オズの魔導使い
男の名はベイジュ・キャロルという。
十五歳で王都で行われた魔導術の催しで国に認められ、陣、杖、巫の内、最も難度の高く根幹に位置する陣の魔導士として威光を得る。
当時の研究者には創世者であるリュンネ・ゲーチャの再来、希代の天才魔導士と囃し立てられ、国外にある辺境の農村にまでその勇名を轟かせた。
その性分は偏屈の極みであり、偏屈の化身であり、偏屈神の転生である。その社交性は暗黒街を彷徨く野良犬に等しい。
偏頭痛持ちで眉間は常に皺が寄っている。不意に顔を伏せてしばらく怒りに震えるなど珍しいことではない。嫌味は愛嬌であり、疑心は思慮であり、驕傲は矜持であるとは本人の談。ベイジュをよく知る者は一言居士とは彼を意味すると口を揃えた。
野菜嫌いの肉嫌い、魚嫌いに乳嫌いで甘味ばかり食べているから薄氷のごとき病的な肉付きで、華奢の飽和状態を起こしたような節くれだった四肢が甚だ不気味だ。
幼沖の頃、郷里の人から華族の麗人に並び立つと三嘆された顔立ちと佇まいは見る影もなく、眼下に広がる隈の曇天と、性根と連動しているかのように湾曲した背筋は日陰に咲いた向日葵を彷彿とさせる。他者を顧みず、機嫌を損ねれば嫌厭を隠さない。その舌鋒の鋭さ故に存在が士気を下落させる蟠りの象徴として、周囲から爪弾きにされていた。
○
魔導士の資格を得たベイジュは自身の研究の傍ら、魔導学院の教職に就いている。傲岸不遜の被害から身を案じてか、あるいは全ての生徒が彼より年下だった為か、履修の報告はあれどその着席率は大蛇の襲撃を受けた鳥の巣よりも静寂なものであった。
初年度の前期、ベイジュは始業の際に寸刻、見世物小屋を覗きこむように顔を出してそのまま研究棟へ向かう。この職務放棄は抜き打ちで国王陛下が視察に訪れ、ものけの空であると判明するまで繰り返された。
麒麟児として鳴り物入りで迎え入れられた研究に支障が出なければと別段問題視されなかったが、責任者不在の学舎で行われていた秘密の逢瀬、賭事、嗜虐、密売、その他諸々のあらゆる顛末を全て閑却した責任を問われた折、「それは私の仕事ではない」の一点張りで押し通した厚顔無恥に関係者は胆を冷やしたという。
これには他の教員は勿論、騒動を聞き付けた生徒の親族からも顰蹙を買ったが、登録した生徒の全てがベイジュの講義から単位を修了させ卒業が危ぶまれた生徒から絶大な支持を得た事で表面状は賛否両論とされている。
結果としてこの年の卒院生が酒宴で途方もない浮説を飛ばすまでの間、ベイジュ・キャロルの教師生活は極めて怠惰で平穏であった。