12 繋がらない糸 (檜慈里)
「えー高森くん?なんでこんなとこに?あ、こちらオーナーの松崎さん。って言うか、ここでは元オーナーかな。閉店しちゃったし」
意外にもアヤは平然としており、高森をよく知っているかのような、度々会っているかのような口振りだった。
「すみません、勝手に入ってしまって。実は田平も一緒なんです」
高森の野郎、一瞬で仲間を売りやがったな。私は本棚の向こうにいる高森を睨んだ。
「え、時雄もいるんだ?」
「おい田平。お前の彼女と、オーナーまで来られたぞ。さっさと出てこいよ」
時雄?彼女?
私は訳も分からないまま、とぼとぼ姿を現す羽目になった。
「オーナー、あの……」
「田平くんか。入院していたと聞いてるよ。もう良いのかい?今日はどうしたんだね」
何から話せばいいんだ?頭の中で、混乱がさらに激しくなる。
「ちょっと田平は、あれなんで。僕のほうから説明いたします」
高森が割って入った。頼むぞ営業職、この複雑すぎる状況を何とかしてくれ。
「アヤさんに電話で報告した時も、具体的な病状は言ってなかったんですが、実はこいつ、ちょっと今、深刻なんです。記憶喪失なんですよ」
「記憶喪失?時雄が?」
アヤがまた、私を呼び捨てにした。
「はい。しかも、ここで働いてた2年間が記憶から丸ごと抜け落ちてしまってるもんだから、この『タイムオフ』にいた記憶が全く無いみたいなんです。
こいつが思い出す切っ掛けを何か掴めないかってんで、二人でここに来てみたんですよ」
「田平くん、それは本当なのか?じゃあここで店長を任されていたことや、三浦くんと一緒に頑張っていたことも?」
松崎さんがアヤを名字で呼んだことは、私の心を一旦落ち着かせかけた。
そして、直後また心臓の鼓動がおかしくなる。私がアヤと一緒に?
「時雄。あたしとのこと、どこまで覚えてる?」
「どこまでって……」
私のアヤとの記憶は、あの理不尽な別れのままで終わっている。
もし皆の言うことが事実で、本当に私が店長を任され、アヤとよりを戻し一緒に働いていたとしよう。その全てを覚えていないなんて言ったら、アヤはどう思うか?
「それより、あ、アヤはどうしてここに?」
私は無理やり話題を変えた。試しに呼び捨ててみたが、アヤは全く動じない。
「あたしのほうは、この間から探してる物がどうしても見つからなくて。ひょっとしたら『タイムオフ』に忘れたままかもって、課長に言ってみたの。
そしたら今、鍵持ってるのはオーナーだけだから、わざわざついて来てくださって」
「え?鍵は開いてたけど……っていうか、課長?」
「課長だよ。『ジャンプ』の課長。時雄もあたしも、また一緒に働いてるじゃん!まさか、それも覚えてないとか言うつもり?」