19 消えた時間を取り戻せ (花咲)
アヤとの逢瀬の翌日。
アヤにあれほどいい雰囲気を作ってもらいながら、結局私はアヤを抱けなかった。
アヤは、記憶がない私も含めて受け入れると言ったが、またいつ記憶を飛ばしかねない状態で一線を越えることは、私には出来なかった。
据え膳を目の前に、自分にこんなこだわりがあったなんてことは、今回初めて知った。
だったら繋ぐしかないだろう。しっかり納得のいくように記憶を繋いで、一刻も早くアヤを抱きたい。昨日の分も取り戻したい。
だがこれまで飛ばされた経緯を振り返ると、時間的な猶予はあまりないと考えるべきだろう。
得体の知れない魔物が、私の時間を食いにやってくる。それは夢を食うバクのイメージから来るのか、四つ足で鼻がやや長い動物だ。
時間を食われるということは、即ち人生を食われるということだ。しかも最初30分だったものが、1時間になり、2年になった。次は何年食われるか、分かったものではない。
職場の「ジャンプ」の今のやり方にもどうやら追いつき、どうにか仕事になってきた。これも学生時代からのバイト経験のたまものだ。「タイムオフ」が閉店した時に、「ジャンプ」に戻りたいと頼み込んだという部分は、裏の自分に感謝しておこう。
日々、少しずつだが、同僚や先輩、家族など、自分と関わった可能性のある人たちにこの2年間の自分の話を聞いて回った。
怪訝な顔をする人もいたが、比較的好意的に話をしてくれる人が多く、空白期間を埋める材料が増えていった。
この人に聞いていいのかどうか不安もあったのだが、「タイムオフ」の初代店長の佐藤さんにも話を聞いた。
「ホントに何にも憶えてないって言うのか?」
「はい。残念ながらそうなんです」
「松崎さんと俺の前で『佐藤さんより自分の方が上だ』と言い切ったこともか?」
「そんなことがあったんですか?自分でも驚きです」
「まったく調子狂うなお前には。ホントに。
バイトで『ジャンプ』で働いているお前を正社員に登用するように頼んだのは俺だし、お前が出来るやつだってことは分かってたから、メチャメチャ頑張ってるのを見て、お、さすが俺、見る目あるな、なんて思ってたら、まさかの半年で寝首を掻かれちまった。
あの時はただただ驚いた、と言う感じで、何かこう、怒りもなければ、落ち込みもなかったんだよ。松崎さんがすぐに『ジャンプ』の支配人の席を空けてくれたしな。
それにしても、今度はそのことを何にも憶えてないときた。マジでびっくり箱みたいな奴だなお前は」
「すいません。でも、俺、その分からない2年間を取り戻したいんです。そうしないと、自分にも、周りの人たちにも、正面から向き合えないんです。
本当に何でも良いんで、佐藤さんの知っているこの2年間の俺のことを教えてください。お願いします」
「分かったよ。分かった、分かった」
そう言うと、佐藤さんはメモを取りに行った。「観察記録」と表紙に書いてあるノートには、「田平時雄」という記名があった。