笑顔の青年
二人は市場で出会った青年、トリオンに連れられ、街の外れへとやってきた。
さっきから落ち着かない様子のリソラの手を引いて歩くリサラはトリオンに尋ねる。
「ねぇ、どこまで行くの?」
年上だろうとなんだろうと、知り合ってすぐタメ口をきいてしまうのがリサラの特徴だ。
「ああ、もうすぐだよ。この先に街の案内所があるんだ。そこなら街に詳しい人もいるから、色々と話を聞けるんじゃないかな」
そう言いながら、トリオンはどんどん人気のない路地へと入っていく。
リソラがリサラの手をぎゅっと握って不安げにささやいた。
「ねぇ、リサ、やっぱりなんか変だよ。ここ、人もいないし……付いていくのやめよーよ」
「えー?」
リソラが握った掌からは不安げな気持ちが痛いほど伝わってくる。しかし、今はとにかく家に帰りたいという気持ちの方が強かった。
「あとちょっとだけ、もう少しだけ付いてってみよ? 最悪、ヤバくなったらダッシュで逃げよ?」
「リサ……」
「大丈夫、ソラは私が守るから!」
不安げな表情のリソラを安心させようと、リサらは明るく振る舞い、笑顔をみせる。
「さぁ、付いたよ」
そう言ってトリオンが立ち止まったのは古い倉庫らしき建物の前だった。
まるで廃墟のような場所に案内所を示す看板などは見当たらず、周りを見渡しても人の気配はどこにもない。
「え、ここ?」
トリオンは振り返り、双子に笑顔をみせる。
二人はその爽やかな笑顔を目の当たりにして、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
それは先程とまったく変わらない笑顔が、この状態ではとても異質なものに思えたからだ。
「あんた、なんの冗談…」
「リサ、逃げよう!」
リサラの言葉を遮って、リソラが手を引く。
リサラは頷き、来た道を戻ろうと振り返った。
「おっと、どこへ行くのかな? お嬢さん方」
物陰から、大柄な男たちが現れ、双子の行く手を遮るように立ちはだかった。
「!!」
リソラが声にならない悲鳴をあげる。
「……だましたわね」
リサラは背後でニタニタと笑顔を浮かべるトリオンを睨みつける。
「ヤンサン、エゴッツ、逃すなよ。久しぶりの上物だ。売ればかなりの金になる」
手下二人に指示をしながら、トリオンは持っていた袋から縄を取り出す。
「う、売るってなにを……」
リソラが震えた声で問いかける。
トリオンはその言葉により一層笑顔を深め答えた。
「決まってるだろ、お前たち自身だよ」
「…ひっ!」
リソラが小さな悲鳴をあげるのと同時に男たちは二人に襲いかかった。
「ソラ! 走って!」
「え?」
リサラは繋いでいた手を振りほどき、二人の男に向かって走り出した。
このまま勢い良くタックルを食らわせて、相手が怯んだその隙に逃げる作戦だ。二人同時に逃げるのは無理でも、リソラだけならまだ可能性があると踏んだリサラは自慢の脚力をフルに使い全力で体当たりをかました。
しかし、ぶつかった相手はまったく怯む様子もなく、軽々とリサラの腕を掴んで引き上げた。
「いっ…! 痛い! は、離して!」
「自分から懐に飛び込んでくるなんて、なんて物分かりの良いお嬢さんだ」
男はリサラを軽々と持ち上げて、ゲラゲラと笑う。
「リ、リサ! お、お願い、リサを離して……!」
「ソラ、逃げて…、は、やく」
腕を捻りあげられ、痛々しく叫ぶリサラの声に恐怖で動けなくなったリソラはその場で立ち尽くしたまま、泣きながらリサラの解放を懇願した。
しかし、リソラの願いは男達の笑い声にかき消されてしまう。そして、そのまま背後に立つトリオンにあっさりと拘束されてしまった。
こうして、リサラの作戦は虚しく失敗に終わったのだった。