4 カラオケルームの攻防 (檜慈里)
少人数向けの手狭な部屋は、二人の距離を非日常的に接近させる。
私はさり気なく、肩にかけた鞄と上着を乱雑に、片方のソファーへ置いた。これでアヤは、こちらに並んで座るしかなくなるという算段だ。
「え、隣に座っちゃう感じ?」
「だって対面だと、歌うの恥ずかしいじゃないですか。こっちなら、モニターも見やすいし」
こういうやり取りまでも、計算のうちだ。
「じゃ、仕方ないなあ。何か頼む?」
そう言ってアヤも、ハンドバッグを私の荷物があるほうに置く。
私が投げた上着まで畳んでくれるのは有り難いが、ちょっとその前屈みの格好はよろしくない。胸元から、推定Eカップが零れそうになってしまっている。
「最初に一杯やっちゃいましょ。流石に二人っきりだと、歌い出すのにも気合いが要るんで」
「それ、私が弱いの知ってて言ってる。よね?」
それは違っている。酒に弱いというのが本当なら、前の飲み会でも早くに潰れていたはず。
酔っちゃったよお、みたいなのは確実に演技のはずだ。
「モノマネ、本気でやりますから。ここは付き合ってくださいよ」
「んー、もう。そういうとこ上手いね、時雄くんって」
私の鼓動は、また一段と高鳴った。
いつもは「田平くん」と名字でしか呼ばないくせに、ここぞという時にファーストネーム。もう駆け引きなんて放り出して、この猛る情動に任せてしまいたくなる。
「あたし、カシオレで」
「了解」
備え付けの受話器を取り、カシスオレンジとスーパードライを注文。
さあ、酒が来るまで何を話そうか。
「アヤさんが、サザン好きになった切っ掛けって何でした?」
「パパがサザン、っていうか桑田大好きで、いつも家の車でカセット聴いてたからかな」
父親か。元彼という予想は外れた、のか?いや、本当のことを言っているとは限らない。
「ねえ時雄くん。ほんとは元彼の趣味だろ、とか思ってない?」
「え?」
また綺麗に図星を突かれ、変な声が出てしまった。今のは我ながら情けない。
「もー、そんなに昔の話が気になる?あたしがこの前の飲み会で言ってたから?」
「気になってるよ。だって、アヤ、話しながら泣きそうになってたし」
はっとした表情の後で、アヤは顔を背けた。
「こ、こんな時だけ呼び捨てにするの、ずるいよお」
……今、どんな顔をしてる?見たい。
アヤの肩に手を回そうとした時、突如としてドアは開いた。店員のおじさんだった。
「失礼しまーす、ビールとカシスオレンジでーす」
グラスをテーブルに置いて、退出する際、おじさんはにやりと笑ったように見えた。
恥の感情で挙動不審になってしまっていた自分が、余計に恥ずかしかった。
花咲節に対し、なんとか檜慈里が食らいつく展開。波長を合わせるのに、かなり気をつかってますね。