小さな影
「うぅ……。ご、ごめんね、リサ。ごめんなさい、わたし、なにも…できなかった……」
廃墟の奥の薄暗い部屋の中でリソラの泣き声だけが響いている。
「大丈夫、大丈夫だから」
実はまったく大丈夫じゃない状況だが、ほかに慰める言葉も見つからず、リサラは曖昧に大丈夫だと繰り返した。
先程、大男に捻り上げられた腕がズキズキと痛みを訴えてくるが、これもまた今の状況ではどうする事も出来ない。
男たちは二人の腕を縄で縛り、薄暗い部屋の中に閉じ込めた。
扉のすぐ近くに見張りもいるようで、逃げ出す事は困難な状況だった。
「もー、ソラぁ、なんで逃げなかったの?」
「無理、そんなの無理だよ…! リサを置いていける訳ない! もう二度とあんな危険なことしないで!」
リソラはぐしゃぐしゃの泣き顔で怒ったが、全然怖くなくて思わず笑い出しそうになるのをリサラは必死で堪えた。
「うん、ごめん。もう二度としない」
リサラは素直に謝った。
もし自分が逆の立場であっても、リソラを置いて逃げるなんて出来ないことをわかっていたから。
それに、リソラがこんなにも泣いたり怒ったりするのを見るのは久しぶりだった。普段の二人はどこにでもいる普通の女子高生で、昨日までこんな危険世界とは無縁の生活を送っていたのだ。
リサラはリソラの太ももの上に頭を預けて横になると、天井を見上げて呟いた。
「私たちこれからどうなるのかな……」
「大丈夫だよ。何があっても、二人一緒だから……」
「うん、そうだね」
「お姉さんたち…どこからきたの?」
不意に耳馴れぬ声が聞こえて、二人は目を合わせた。『今のリサ?』『違う、違う!』二人は目線で会話しながら、注意深く部屋の中を見渡した。
薄暗い部屋の隅に黒い小さな影があることに気づいた二人は息を飲んで身構えた。
「……そこに誰かいるの?」
リソラが影に向かって声をかける。
その声に応えるように、影はゆっくりと立ち上がり、二人に近づいてきた。
「さっきから、ずっといたよ……」
それはフードを目深に被った幼い少年だった。少年もリソラ達と同じように両手を後ろ手で縛られていた。
「もしかして、君も捕まってるの?」
「うん…」
「嘘でしょ……こんな小さな子供まで誘拐するなんて……」
双子は絶句する。少年はじっと二人を見つめて、問いかける。
「お姉さんたち…双子、なの?」
「え? あ、うん。そうだよ。私がリソラで」
「私がリサラ」
「君の名前は?」
「…アーク」
「アークかぁ、じゃあ、アーくんはどこからきたの? お母さんは?」
「……」
アークと名乗った少年はリサラの質問には答えず、部屋の唯一の出入り口である扉に顔を近づけた。
「え、無視? ……てか何やってんの?」
「静かに…」
アークはじっと扉に耳を当て、外の様子を伺っているようだった。そして突然立ち上がり、二人に近づいて囁いた。
「ここから出たい…。お姉さんたち、手伝って」
「え、出られるの?」
「うん、今なら。…廊下からイビキ、聞こえる…。たぶん見張りの人寝てる」
「マジか」
「絶好のチャンスってことね」
リソラの言葉にアークは頷く。そして、突然リサラの手首に噛み付いた。
「ひゃ! な、なに……!?」
思わず大声をあげそうになったリサラは慌てて口をつぐむ。
アークは自分の歯でリサラ縄を噛みちぎって、縛られていた腕を解放した。
「おおー、アーくんやるじゃん」
リサラは解放された手で、リソラとアークの縄も解いた。
「それで? どうするの?」
「お姉さんの魔法で…あの壁…壊して」
「へ?」
双子は顔を見合わせ困惑する。
「えーと、ごめんねぇ。お姉さんたち、普通の女子高校生だから、魔法とかは、ちょっと使えないんだ~」
「とりあえず、穴掘る? 壁の向こう側まで掘れば抜け出せるかも」
「……嘘つかないで。僕にはわかるよ」
「え? もしかしてアニメのヒーロー的なやつを期待してる? いや、ホントごめん。少年の夢を壊すようで悪いんだけど……」
「……」
アークはおもむろにリサラの腕を掴んで壁へと向かう。
「わ、ちょっと、急になに?」
「ここに手を当てて、念じて…」
「え? 念じるって何を」
「壁が壊れるように…」
「えぇ? 意味わかんないんですけど」
「……」
アークはジッとリサラをみつめる。
「わ、わかったから。そんなに睨まないでよ。えーと、壁を壊すイメージね、うん、うん、うん……。えーと、こんな感じ、かな?」
リサラがなんとなくイメージを掴んだと感じたその瞬間、手のひらが赤く光り出した。
「え? なにこれ?」
次の瞬間、猛烈な爆発音とともに真っ赤な炎が石の壁を突き破った。
「……うそ、でしょ?」
「行こう…」
アークはさして驚いた様子もなく壊れた瓦礫を乗り越えて行く。
「な、なんだぁ! 今の爆発音は!」
部屋の外から聞こえた男達の声に、リサラは我に返った。ふりかえるとリソラが地べたにへたり込んでいる。その顔は顔面蒼白と言った感じた。
「ソラ!」
リサラはリソラを手を掴むと、思いっきり引き上げそのまま走り出した。
壁の外は急な下り坂になっていて、陽も落ちかなり暗くなっていたが、三人は夢中で坂を駆け下りる。後ろから男達の叫ぶ声が聞こえたが、ふりかえる余裕などなく。ただ闇雲に暗い道を走り続けた。