするんです。行動も能力も図抜けていた。
しかもこれまでは、本人の無意識の時間を使って、人生をリメイクしてアヤを助けようとしていたバクが、本人の意識を2年も封じ込めて、遂に時津風を亡き者にしたのですから」
「確かにな。しかし2年は長かった。そのバクをもってしても、アイの肉体化は想定外だったのだろう。それがなければもっと早くけりをつけられたはずだろうから」
「それはそうですよ。今回のバクは、肉体化したアイとアヤの二人を時津風から守らなければならなかったんですからね。
しかも、アイが肉体化したことでアヤが繰り返し転生している秘密を時津風も知ってしまった。
アヤという女は時津風に身も心も捧げて死ぬのが元々の運命ですから、バクはその運命を変えるだけでも至難の業だったはずです」
「それでも今回のバクはそれを半ばやったに等しい。だからこそアイという肉体が生まれたのかも知れないな。
アヤがバクを愛してしまった故に、時津風を愛さなければならない『運命』というDNAが、アイを創り出したんだろう。そして時津風が死に、アイはその役割を終え……消えた」
「ちょっと待ってください。アヤの生きる意味も、生き延びた意味も……もしかしたら、バクが消えてからバクの替わりだった田平が死んだことで、無くなってしまったんじゃないでしょうか?」
田平の携帯が鳴る。息絶えた田平が出ることはなく、鳴り続ける呼び出し音。
「電話の向こうはアヤだろう。多分、アヤは田平が死んだことを理解したはずだ。
アヤが田平のプロポーズを断ったのは、アヤが愛したのは田平ではなくバクだったからだと思っていたが、そうじゃなかったんだな。アヤは田平の中にバクを見ていた」
「はい。アヤは田平の中にあるバクという存在を愛し続けていたんだと思います。
それはもう何回も転生を繰り返し、その度に時津風に惚れ、そして傷ついて死んでいく逃れられない運命から、そこから救い出そうと同じく転生を繰り返し、今回ついに時津風からアヤを守ったバクという存在を、心から愛したのでしょう」
呼び出し音が途切れた。
「アヤが消えた。次の転生が来るな」
「そうですね。今度はどうなるのでしょうか」
「私たちがやるべきことは、二人の時の囚人を監視し、歴史を変えてしまうような行動を取らせないことだ。時の守人としてな。
今回はバクとアイのせいで大きく脱線してしまったが、次回はこれ以上の脱線は許されない。
高森、分かっているな。私情は挟むな。我々の躊躇は世界の破滅に繋がることを肝に銘じよう」
「わかっています」
そして二人は、田平の亡骸を残して「タイムオフ」を出て行った。次の転生に備えて時を超えるのだろう。
再び田平の携帯の呼び出し音が鳴る。
田平の指先が、クッと動いた。
(本編 了)




