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市場にて

「……こっち」


 アークが匂いを頼りに街へ戻る道を探すと言い出したので、双子は半信半疑ながらもアークの後をついていくことにした。


「アーくんって何者?」


 周囲の匂いを嗅ぎながら進むアークを見て、リサラは不思議そうな顔をする。


「……小さいのに、しっかりした子だよね」


 リソラは彼の小さな背中を追いかけながらそう、口にした。まだ出会って一日しか立っていないが、アークには助けられてばかりだ。

右も左もわからない世界で、もし彼に出会わなかったら、今頃自分達はどうなっていただろう……。それを思うと、彼には感謝の気持ちしか浮かばなかった。

一方、リサラは純粋に彼の野性味じみた能力にただただ驚いていた。


「いや、もはや、犬じゃん! なに、匂いって! そんなので本当に街にたどり着けるわけないじゃ……」

「…ついたよ」


 リサラが言い終わる前に、アークが立ち止まり振り返った。


「え? うそ!」

「ほら、あそこ…」


 リサラが驚きの声を上げた。アーク正面に目線を向け、指をさす。その先に見えたのは、三人が監禁されていた古い倉庫だった。倉庫の外壁は崩れ、脱出時にリサラが魔法で開けた大穴はそのままの状態で放置されていた。


「って、あれ私たちが捕まってた場所じゃん!」

「か、隠れなきゃ! 見つかったらまた捕まっちゃう!」


 リソラは慌てて、アークの腕を引き、木の影に身を潜めた。


「…2人の匂いを辿ったら、ここに戻って来た」

「え、私たちの匂いをたどってたの!?」

「…うん」

「に、匂いって……私、そんなに匂う?」

「昨日、お風呂入ってないしね……」


 双子は乙女心に傷を負い、深い溜息をついた。アークは不思議そうな顔で首をかしげる。


「…2人はいい匂いだよ。今まで嗅いだ事のない匂い」

「それフォローになってないから!」


 リサラはつい大声を上げてしまい、慌てて口を押さえた。


「…大丈夫、今は人の気配がないから。このまま裏から抜けて市場へ行こう」

「え、そんな事どうしてわかるの?」

「…アイツらの匂いは覚えたから。近くにいたら、匂いと足音でわかる」

「匂いと足音って……アーくんってだんだんと人間味が薄れていくよね……」

「あはは……」


 リサラはもはや驚く事をやめ、可愛い弟分から消えていく人間性を儚んだ。



 アークの先導で、倉庫の裏手に回った3人は、あたりを警戒しながら少しづつ前に進んで行った。しばらく無言でいた三人だが、最初に我慢できず口を開いたのはリサラだった。


「ねぇ、なんかこれテレビの黒服から逃走するやつっぽくない?」

「……わかる」


 リソラも同じことを思っていたらしく、リサラの言葉に、大きく頷いた。


「だよねー! でも見つかったらリアルでお終いってのは、テレビより断然緊張感あるけど……」

「私、走るの苦手だから、このまま見つからない事を祈るよ」


リソラは苦笑いをして、不安げに眉を下げた。


「……ん?」

「なに?」


 リサラが何かを見つけて指をさした。


「ね、アレ! 私たちの鞄じゃない?」


 リサラが指差したその先にはゴミ捨て場のような場所があった。トタン屋根の下に大量に放置されたゴミの山が出来ていて、その上に2人が取られた鞄が無動作に転がっていた。


「本当だ!」


リソラ達はゴミ山に近づいて、荷物の中身を確認する。


「ラッキー! 中身もちゃんと入ってる。……お、スマホまだ生きてた!」


リサラがスマホの画面を確認して、嬉しそうに呟いた。

アークは不思議そうな顔でその様子を見ていた。


「ねねね、ソラ! 三人で写真とろ?」

「ええ? ここで?」

「いーじゃん、いーじゃん! 記念にさ、思い出残したいじゃん?」

「思い出って……今この状況でそんなことしてる場合じゃ……」

「こんな時だからそこ、あえて!あえて、だよ! アーくん、こっち来て」

「…え?」


 突然、リサラに手を引かれ、二人の間に立たされたアークは訳がわからないと言った表情でリソラを見上げた。

アークの肩に手を置いて、リサラはスマホを掲げて、カメラのピントを調節する。


「はい、じゃあ、いくよ~……チーズ!」

「…!?」


スマホのシャッター音と共にフラッシュが光り、アークは驚き固まってしまう。


「あはは、アーくんめっちゃ目線ズレてるっ!」


 撮った写真を確認しながら、リサラは楽しそうに笑った。


「あ、アーくん、もしかして写真撮るの初めて?」


 アークは目を大きく見開いたまま、リソラに尋ねた。


「…チーズってなに?」

「え? ……確かに。なんで写真撮るときチーズって言うのかな?」


 思わぬ質問に、リソラは口元に指を当てて視線を上に向けた。


「ん? 知らない」


 リサラはふるふると首を横に振った。


「こんな時、ネットが使えたらすぐ検索出来るのにね」

「そうだね。……あーあ、撮った写真、SNSにアップしたいなぁ~」


 リサラは自分スマホをいじりながらため息をついた。そんな2人を無視して、アークはゴミの山を漁る。


「ちょっと、アーくん。何してんの?」

「…2人とも、これ被って」

「え?」


 アークはゴミの中から薄汚れた布を引きずり出すと2人に向かって差し出した。


「それは?」


 リソラは首をかしげる。


「…2人の格好は目立ちすぎるから、これで隠した方がいい」

「え、マジ?」

「なるほど……! それはいい考えかも!」


 ドン引きしたリサラとは対照的に、リソラは手のひらを叩いて頷いた。


「いや、これボロボロだし、なんかめっちゃ臭いよ? ……ここに捨ててあったやつでしょ? 私、無理~」


 リサラは青ざめた顔をしながら身を引いた。


「大丈夫だよ、この下の方とかまだ綺麗なのあるかも!」


 リソラはアークと一緒にゴミの山を漁って、他にも使えそうなものがないか探した。


「あ! これで、顔も隠せるかも……!」

「えぇ~」


 リソラボロボロの布を羽織り、制服が隠れるようにした。別の布を使って顔も隠す徹底ぶりだ。


「どう、リサ?」

「いや、どうって……ヤバイ人にしか見えない」

「それって、変装はバッチリってこと?」

「え、めっちゃポジティブ……」


 リサラは大きくため息をつくと、意を決してアークからボロ布を受け取った。


「もー! こうなったら泥でもなんでも被るわよ! ……っで? 次の作戦は?」

「とりあえず、僕の隠れ家に行って……」

「あ、待って。その前に私、寄りたいところあるの」

「寄りたいところ?」

「うん、質屋さん!」


 リソラは笑顔で答えた。



 3人は倉庫街を抜け、無事に市場までたどり着いた。ボロ布の纏った双子は別の意味でかなり目立ってはいたが、似たような姿の旅人は他にもいたので、上手く街に溶け込むことが出来た。


「質屋で要らないものを売って、お金にしようと思って」

「なるほどね~」

「…質屋、ここ」


 アークが店の前で立ち止まって、指を指す。


「……よし、行こう!」


 リソラは少し緊張しながら、恐る恐る店の扉を開いた。


「いらっしゃいませ~」

「今日は、なかなかいい薬草が手にはいりましたよ!」

「それじゃあ、それをもらおうか」

「ありがとうございます!」


 店の中は広々としていて、店員の明るい声や客の話し声でとても賑わっていた。


「あ、あの! 売りたいものがあるんですが……!」

「はいはい、いらっしゃいませ~」


 リソラがカウンター越しに呼びかけると、奥からすぐに店員の男性が出てきて、対応にあたった。


「えっと、これなんですが……」


 リソラはカバンの中から、小さな熊のぬいぐるみの付いたストラップを取り出して見せた。

店員は片眼鏡に手をかけ珍しそうにそのストラップを手に取る。


「ほう、こりゃなんだい?」

「これは、TDランドで買ったストラップなんですけど……」

「TDランド?」

「あっ、えっと。一応、限定もので……!」

「うーん、そうだねぇ……。見たところ特に魔術的な効果もなさそうだし、300ルキィでどうかな?」

「300ルキィ? えっと……じゃあ、それでお願いします」


 果たして、300ルキィがどれくらいの金額なのか分からなかったが、リソラはその値段で売ることにした。

リソラの隣では、リサラが別の店員と話をしていた。


「お、これはなかなかの細工だね! それに鏡の質も凄くいい! お嬢さん、これを売ってくれないか。値段はそうだなぁ……2500ルキィ出そう!」


 リサラは手鏡を査定してもらっていた。


「その鏡、ショップのポイント交換で貰った非売品なんだけど……」

「非売品!? そりゃすごい! 一体どこの職人が掘ったものなんだい?」


 若い男性店員が、食い気味にリサラに詰め寄る。


「いや、多分、機械だろうけど……えー、それちょっと気に入ってるんだよなぁ。うーん、ちょっと待って、他のにする」


 リサラは渋い顔をして、他に売れるものがないか鞄を漁った。


「あ、あの、そこにある本っていくらですか?」


 リソラが、店の棚に置かれた本を指差した。


「ん、本ってこの百科事典かい? お嬢さん若いのにお目が高いね。これは古い百科事典だけど、今じゃなかなか手に入らないものだからね……そうだなぁ、800ルキィでどうかな?」

「800……!」


 リソラは驚きの声を上げた。さっきのストラップは300ルキィにしかならなかったので、あと500ルキィ足りない事になる。


「ソラ、その本欲しいの?」


 隣で見ていたリサラが声をかけた。


「あ、うん……。でも全然足りなくて……どうしようかな。他にも何か……筆記用具とか売れるかな……」

「……」


 ゴソゴソと鞄の中を漁るリソラ。そんなリソラを見て、リサラは店員に声をかけた。


「おじさん、この鏡売るわ。それであの本を頂戴」

「え?」


 リソラは驚いて顔を上げ、リサラを見た。


「まいどあり! お嬢さん方、なかなかいい買い物をしたね!」


 店員は棚から重そうな本を取り出すと、代金と一緒にリサラに差し出した。


「はいよ、本代を差し引いて、1700ルキィだね」

「ありがとう。……じゃあ、ソラ」


 リサラは本を受け取ると、そのままリソラへ手渡した。


「はい、これ」

「リサ……」


 本を渡され戸惑いの表情を見せるリソラに向かって、リサラはにっこりと笑って見せた。



 質屋を後にした3人は再び市場へ向かう事にした。


「初めての質屋体験! なかなか楽しかったね!」


 リサラはとても満足そうな顔をして言った。


「あんな大量生産されてる鏡に職人技って、ウケる!」

「…あれが1番高く売れたね」


 アークも嬉しそうに呟いた。

リソラは青い表紙の本を大事そうに胸に抱えて立ち止まる。リサラとアークもつられて立ち止まった。


「リサ、ありがとう。私、この本大事にする」

「……別に欲しかったならいいじゃん?」

「…よかったね、ソラ」

「うん!」


 リソラは笑顔で頷いた。


「あーあ! それにしてもお腹減ったなー、ねぇ、何か食べよう?」


 なんだか気恥ずかしくなったリサラは大声を出して、無理矢理に話題を変えた。


「そういえば、まだ何も食べてないね」

「…お腹すいた」


 周りを見渡すと、沢山の屋台が出ている事に改めて気づいた3人は、目を輝かせる。


「あ、見て見て! あれ美味しそう!」


 リソラが、屋台を指差す。


「……嘘! 何あれ? すっごい気になる!」


 リサラも何かを見つけて興奮したように声を弾ませた。


「あ~、色々あって迷っちゃうな~! アーくんは何か食べたいものある? ……あれ?」


 リソラが振り返ると、そこにリサラとアークの姿はなかった。


「……え、嘘? はぐれた?」


 リソラは慌てて2人の姿を探したが、人混みに遮られ、見つけることが出来なかった。


「どうしよう、2人ともどこに……」


 リソラはひどく動揺し、人混みの中を探し回った。


「お嬢さん、果物はいらないかい?」

「え?」


 突然、露天のお婆さんに声を掛けられ立ち止まるリソラ。見ると、お婆さんの目の前に置かれた箱にはオレンジ色の果物がたくさん入っていた。


「あの、すみません。ここら辺で、小さい男の子を連れた、ボロボロの布を被った人見ませんでしたか?」


 リソラはお婆さんに尋ねる。


「ああ、それならさっき目の前を通って、あっちの方へ歩いて行ったよ」


 この場所を二人が通っていったらしく、お婆さんは二人が向かったとされる方向を指で指して教えてくれた。


「ほんとうですか!」

「ああ、本当だよ。それで、この果物を買っていかないかい?」

「あ、えっと……」


 お婆さんが美味しそうなオレンジ色の果物を手に取り、リソラに差し出した。


「じゃあ、3つください……」


 リソラはお婆さんの押しに負け、果物を購入した。


「ありがとねぇ、300ルキィになるよ」

「あ、はい……」


 リソラは果物の入った袋を受け取ると、二人の後を追って走り出した。


「うう……二人ともどこなのぉ~」


 不安で泣きそうになりながらもリソラは、慣れない人混みの中で懸命に二人の姿を探すのだった。

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