オズの魔導使い
王立レオニード魔導学院は創世者が設立した歴史ある名門として身分、年齢、性別を問わず門戸を広げる魔導専門の学校法人である。
元々は旧世界の支配者層から逃れるべく、リュンネを中心とした五人の英雄が息を潜めた拠点の一つで、彼女らが糊口を凌いだと言われる古ぼけた小屋は石碑へと姿を変え、革命の端を発した巡礼地として国の観光業を下支えしている。
開校以来から魔導術の普及に尽瘁した甲斐あって、陣杖巫全ての魔導術を研究できる唯一の機関として類型を組み合わせる前衛的な新技術を輩出する綜合学府だ。
過去三百年で開発・導入された特許は数知れず、卒業時には連合に加入している全ての国々が魔導士としての身元を保証する絶対的な地位を築き上げている。
その後ろ楯に惹かれる留学希望者は後を絶たず、一部の華族議員は確たる財源として諸外国の王族の受け入れを推進している。
付随する経済への影響は大きく、今後の国交にも恩恵があるが、間諜による技術の流出や異教徒を招き入れる危険性を考慮せざるをえない。
また、過去の戦争の傷跡も生々しく、世論も好意的とは言えなかった。少なくとも、ベイジュの義父であるオズワルドが学院総裁を務める内は現状維持が続くであろうというのが有識者の見解だ。
なにせオズワルドは元軍属である。「巫」の魔導士として記憶置換の魔導を駆使して、予め尋問で得た断片的な情報を利用して別の捕虜にオズワルドが仲間だと思い込ませた後、新たな情報を抜き取る、または誤った情報を植え付け游がせるといった策謀を得意としていた。
十二年前の凱旋から帰国して間もなく、ベイジュはオズワルドの養子となった。孤児院の設立や募金ではなく、嫡男として迎え入れる行為を疑問視されていたが、他ならぬベイジュが大成したことでそれを払拭した。
現在、ベイジュの研究は再び脚光を浴び、学内で反発もあるが、教授職の推薦を打診されている。それからというもの、何処から耳にしたのか最近では有力華族から見合いの話がひっきりなしと義母は御満悦である。
しかし、ベイジュはどこ吹く風であった。自分が先に身を固めねば、義妹の縁談が進められないと詰め寄られても構いなし。好みを聞かれれば、処女受胎が出来る売女と答えて泣かれたりした。
咽ぶ義母を尻目に義父からは男色疑惑を掛けられ、鬱陶しさのあまり肯定した。これが間違いだったと後にベイジュは述介する。論調としては魔導術に理解があれば性別は問わないというものであったが、普段の奇行と相まってこのカミングアウトは真摯に受け止められた。
そのまま夜の歓楽街へと強引に連れ回され、味のしない癖にやたらと酩酊を誘う酒をしこたま喉奥に流し込まれ、義父監修のワンナイトラブを成就させるべく紅灯をハシゴにした結果、気が付けば王都で話題沸騰の劇団女優と寝台を共にしていた。
その間の顛末については割愛させていただこう。何しろベイジュ自身にも記憶がないのだ。途切れた意識を繋ぎ合わせても、寝息を立てる女性との邂逅すら思い浮かばない。
寝入る彼女を起こさぬよう脱ぎ散らかされた衣服をまとめ、逃げるように下宿先を後にした。二日酔いなのか持病か判断のつかない頭痛に辟易しながら這うように屋敷へ帰ると、息子の行方知れずを憂う義母に詰られる義父を目の当たりにした。
両親へ状況を説明する最中、朝帰りするベイジュを遠巻きに見ていた義妹は汚物を見るような目で睨んだ後、嘆息して従者に介抱を命じたのがつい先日の出来事である。