その空の色は
気が付いて最初に感じたのは浮遊感。
真っ暗な世界に放り出され、落ちているのか飛んでいるのかさえわからなかった。けれど不思議と恐怖は感じなかった。
暗闇の中、姿は見えなくても掌から伝わる温かな熱が私を安心させた。
「……」
それは、とても大切な人の名前。
その名前を口にした瞬間、身体の感覚が戻り、私は目を覚ました――…
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薄っすらと開いた瞳に映ったのは、見たこともないような綺麗な青空だった。
陽の光が眩しくて、左手で光を遮る。指の隙間から、白い雲がゆっくりと流れて行くのを、彼女はぼんやりと眺めていた。
「リソラ……」
隣でささやく声がして、リソラはゆっくりと首だけを右に傾けた。
そこにいたのは彼女と同じ顔をした少女だった。少女はうつ伏せの状態で、顔だけをリソラの方に向けて眠たげに「おはよー」と言葉を発した。
「……リサラ?」
リサラと呼ばれた少女は、眠たげな目で互いに繋いだ右手を見て小さく笑った。
「やっぱり、ソラの手だった」
「え?」
繋いでいた手を離して、リサラが起き上がる。そしてキョロキョロと周りを見渡し、呟いた。
「ここ、どこ?」
リソラも地面から身体を起こした。その瞬間、強い風が二人の間を吹き抜けた。
風が止み、ゆっくりと開けた目に飛び込んで来たのは広い広い草原だった。
他には青く澄んだ空と周囲を囲む山々の連なりがみえる。まるで外国の風景写真の様な美しい景色に思わず息を呑むほどだった。
二人は無言で手を取り合い、身を寄せ合った。
「私たち、こんな所で何してたんだっけ」
「……昼寝かな?」
「なわけないでしょ!」
リサラは勢いよく立ち上がると、だだっ広い草原の遠くを確認しようと、つま先立ちになって身体を伸ばしたり、ジャンプしたりしていた。風に揺れた短めのスカートなど全く気にしていない様子だ。
「……ここ、遺跡かな?」
リソラは自分達が寝転がっていた場所を見てつぶやいた。
草原の中にポツンと建てられた建造物。だが、そのほとんどが砕け、風化し、野ざらしとなっていた。石を敷き詰めた床には朽ちた柱が四方に一本づつ立っているが、それを支える天井などはなく、まるで頭上に広がる空を支えている様だった。柱には細かい彫刻や細工が施されていたが、長年放置されていたのか、至る所がひび割れ、彫刻も無残に欠けてしまっている。
「観光に来て、そのまま寝ちゃったのかな」
リソラは何も思い出せなかった。ここに来る前の出来事も、理由も。
必死で記憶を手繰り寄せようとするが、なぜか意識がそこまで辿り着かず、思考が停止してしまう。
「あ!」
遺跡の中央にある階段を登ったリサラが遠くの方を指差しながら叫んだ。
「あっちに街があるっぽい! 行ってみようよ!」
そう言って、五、六段はありそうな階段をひょいっと飛び降りる。
リサラはとても身軽な少女だった。反対にリソラは運動があまり得意ではない。
双子なのに、似ている様で似ていない。そんな二人だった。
「ほら、いこ。荷物持った?」
「……え」
リサラに荷物と言われて、足元に落ちていたカバンを拾い上げた。カバンには『SORA』と書かれたネームタグがマスコット人形と一緒にゆらゆらと揺れている。
「……」
リソラはネームタグを見ながらぼんやりと考える。自分の名前も自分の荷物もきちんと覚えている。それなのに、なぜかここに来た理由だけが思い出せない。
「ソラ、何してんの! 置いてくよ~!」
「あ、うん。いま行く!」
モヤモヤとした気持ちを残したまま、とりあえずリサラの後を追って、彼女はこの未知の世界へと足を踏み出した。