23 バクへの問いかけ (花咲)
「それは自分で思い出してよ。時雄にとっては忘れられるものでも、私にとっては一生忘れないものだからさ」
この言われ方が今の私に一番きついことを、アヤは知っていて言っているに違いない。
魔性の女は変わっていない。あの頃、『ジャンプ』で働いていた時のままである。
そして、こんな不安定この上ない私のことを信用し、信頼し、好きでいてくれている。私にとっては、それが純粋に自分に向けられている愛情だと信じられないのがきつかった。
だから自分で見つけ出すしかないのだ。必ず見つけてみせる。そう決意した。
「じゃあ、明日、メール頼むね」
アヤが保存している私の時間を食う自分(即ちバク)が送ったメールを読めば、何か手がかりが見えてくるだろう。
そして、私はもうひとつ試してみようと思ったことを実践することにした。
それは昨日気づいた、「バクが出現している時の記憶を私は持たないが、バクは私の記憶を持っている」ということから考えたことだ。
つまり、私が考えていることも行動も、起こった出来事も全て記憶をバクが共有しているのならば、私からの問いかけはバクに通じるということになる。
問いかければ必ずそれを聞いているはずだ。もし聞いているならば、質問次第では答えが返ってくる可能性もゼロじゃない。
メールを全て消去していたことから考えても、アヤが保存していたメールの閲覧を閲覧することは、バクにとって都合の悪いことである可能性があった。
今ならば私の呼びかけに応えざるを得ない、かも知れない。仮説だらけだが、一本筋がある。私はバクに問いかけた。
「俺は田平時雄だ。お前は誰だ?何の為に俺の時間を食うのだ?」
反応はない。テレパシーのように身体の内側から聞こえるものなのか、それとも天から声が降ってくるような感じなのか分からないので、あらゆるところに可能性を広げて声を探した。
「やはり反応はしてくれないのか。だが俺はお前がそこにいることを知っているんだ。一体、お前は俺の何なんだ?」
無反応。まだだ。
「俺が知っているお前が俺の時間を食った場面は三度だ。一度目は高森の家の深夜。高森に不動産会社の営業になれと勧めたらしいな。
人の選択に口を出すなんて俺の主義じゃないことを、何だってそんなお節介な真似をしたんだ?」
その時、一瞬だが身体の中に小さな震えが起こった。これは?私は続けた。
「二度目はアヤとの初デートのカラオケルームだ。アヤが眠ったところに現れたお前は、随分とエロいことをアヤにしたらしいじゃないか?一体どんな了見で人の恋路の邪魔をしたんだ?」
今度は心臓がドクンと鳴ったような、さっきよりも大きな反応だった。聞いている。そして、そうじゃないだろうと言っている。
「三度目は2年もの長期間だったな。とんでもないことだ。俺の時間を返しやがれ」
これに特別な反応はなかった。だったら。
「明日、お前がアヤに送ったメールを読みに行く。お前が俺の携帯から丁寧に消したメールだ。何か俺に読まれたらまずいことを書いているんだろう。どうなんだ?」
最も大きな反応があった。腹筋が震えてつりそうな感覚に襲われる。
「やめておけ」
と、耳元で声がした。背筋がゾッとする。
明らかに自分の声だった。