10 ワンピースとDVD (檜慈里)
狭い通路の脇に古い本や衣類、ゴルフクラブ、ダンボール箱、ジグソーパズル等々が置かれている。まだその大方は営業していた時のままのようだった。
私と高森は目と顎で合図、スタッフルームと思われる小部屋の横を通って目隠しの垂れ幕をくぐり、売場へ向かった。
店内は薄暗く、しかし外からの太陽光が強いおかげで一応見渡せる。車での来客を狙い、駅からやや離れた国道沿いの土地を確保していただけあって、「タイムオフ」は広大だった。
「広いな」
「いや田平お前、ついこの間まで勤務してたんだろ。俺だって何回も来たことあるぞ。まったく覚えてないのか?」
「この建物に入ろうとしたところで、俺の記憶は途切れてる。次に気がついた時には今のアパートで寝てたんだ。あそこにも、お前が来たことあったんだよな?」
高森は答えず、売場を見渡す。
「ちょっと本格的に大ごとだっていう気がしてきたよ。
つまりあれだ、もし俺と田平時雄の初対面がこの2年間のうちの出来事だったとしたら、俺はお前の記憶に存在すらしてない。っていうことなんだな」
「そうなるな。実際、『ジャンプ』の面子に知らないのが何人かいたし。他にも、向こうは知ってる体で話しかけてくるから困ったってことは、既に何度もあったし」
私と高森は店内をぶらぶら歩き始めた。壁際の、背の高い本棚に並ぶ古い漫画。所々すっぽり抜け落ちているから、どうも金になりそうなものだけ持って行ったんだろう。
「おい高森。そう言えば学生の時分、『ワンピース』って新連載の漫画あったよな?あれ、どうなった?」
「『少年ジャンプ』のやつ?今も連載してるよ」
「マジ?じゃあ俺、抜け落ちてる2年分も一気に楽しめるってことか!」
「まだ全然、完結する気配もないけどな」
「この売場にワンピース、置いてないか」
「あれ、かなりの人気だぞ?とっくに誰かが持って行っちまってると予想するね。賭けてもいい」
「よし、俺は1冊くらい置いてあるほうに1000円だ」
「乗った!しかしそれだと、見つかったら俺の負けだからな。俺のほうは何か、使えそうなエロDVDでも探してくる」
DVD。その言葉に俺は、何か引っかかる。
「それってたしか、CDみたいな形のやつだろ?あんなの、アダルト業界が参入するほど普及してるのか?」
「無論だ。エロこそ画質が重要ってんで、近年爆発的にシェアを占めてきてる。再生するほど劣化していくVHSに、とって変わる日も近いと俺は踏んでいる」
ビデオテープが無くなるなんて、当時は信じられなかった。今になって思い返せば、高森に先見の明があったと言えるだろう。
私も賭けた手前『ワンピース』を探し始めた。そんな他愛ない作業のなかに、何かを見つけられるような気もしていたからだった。