2つの月
「今日はここで朝まで過ごす?」
「…うん。暗い中歩くの、危ない」
「アイツらまだ追ってきてるかな……見つからないといいけど」
休憩のはずが、すっかり長居してしまった3人はそのまま岩場の陰で朝まで過ごす事にした。
幸い、月明かりが明るかったため、周囲は全くの暗闇ではなかった。
「ねぇ、アーくんを捕まえた人って……やっぱり、あのトリオンって人?」
「…名前はわからないけど、若い男の人だった」
リソラの質問にアークは答える。
「マジか……。マジ許せんな、あのチャラ男」
「お母さん達、絶対心配してるよね」
「家の場所とかわかるの?」
「……親はいない」
「え?」
アークは首を振った。双子は顔を見合わせる。
「僕…捨て子だったから」
「そんな……」
「でも、家は…あったよ」
アークは特に何でもないと言った感じで話をする。
「…教会の前に捨てられてたのを、シスターが拾って育ててくれた」
「そうだったんだ……」
表情の乏しい彼からは、どんな感情も読み取ることが出来ず、リソラは言葉を詰まらせた。
「……じゃあ、その教会まで一緒に行こうか?」
「そうだね。シスターさん達も、アーくんのこと心配してるだろうし」
リサラの提案にリソラもうなづいた。
しかし、アークはフルフルと首を横に振った。
「帰りたいけど…ダメなんだ」
「え?」
「どうして?」
リソラが聞き返す。
「…教会から逃げて来たから…だから、あそこにはもう帰れない」
それまで淡々と語っていたアークは俯いて黙り込んでしまった。
双子は顔を合わせ、目線だけで相談する。
「……じゃあ、私たちと一緒に来る?」
リソラの言葉に、アークは顔を上げた。
「あ、私たちも、まだどこに行くかとか決めてないんだけど……」
「…いいの?」
「え?」
アークはまっすぐな瞳で双子を見つめた。
「僕、二人と一緒にいて…いいの?」
「な、何言ってんの! そんなのいいに決まってんじゃん!」
リサラが力強く答え、リソラも頷いて微笑みかける。
「…へへ」
アークはフードの端を両手で引っ張り、初めて子供らしい笑顔を見せた。
その笑顔に双子は顔を綻ばせる。
「よし! そうと決まれば、今日はもう寝よ!」
リサラはそういうと、寝床にする場所の小石などを取り除き始めた。
「私、野宿とか初めてだけど、寝れるかな……」
「いや、私だって初めてだし!」
「リサは家でもよく床で寝てたよね? 私は布団じゃないと寝れなかったのに」
「あ、あれは部活で疲れ果てた時だけだし!」
双子は冗談を言い合いながら、笑いあった。むしろ少し心に余裕が出来たのか、この状況を楽しめるようになっていた。
「…僕、追っ手が来ないか見張ってるよ」
アークは立ち上がり、双子に声をかけた。
「え、一人で?」
「…うん」
リソラが驚いた顔でアークを見上げる。
「それなら、交代で休む? 幸い、この気温なら野宿でも大丈夫だと思うし。月明かりだけでも充分明るいからなんとかなりそ」
「ぐうううう~!」
リサラの話を遮る大きさでリソラのお腹が鳴った。
「…すごい音した」
アークがリソラに大丈夫?と声をかける。
「……あっははははは! 何その音! やばい! メチャクチャびっくりした!」
思わず笑い転げるリサラ。
リソラは顔を真っ赤に染め上げ、涙目になって抗議した。
「……だ、だってしょうがないじゃん! お腹空いたんだもん!! 我慢してたけど、もう限界だったの!!」
「…ソラ、お腹空いたの?」
「……うぅ」
アークが心配そうにリソラの顔を覗き込んだ。リソラは年下のアークに気遣われる事が恥ずかしくて眼を伏せた。
「はぁ、はぁ、ご、ごめんごめん! あまりにもタイミングよくて……ふー! ふー!」
リサラが大げさに息を整えるがなかなか笑いが収まらず、プルプルと肩を震わせた。
リソラは恨めしげな視線をリサラに向ける。
「リサァ……」
「ご、ごめんて」
「…ちょっと待ってて」
そう言ってアークは近くの茂みへ駆け出していった。
しばらくキョロキョロと周りを見渡していたアークは一つの小さな木の前でしゃがみこんだ。
「あ、トイレかな?」
リソラはあまり見てはいけないと思い目線をそらした。
「……ねぇ、これで本当に良かったのかな」
リサラが小さく呟やいた。
「……あの子を1人にはしておけないよ」
「それはそうだけどさー……私たち、家に帰るんだよね?」
「うん……」
二人は、互いの手を握った。そうすれば、少しは不安が紛れる気がした。
「……はやく家に帰りたい」
リサラは自分の頭をリソラの肩に乗せて目を閉じた。
リソラも今は家に帰ることにだけしか考えられなかった。その後のこと、アークのこと、色々と問題は尽きなかったが、今はそれを考える気力もなかった。
「うん、そうだね」
二人は握った手をお互いに強く握り返した。
双子の元へ戻ってきたアークは、両手のひらを差し出して言った。
「…はい、これ」
「ん? なに?」
「…木の実、取ってきた」
「え? これ、私たちのために?」
「…うん。ちゃんと食べられるやつだよ……。僕もお腹空いたから、みんなで、食べよ」
「アーくん……!」
リソラは感激のあまりアークを抱きしめる。
アークはリソラの胸に埋もれ苦しそうにもがいた。
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「……きれいな星空」
リソラはアーク取ってきた木の実を食べながら夜空を見上げた。
早々に、木の実を食べ終えたリサラは、交代で見張をするため、先に仮眠をとった。
一番元気そうに見えたが、彼女も相当に疲弊していたようで、慣れない野宿だと言うのに、直ぐに眠りに落ちていった。
「お月様が二つ出てる。なんか不思議」
「…月はいつも二つだよ?」
リソラの言葉にアークは首を傾げる。
「……ねえ、アーくん」
リソラは隣に座ったアークに声をかける。
「…なに?」
「あのね、これはまだ誰にも秘密なんだけど、アーくんにだけは教えておくね」
「…うん」
「……実は私とリサラは、この世界の人間じゃないの」
「…どういうこと?」
アークはキョトンとした顔で首を傾げる。
リソラはふっと笑みをこぼした。
「わかんないか。……わかんないよね。私もこの世界のこと何もわんないし……」
「…?」
「何にも分からないって、怖いね……」
「ソラ?」
アークはどうしたらいいか分からず、リソラの肩に手を添える。その肩が小さく震えている事に気づいてアークはポンポンと赤子をあやすように優しく叩いた。
「大丈夫…?」
「……えへへ、ごめん。大丈夫だよ」
リソラは涙を拭って、笑顔を見せた。
「ねぇ、よかったら、私にこの世界のことを教えてくれないかな?」
「…僕、教えられるようなこと、何もない」
アークは少し戸惑った様子で視線をそらす。
「そんなに難しいことじゃなくていいの。……あの、月が二つ出るのが普通とか、そういう簡単なことでいいから」
「…それなら、うん」
アークは小さくうなずき、リソラの頼みを受け入れた。
「ありがとう、アーくん……」
こうして、双子が初めてこの世界で迎えた夜は静かにふけていった。




