私ヒロインなので、殿下からの求婚をお断りします。
初投稿の、初作品です。
どうぞよろしくお願いします。
「ああ...クリスティアーヌよ。俺は君を愛しているのだ。我らの愛に邪魔はいなくなった。どうか、俺と結婚してくれないか。」
今日は学園の卒業パーティーのはずである。間違っても、この公の場で大声で求婚するものでは無い。眼前には、婚約者に婚約破棄を言い渡した我が国の第三王子ライヒハルト殿下が、甘さを醸し出しながら、片膝を着いて愛おしそうな顔を向けている。
私にだ。
その光景に自然と達成感という名の興奮が湧き上がってきた。紛れもない喜びと共に。
ああ、素晴らしい。素晴らしいわ。私がヒロインとしてこの場に居るの!理想の光景よ!
情熱の赤を容姿に持つ大変麗しい青年が私に愛を述べたのです。この先のことを考えるだけで笑みが零れますわ。
「まぁ。光栄でございますわぁ。ライヒハルト様。」
「そうか。喜んでくれるか。」
「えぇ!嬉しくて嬉しくてたまりません!」
精一杯のヒロインもいつもより様になる。嬉しさからどうしても表情が緩んでしまうから、声もつられるのだ。聞く側だったら悪寒がする程の甘ったるい声に。
私の態度と言葉を、結婚への同意からくるものだと受け取った殿下も、とてもいい笑顔。恐らく多くの女性を虜に出来る笑顔ではないだろうか。客観的に見て大変魅力的だ。我が国の王族専用の正装を身にまとっているのもあり、王族としての品格を『久しぶりに感じること』が出来た。
「これは...どういうことかしら...」
「何だい...あの娘は。」
「あれは...クリスティアーヌ嬢か?...何故...」
説明をくれよ。という視線を直に受ける。学園の生徒の中には、理解している者もいるかもしれないが、学園生活を知らないご家族方には難しいようだった。
見ての通りですのに。
我が国の第三王子ライヒハルト殿下が、自分の婚約者であるエルフリーデ・プレール公爵令嬢を捨て、伯爵家である私クリスティアーヌ・グェルフィーに求婚している。ただそれだけ。
その裏に『策略』があれど、その事実に偽りはない。彼は、家柄、能力、外見、全てにおいて素晴らしいエルフリーデ嬢ではなく、頭が悪く常識がない、そう『周りから認識』されている私を選んだ。これぞ素晴らしき愛の力である。
ですが。
その愚かさを貴方様はお分かりになっていない。貴方様自身の失態全ても。
「では!俺と!!」
俺と結婚してくれるか。そう言おうとした殿下を遮る。
「申し訳ございません。殿下との婚約を私の一存で決めることは叶いませんわ。」
言葉を遮ることは不敬に当たる。それを理解した上で発言をした。『本来』の声のトーンと口調で。『この国で』二年間封印し続けた声で。淡々と。
私の抑揚のない声に呆気を取られた殿下は、見事固まってしまう。それだけではない。何事だと、気になる方も多く、会場全体が様子を伺うように静けさに包まれた。流れていた音楽すら音を止めている。
「私だけでなく、国王陛下や殿下の婚約者様であるエルフリーデ様、並びにプレール公爵家。また、我が伯爵家にも打診した上で判断を仰がせて頂きたく存じます。」
「何を言っているんだ。俺と君だけの話だ。決定した上で報告すれば良いだろう。それに、婚約者など今破棄した。俺には君しかいないぞ。」
それが問題であることに何故気付くことが出来ないのか。
「殿下。お言葉ですが、我がヴィルヘイム国第三王子であらせられる貴方様は、婚約の一つがとても重大な事柄になって参ります。また先程の婚約者様のことにつきましても、殿下の一方的なお言葉だけでは承認されてはいないかと。我が国の法律上、王族の婚約等に関する事柄には正式に国王陛下に認められた書類が、必要不可欠との記述があったことを記憶しております。」
言葉を重ねるほど、殿下の顔が怒りに染まっていくのが分かった。
王族に恥をかかせてた。これは不敬だ。言葉が過ぎる。などと、今、彼の頭に浮かんでいるのはそんな事ばかりだろう。
殿下だけでなく多くの方が状況に困惑する中、控えめだが楽しそうに『観戦』してる方もいる。殿下の婚約者であり、この場で一番辛い立場だとと思われる、エルフリーデ嬢だ。
彼女は本当に美しい。殿下の内面を見ないことを前提として、彼とエルフリーデ嬢が並ぶと素晴らしく絵になるのだ。今日は白基調のドレスで、紫のレースや薔薇、小鳥の刺繍があしらわれているため、派手ではないが上品な華やかさを印象づける。彼女特有の黒目黒髪は視界に入った時に懐かしさや安心が強く、私は好きであった。
兎にも角にも、この会場で一番美しい。そんな彼女が密かに楽しんでいらっしゃるのだ。
私は彼女が羨ましいです。傍観していられるのもそうですが、その装いも。自身によくお似合いのドレスを着ていらっしゃる。私は、殿下から送り付けられ...いえ、殿下から頂いた似合いもしない赤のドレス。髪型にしても、殿下の好みのもので...。視界にドレスが映る度に苛立ちすら募ってしまいますわ。
「無礼な!伯爵令嬢如きが!私に意見するというのか!!立場をわきまえよ!」
叫びが静まり続ける会場によく響く。彼に余裕は見られず、美しさももう感じられない。不敬ということを言及する彼であるが、国王陛下も騎士も動こうとすらしない。私のこの王子への言動が、『不敬に当たらない』ということを知っている国王陛下はまだしも、騎士が動かないという現状に殿下の信頼の低さが伺える。
やはり、貴方の判断は正解だったようですわ。
届かないと分かっていながら、自分の『主』に思い馳せる。
あの方は今頃高みの見物でしょう。本当にいいご身分ですわ。羨ましい。ですが...そろそろ登場して頂かないと困ります。この王子に私だけでは力不足でございます。権力ってものがございますから。
「私は殿下のためを思い...。」
「黙れ!先程からなんだ!これまで性格すら偽っていたのか!!不敬だ!さっさと口を慎め!!」
自分の知っている悪口を並べただけのような、子供に見える。私の言葉なんて届きやしない、素晴らしいまでのおバカっぷりに周囲は唖然としている。ここまでとは思っていなかったのでしょう。基本的に公に出ている兄王子がいるので、余計に比較されその違いに疑問を抱くのだ。
国王夫妻は何を間違えたのだろう。と。
御二方から想像がつかない無能さだ。育て方に難があったのだろうかと思うが、「一体どれ程の難だよ!」と総ツッコミを入れたくもなる。
難ばかりの王子をどうにかしろ。という視線が私に向き始めた頃、
「ライヒハルト。」
国一番の権力者がついに声を発した。皆、期待というよりも、どうなってしまうんだという不安を抱いただろう。
ああ、やっとおでましですか。
私と彼女だけが安心と喜び、そして一種の期待を持った。
気分よく、素敵に結末を飾って下さいませ。我が『主』。
「父上!」
「公の場では陛下と呼べと何度言わせる。弁えろ。そして、この場でのお前の言動は王族としての自覚があってのものか。何を考えている。」
低く、重く、自分に言われている訳では無いと分かっていても、背筋が伸び、身構えてしまうほどの威圧感を感じた。その言葉は、殿下に問いかけているようでありながら、答えどはなから求めていない。言外に「何やらかしてんだよ。頭大丈夫かよ。」と呆れているのだ。勿論、私の想像より乱暴な口調で、です。ええ、『主』なら考えかねません。
「はっ。申し訳ございません。陛下。俺...私は、自身の婚約者として相応しいと思えた者と、共にあることを望んだまでです。国の為を思った判断であり、王族の一人としての自覚の元行動しております。」
「ほお?」
「そして、あの者もああは言っておりますが、私との婚約を望んでくれているはずです。陛下が気にかけて頂く必要はございません。私で解決致しますので。」
「望んでいる、と...では、問う。クリスティアーヌ・グェルフィー。貴殿はこの婚約を望むか。正直に答えろ。」
視線が再び私に集まる。
いやいや。待ってくださいませ。絶対に論点はそこでは無い。私の意思云々の前に、殿下の話は色々おかしい。なのに何故わざわざ私に話の矛先を向けてくるのか。いえ、分かっています。理由なんて一つだろうと。無表情を貫く陛下としての顔の裏で面白がっている様子が容易く想像出来ますから。遊んでいるでしょう。
私の出番は終わったと思っていたのに...。
憎らしさを覚えて陛下の方を向くが、私の視線を捉えても眉一つ動かさない。国王として、人から送られる殺気には慣れているわけだ。タチが悪い。
「はぁ。」
周りには悟られぬように小さく切り替えをする。
「承りました。陛下。自身の心に従い嘘偽りない事を話すことをお許しください。...私にはライヒハルト殿下との婚約を望む気持ちはございません。身分や能力も申し分なく、国から正式に認められている婚約者を蔑ろにし、他の女に現を抜かす。そのような方の伴侶であることの利益を感じられませぬわ。ですが、もし、万が一にも、陛下のご采配であるならば、臣下として、個人クリスティアーヌとして、反対の旨はございませぬ。...以上ですわ。失礼致します。」
陛下に向け恭しく礼をし、頭を上げぬまま話を始める。私が陛下『会話』する時の基本的なスタイルだ。
「婚約者」と言った時思い出したようにエルフリーデ嬢に哀れみの視線が集まった。彼女は楽しそうな雰囲気を完全に封印し、『振られ、傷ついた女性』なるものを演じていた。悲しげに下がる眉尻は気が強そうである彼女に、柔らかな儚さを作り上げている。全てが計算だと『知って』いながらその表情に見とれてしまう。
そして、私には「お前が言うな」という目線が集まってきましたわ。何故でしょうね。
「安心せよ、クリスティアーヌ・グェルフィー。俺にそのつもりは無い。...さて、ライヒハルト。お前の言い分はなんだったか。」
「陛下!何故クリスティアーヌの言葉ばかりを。先程の言葉など私への不敬に当たるでしょうに!!」
「それは無い。」
「何故?!...はっ...な、ま、まさか!」
殿下が何かに気付いた。
「クリスティアーヌ。私だけでなく、陛下にまで取り入っていたか!女狐め!陛下と私に取り入って反逆を企てようとするなど、無礼にも程がある!!!」
叫び散らす彼は焦っていたのだろう。私貶めればいいのだと。それが、綺麗に自分に返ってくる言葉などとはきっと分かっていない。継承権争いの一角でもある殿下が発想し、発言することが持つ意味も。
「陛下。」
一人の近衛騎士が陛下に声をかける。 あの方は頷き一つで騎士に命令を下した。自分の発言に誰一人動こうとしてくれない第三王子とは天と地の差だ。
「ライヒハルト。」
未だに、ああだ、こうだと、自身を破滅に追いやる発言を続けていた殿下が、大きく身を震わせた。嫌な予感を全身で感じ取ったのだろう。
「今の発言、これまでの言動。それらが国家への反逆であるとみなされた。」
会場がざわめく。
「それは!言葉のあやで!そのような気持ちは...」
「これまでに宝庫の品をいくつ許可なく持ち出したか。」
「!っ...。」
「それだけではない、」
殿下の、度重なる異端な行為が次々と暴かれていく。一つだけでも、十分罪として値するのに一つどころでは収まらない。
「もう一度、己のしてきた事を思い出し、反省しなければならない。...よって、お前の王位継承権は永久に放棄されるものとし、お前の子ができた場合、子にも継承権は無きものとする。また、エルフリーデ・プレール公爵令嬢については、婚約破棄ではなく国と公爵家の話し合いにより、円満に婚約を解消とする。」
あくまで、元より決められていた事項として陛下が告げる。
第三王子は、二人の兄王子がいる中継承権が低く思われるが、側妃の子である御二方と比べ、王妃の子であり正当な血を継ぐ第三王子を次期国王にと推す声も上がっていた。兄王子達に能力がなく、その気もなければよかっただろう。第一王子は文官の道を選び、継承する気はないと言われているが、第二王子は違った。第二王子は実に有能で学園での成績もよく、国民からの人気や信頼もあり、他国との関係もよかった。何より彼は魔法が使えた。これ程の条件が整っている上で、一部貴族から推されている通称おバカ王子がいるのは都合が悪すぎたのだ。
そこで、この騒動。それがないとしても、陛下は今日、これら全てを告げるおつもりだった。ただ、殿下の行動を周りの貴族やこれから国を担う若者達に見せておく為として、何かおバカ行動が欲しかったのだ。その方が皆が陛下の采に納得がいくだろうから。
ネタばらしをすれば、それが全て。殿下のこの行動のために、私は殿下に気に入って頂けるように動き続けた。約二年近くはそうしていた。そしてエルフリーデ嬢は逆に殿下に嫌われるように。私も彼女も、自身の想いのために。
私だって頭の悪い男性は好きではありませんもの。あれが次期国王等と言われているのを聞くだけで吐き気がします。
「そんな!私は...私は王妃の子供であります。貴方様の愛する妃の!!」
「慎め。この場で公私を混同することは無い。立場を考えろ。国王の権限として、お前にこの会場からの退出を命ずる。」
王妃様も承知の上のことだ。彼女はいつもどおり凛とした美しいお姿でいらっしゃる。見た目だけ言えば不思議はないものの、中身を見てしまうと殿下に再度疑問を抱くのだ。
陛下に命じられた彼は力なく、あくまで丁重に近衛騎士達に連れられて行った。その姿に美しさも品もない。
学園の卒業パーティーであることを誰もが忘れかけていた。めでたき日がかき消される程今日の全てが異端であった。しかし今、国での重要な決定が下り、その元凶が消えた。とはいえ、今から楽しめる雰囲気ではない。
いえ、私は悪くありませんわよ。こちらを向かないでくださいませ。
また集まってこようとする視線に耐えかね、『主』に縋るような目を向ける。
「今日は、卒業パーティーだ。新たな生活を始めていく者も多くいるだろう。我が国を担う大切な若者達だ。俺は誇りに思っている。場が悪くなってしまったが、大いに楽しんでくれたまえ。」
一つ咳払いをしたあと、声を張って全員に呼びかける。皆、身分が違えど臣下である。陛下のお言葉であればそのようにする他ない。固まっていたもの達も動き始め、音楽隊の演奏も再開される。
一件落着。ハッピーエンドで、よろしいでしょうか。
再び賑やかさの戻った会場を見つめて私は思った。
思えば濃い二年間であり十年であった。
十年前からの隣国への留学中にエルフリーデ嬢と出会い、仲良くなった。彼女に想い人がいることを知ったのは7年前。
その一年後に、自国の学園の入学と同時にエルフリーデ嬢と第三王子の婚約が決まった。彼女にそれを拒否することは出来なかったという。
ただ、彼女とその想い人が互いに惹かれあっているのは一目瞭然であった。しかしその段階では禁断とも言えた。
二年前、日に日に悪化する殿下の素行も鑑み、私の現『主』である陛下にその事を秘密裏に打診した。国が継承権による争いを望んでおらず、殿下の権力を削る意味も込め、それは認められた。
そこから私達は私をヒロイン、エルフリーデ嬢を悪役令嬢とした、通称―私の中でのみ―乙女ゲーム計画なるものを開始した。
そして二年経った今。記憶が走馬灯となって脳裏を駆け巡った。どれもこの世界でのわたしの大切な宝物。クリスティアーヌ・グェルフィー。その存在こそがわたしへの最大のギフトであり、これは一生のボーナスステージである。
「クリス。」
「ああ、エリ。今日も美しいわね。」
「ありがとう。そう言うクリスはかっこよかったわよ。そのドレスもまた、新しい趣向ね。」
「お世辞でも嬉しくないわ。やめてちょうだい。こんなドレス。」
「ふふ。でも、本当にありがとう。感謝しかないわ。」
「こちらこそよ。大切な幼なじみ二人のためですもの。」
「では、もう二人は?どうなのかしら?」
「私達は別に...。そう言う間柄でもない訳ですし。」
本日の裏主役が、まあタイミングよく話しかけてきた。トントン拍子で進んでいく会話は二人ならではのテンポ。
貴方がいるおかげで私は強くいられる。
生きていられる。
「...ありがとう。」
大好きな親がいて、頭の回る主がいて、仲の良い学友がいて、身分の高い幼なじみがいて、悪役令嬢な幼なじみがいて、少しだけかっこいい幼なじみがいて、考えることが出来て、目が見えて、手足が動かせて、
「あら、何か言った?」
生きていられて
「ううん。何でも無いわよ。」
私は、わたしは、幸せです。
お読み頂きありがとうございます。
思っていたよりも多くの方にブックマーク等して頂け嬉しいです。
ありがとうございますm(*_ _)m
今、主人公の過去編(転生から)の話を書いております。また恋愛要素の皆無なものではありますが、待っていただけると嬉しいです。
タイトルには「私転生しまして、今世のお父様は前世のお兄ちゃんでした。」(仮)で考えています。
でき次第こちらにもリンクを貼ろうかと思っています。
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