魔法のイメージ
2つの月が沈み、陽の光が辺りを照らし始める。見張りのために起きていたリサラは腕をさすりながら、 朝の冷えた空気に身を震えさせた。
「さむ…!」
「朝はだいぶ気温が下がるんだね……」
「あ、ソラ。もう起きたの?」
「うん。やっぱり慣れない環境だとよく眠れなくて……ふあぁ~」
そう言いながらリソラは大きな欠伸をした。
「今、何時位だろ?」
「うーん、時計ないからわかんないね。スマホも鞄の中に入れたままだったから……」
「メイク道具とかも鞄の中なんだよなぁ、あーあ、取られた荷物、取り返えしたいなー」
「だねぇ」
リソラはトリオンに捕らえられた時に荷物を取り上げられた事を思い出した。
まだ、2人の荷物はあの倉庫のどこかにあるのかもしれない。
とはいえ、何か役に立ちそうなものが入っているわけではないのだが、日頃愛用していたものがなくなるのは少しさみしいので、出来るものなら取り返したいと思った。
「私、ちょっと顔洗ってくる……」
まだ眠たそうな顔をしたリサラは、顔を洗って目を覚まそうと湧き水の出ている方へ歩いて行った。
リソラは寝ているアークを起こそうか迷い、寝顔を覗き込んだ。
「あれ?」
アークの少し脱げかけたフードにリソラが手をかけた瞬間、アークはバチっと目を開き飛び起きた。
「わっ!」
リソラは驚きの声あげる。
アークはフードの端を掴んで、不安げにリソラの顔を見た。
「あ、ごめんね、驚かせちゃった?」
「…ううん」
「寝癖がついてたから、直してあげようかと思って……」
「きゃああああああ!」
突然、背後から悲鳴が上がった。
「なに!?」
リソラは悲鳴のした方へ走り出した。アークも起き上がり、その後を追う。
「リサ、どうしたの!?」
林の奥で尻餅をついているリサラを見つけ2人は駆け寄った。
「リサ、大丈夫? 怪我してない?」
「い、いま、イノシシっぽいものが目の前を……」
「イノシシぽいもの?」
青ざめた顔のリサラはガチガチと歯を鳴らして震えていた。
「…ソラ! 後ろ!」
「……!?」
アークの声に、リソラは慌てて振り返る。
「……!?」
そこに現れたのは、大きな牙を2つ口から生やし、赤黒い毛に覆われた獣のだった。それは一見、イノシシに似ているようだが、リソラ達が知っているイノシシとはまるで違うものだった。
「リサ、魔法…!」
アークの言葉にリサラは魔法を使おうと立ち上がる。
「ま、魔法? あ、あれか! えーと、えーと、えーと……!」
「ぐおおおおん!!」
「ひぇっ……!」
獣の威嚇に身が竦み、リサラは固まってしまう。
「…こっちだっ!」
アークが獣の注意を引こうと、近くにあった小石を掴み投げつけた。
石は獣の頭部に見事命中したが、さほどダメージは与えられなかった。
獣はブルブルと首を降ったあと、向きを変え、石を投げつけたアークに狙いを定めた。
「……アーくん!!」
リソラが叫んだ瞬間、獣はアークに向かって、一直線に走り出した。
リソラは思わず目を閉じる。
「ファイアー!!」
リサラが叫ぶと、炎が矢のように飛び出し獣の目の前に火柱を作った。
「ピギィッ!」
炎に驚いた獣は鳴き声を上げると、方向を変え、そのまま森の中へと一目散に逃げていった。
「……で、でた。マジか。マジで私、魔法使えちゃってるじゃん」
リサラはなおも信じられないと言った感じで、その場で立ち尽くす。
木の葉を燃やした炎はいつのまにか消え、辺りには静けさが戻っていった。
「…2人とも、大丈夫? 怪我はない?」
アークが固まったままの2人に声をかける。
「あ、うん、私は平気! ちょっと驚いて腰が抜けちゃったみたいで……えへへ」
呆然と地面にへたり込んたリソラはすぐに立ち上がろうとしたが、なかなか力が入らず立ち上がれなかった。
「ソラってば、ビビりすぎ」
リサラはリソラの手を引いて、立ち上がらせた。
「ありがとう、リサ。やっぱり、リサの魔法、すごいね」
「え? そ、そう?」
「…リサのおかげで、また助かった」
リソラとアークはすごいすごいとリサラを褒める。
リサラは少し恥ずかしそうに、しかし褒められて嬉しいといった感じで頬を緩ませた。
「いつのまにそんな魔法使えるようになったの?」
「いや、魔法のイメージって、ゲームで見たやつしか思い浮かばなくて……とっさに口に出したら、イメージが掴めたって感じかな?」
「え? でも炎の魔法って言えばメラの方が強そうじゃない?」
「え、強さで言えばファイアーだよ、絶対! メラってなんかメラメラ~って感じで、焚火とかしかできなさそう」
「そんなことないよ! メラ!って叫べは、ファイアーって言うより短いし、早く魔法出せると思わない?」
「うーん、それはそうだけど……」
「あれ、アーくんなにしてるの?」
リソラは地面の焦げ跡を覗き込んでいるアークの姿に気がつき声をかける。
「…さっきの獣、焼いて食べたら美味しいかも」
「「え!?」」
双子は声を合わせて驚き、顔を見合わせた。
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逃げた獣を追うために、3人はしばらく森の中を探し回ったが、結局獣は見つからなかった。
「もー、無理! お腹すいて歩けない!」
リサラが根を上げ、その場で座り込んでしまった。
「リサ……」
リソラも空腹と疲れで、体力的には限界が近かった。
「もうさぁ、一度、街に戻ろうよー」
「え、街に?」
リサラの提案にリソラは少し戸惑いを見せる。
「このままここにいてもまたさっきみたいに獣に襲われるかもしれないし……。ならとりあえず人の多い街の方が安全だと思わない?」
「でも、まだあの人達が私達を探してるかもしれないし……」
「人の多い所にいれば、アイツらも手荒な真似は出来ないって」
「……うーん、アーくんはどう思う?」
「…リサの言う通りかも。…それに、街になら、僕が使ってた隠れ家もあるから、しばらくはそこに隠れられるよ」
「隠れ家があんの? へー! いいじゃん、そこ行こうよ」
「もー、リサってば軽く考えすぎだよ!」
「ソラが重く考えすぎなんだって。大丈夫、今の私、無敵だから! いざとなったらこの魔法で2人を守るから安心してよ!」
リサラは自分の腕を曲げて力拳を作ると、ニカッと笑って見せた。
「……わかったよー」
リソラは諦めたように肩を下げて提案を飲んだ。リサラは勢いよく立ち上がると、リソラの腕を掴んで走り出した。
「よし、じゃ、善は急げ! 日が暮れる前に、行こう!」
「わわ! ちょ、ちょっと! そんな急に……!」
「あ」
リサラは突然立ち止まって、振り返った。
「……ところで街ってどっちの方角?」
アークもリソラも目をぱちくりとさせ、答えた。
「「あっち?」」
2人は別々の方向を指差していた。