46 あるいはその両方が (檜慈里)
いよいよ確信めいたものを私は感じていた。狂っている。私自身か、この世界か、あるいはその両方が。
行動しなければならない。そもそも自分でない自分が、ひょっとしたら過去に人を殺しているかも知れないのだ。もし今の私が異常なのだとしても、私は自分の意志で行動を起こしたい。
そうだ。これから殺されるとしても、人を殺さなければならないとしても、そこに在るのは「この私」でなければ。
アヤと挨拶だけ交わして別れた私は携帯電話を取り出し、高森に連絡を取る。
「高森。すまん、駅まで出て来れないか」
「何だ、何だ?わかったよ。駅前でいいんだな、南口のロータリーに向かう。まあ20分くらいはみておいてくれ」
「すまん。ありがとう」
高森は敵か?いや親友だ。疑いようもない。しかしそれは今の高森が、高森であればの話だ。
駅を通り過ぎる人々の群れ。そのすべてが意志を持ち、この世に生きている。それすら異様なことに思えた。誰もが私の視界から出た瞬間、さっきのアヤのように奇怪な挙動をしているのではないのか?
記憶だけではない。私の何かが壊れてきている。不完全なパズルが散らばる頭の中で、もはやそれを組み立てることに絶望を伴った時、ひとつの解答が不意に浮かんだ。
考えてはいけなかったのか?
この世界には元々「歪み」のようなものがあって、ほとんど誰もがそれに気付くことなく生きている。
我々が「異常者」と括って社会の隅に追いやっている一部の人は、その「歪み」を認識できているのではないか?いや、それを考えてしまったからこそ壊れたのではないか?あるいは全員が、私に認識されることなく壊れている?
やめろ。考えるのをやめろ。「真実を知りたい」などと思わなければ、私を普通の人生が出迎えてくれるはずだ。何でもない幸せが。
「やめろ。やめろ」
私はロータリーに設置されていたベンチに座り込み、目を閉じて頭を抱えた。見えるものは嘘かも知れない。じゃあ見えないものは真実なのか?
「やめろ。やめろ。やめろ」
「おい、田平。大丈夫か」
顔を上げると、心配そうな表情の高森が目の前に立っていた。
「高森?」
「とても大丈夫とは思えない目つきだな。いいから早く乗れ、そこの車だ」
促され、助手席に乗り込みドアを閉める。高森の車の匂いがした。知っている匂いだった。
「どうしたんだよ。本当に」
「高森。俺は真実を知りたいと思ってたんだ。でもダメなのかな?それは知っちゃいけないことなのか?世の中には、そういうこともあるのか?」
「……今から俺が知っている限りを話すよ。そして、おそらく重要である場所に連れて行き、人と会わせる」




