32 バクの遺言 (檜慈里)
ここまで切れぎれに続いてきた映像は、さらに不明瞭なものになった。
夜の公園と思われる場所で、カメラを持つ手がひどく震えている。撮影者の呼吸と思われる荒い音も入ってしまっていた。
「時津風さん。こんなことを聞いていいのかはわかりませんが、アヤさんは、どうして、死ななければならなかったんでしょう?」
話の内容からして、それは私の声のようだった。
「んー、いや俺もよくわかんねえよ。俺には付き合ってるアイって女がいるし、そいつは俺を世話するために昼も夜も働いてくれてんだぜ。
だから俺、アヤみたいなフリーター女とは本気で付き合えない!ってハッキリ言ったし、なんなら『体の関係だけでもいい』って言ってきたのは、あいつのほうだったしな」
「……アヤさんはあなたの、どういうところが好きだと?」
「何だろな。顔と、まあ優しいとこじゃね?女ってだいたいそんなもんだろ。今の彼女だって、ちょっと甘えさせてやったら住む場所に生活費までくれる。そんで飽きたら他へ移ればいい。
みんな、バカなんだよ。根本的に。どっちもそろそろババアだってのにさ」
わなわなと震えていた視界が下を向き、右手に持った光るものを一瞬映した。映像は暗転、バタと落下音。カメラは捨てられたらしい。もう何が起きているのかも判然とせず、音声だけが残っていた。
「直哉ぁ!バカな女が、あんたを殺してあげる!」女の金切声。
「うっ、ぐ」
「み、三浦さん!?待って、やめ、あっ」
それから数十秒ほどだったろうか、果てしなく長い狂気の叫びが響き続けた後、映像は途切れた。
……何もない画面をぼんやり眺めたまま、どのくらい経ったか、再び人の姿が映る。はっとした。今度は鮮明だ。正装を着た、私の姿。
「はい。えー、先に言っとこうか。この映像、もう何テイク目だかわからん。はははっ、これが俺の遺言になるだろうから、ちょっと気合い入れてみてるんだな。ちょっとカンペ読ませてくれ。
まず、これを観てるのが、俺に関係しない誰かである場合。ここまでわざわざ時間かけてもらってすまないが、何の得にもならなかったと思います。お疲れ様でした。
……それでだな、三浦アヤへ。または、田平時雄へ。
何をどう言えば伝わるか、は考えてない。ただ俺が、言っておきたいだけだから。
今ここで喋ってる俺は、『田平時雄』として一度、つまらない人生を生きた。そして、さっきの映像にあったように、死んだ。時津風は三浦アイに腹を刺され、止めようとした俺は喉を切られたんだな。
あの映像が残っていた理由は知らない。俺が今『二周目』を生きてるのだって、キセキと言えばそうなんだけどさ。
理由なんか何だって、後付けにしかならないんだよ。
それでだな。これも理屈じゃないんだが、俺に確信みたいなものがある。あの公園での事件、俺が死んだ日付。あの時が、すぐそこにまで迫ってるんだよ。
……つまりだな。今は2003年3月31日、ここは閉店した『タイムオフ』の店内。そして一周目の俺は、2003年4月に死んでいる。
だから、おそらく俺は、そっちの世界にいる田平時雄が言う『バク』は、もうすぐ消えるだろうってことだ。いや、再生される頃には既に消えてるのか」




