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筋道日(きんどうにち)  作者: 信条 真也
10/22

第二章①:異争前線(いそうぜんせん)

今回から新章開幕、第二章となります。

 先日、父親の容態が急変して視力の半分を失ったことによって仕事出来ない状態に陥ってしまった。その為、安定した収入を得られず次第に生活が困難になっていくことで、真也は再び荒れ始めた。


 今回は幼少期に真也が患ったマイコプラズマ肺炎の時とは違い、祖父母から資金面の手助けを借りる事が出来ない。その理由は、父親が完全にもう仕事に就けない状態で母親も看病に付きっきりになる為、収入を得られず車や住宅のローンも払えないので破産し生活保護を受ける形となったからである。

 その生活保護を受けるにあたり、身内から資金の援助を受けるとその保護を解除されてしまう為どちらか一方の援助しか受けられない。祖父母がずっと援助する訳にもいかないので束岡一家には元から選択肢など与えられていなかった。


 その後は生活保護を受けて生活するが、その生活が苦しくなる一方で真也もみるみる痩せこけていく。その状態でも真也は学校へ行き、週4日の空手にもしっかり通って鍛練を怠らなかった。

 そうして耐え続ける日々を送り、当然彼の中には飛躍的にストレスが溜まっていく。その内心が荒れ狂う様を心配した学年中の生徒が毎日のように彼に歩み寄る。


「ねぇ、どうしたの?」


「顔色悪いけど、大丈夫?」


「うるせぇ……」


「何かあったんじゃないの?」


「目が赤くなってるよ……?」


「何もねぇよ……」


 一年前とは違い学年中の生徒と友人関係を築いている為、仲間意識の強い真也は誰にも暴力を振るわず不機嫌にあしらうだけに留まる。そうした真也を囲む十数人の男女生徒を掻き分け、はじめが彼の正面に経った。


「ほうほい、ちょっとゴメンよ~通してくれ~っと……、おう真也! どうしたんだお前、その顔……」


「何もねぇって」


「……ちょっと来い」


「んだよ面倒くせぇな~、気分じゃねぇんだよ放っておいてくれよ」


「いいから! んじゃ皆悪いけど、ちとこいつ借りてくな~」


「うん」


「やっぱ創だなぁ」


 創は軽く真也の手を引いて、生徒の群がりから離れるように歩いていく。


「もういいだろ、離せって」


「良くねぇよ、いいから人居ねぇところに行くぞ。そこで俺だけにでも話してもらうからな! 俺になら良いだろう?」


「ったく分かったよ……」


 真也は苛立ちを抑えてため息をつき、深い面持ちで静かに口を開く。


「実は……親父のガンがとんでもない所に再発しやがってさ、もう助からねぇんだよ多分」


「……」


「俺の夢だった、親父をタイマンで叩き潰すっつう目的がもう成し遂げられねぇんだよ……叶わねぇんだよ!!」


 そう創の前だからこそ、真也は初めて人前で涙を流しながら心の内を語った。


「真也……」


 事情を聞いた創は、気を張っていたいつもの真也からは想像のつかない様子を目にして言葉を失う。そして彼の抱える重い心境が少しでも和らぐようにと彼の右肩にそっと手を添える。


「……」


「……」


 二人はうつ向いたまま沈黙し、互いに相手の言葉を待つようにしてその場で固まる。すると真也の背後から少し奥の方へ離れたところにいた生徒達が軽くざわめき、創はその方向へ目を向ける。


「……真也、あれ見てみろよ」


「あぁ?」


 真也は創の視線を追って後ろへ振り向き、その先でざわめきの中心を歩いていた頭に包帯巻いた男子生徒を目撃する。


「あいつ、頭に包帯巻いて如何にも大ケガって感じだな」


「んなもん、とっくに見慣れてんだろ……今更何言ってんだよ」


「いや、ここ最近あぁいう怪我した奴をこの学校でよく見かけるんだよ」


「知らねぇよ、どっかに喧嘩ふっかけたんじゃねぇの?」


「んなあっくんみたいな奴ばっか居てたまるかよ、何十人も見かけてんだぞ? その中には喧嘩しなさそうな奴とか……女子までやられてんだぜ?」


「確かにおかしいな……」


「ちょっと聞いてみようぜ」


「……分かったよ」


 包帯を巻いた細身の男子生徒の元の真也と創が駆け寄ると、男子生徒は身体をビクつかせながら二人を見る。


「ひぃいいいっ!? 勘弁してくださいお願いします!」


{何もしねぇよ」


「悪いな、真也は今こういう顔なんだ。で、その怪我どうしたんだ?」


「え、あ……あの……」


 生徒は胸を撫で下ろし、ゆっくりと一呼吸おいてから事情を話し始めた。


「えっと……何か普通にその辺をフラフラ歩いてたら、いきなり片言で喋る連中に囲まれて……」


「片言ってことは外人か、顔はどんな奴だった?」


「確かアジア系というか日系人ぽいっていうか……いっつつ!」


「中国とか朝鮮とか、大体その辺ってことか」


「ん? おい確か朝鮮人の生徒といやぁ……」


「あぁ、確か去年卒業してった3年の先輩達が言ってたな」


 彼らは中学1年生の頃、卒業していった先輩達の1人に在日朝鮮の中学から転校してきた先輩がいた。その先輩からは念を押すように1年間ずっと言われ続けていたことがある。


“決して朝鮮人とは喧嘩をするな! 何故なら奴等は電話一本で100人単位が集まるからだ、人数の差で押し切られるし対日本人用に学んだ武術もある。とにかくアイツらは簡単にそこら中から人が集まって徒党を組んでくるから注意しろ!”


 しかし、真也達はそれらと直接関わりがなかったのでそれほど気に止めていなかった。



 だが、日を追っていく毎に大怪我した生徒が増えていく状況で、嫌でも先輩の言葉の重さを実感せざるを得なかった。

 大怪我した生徒全員に真也と創が聞いて回り、事情を調べていくとそれら生徒が揃って“在日の朝鮮人にやられた”と小声で呟いたのだ。その彼らの言葉を辿たどって近場を調べていくと、暴行した相手が『朝鮮第4中学校』の生徒であることが判明した。

 その中学校に対し真也はあまり敵視していなかったのだが、聞いて回った生徒の話を帰宅して両親に話してみた。


「あのさ、最近理由は分からないけどうちの生徒が片っ端からゲーセンとか裏路地でボコられてるんだよ。だから今回はそいつらをボコしに行くよ、俺らが潰すって心に決めたから」


「そこの高校と中学は、かなりやばい。俺らが学生時代の頃からいざこざがある」


「えぇ、かなり残虐な行為をしてくるので有名よ。例えばカミソリの刃を2本ずつ、人差し指と中指と薬指の間で握って斬りつけてくるとか……」


「あと鼻鉛筆だな。鼻鉛筆ってのは尖った鉛筆を鼻に差し込んで下から思いっきり突き上げて鼻を貫通させる行為だ。あとは耳をちぎったりとか……まぁそういった奴等だから、相手するなら十分注意して行け。俺もそうとうやられてやり返したけど、一度やったらそうやって延々と繰り返しになっちまう。それだけは覚悟してやるんだぞ」


「分かった」


 覚悟を決めた真也は、翌日から創や仲間に伝えて各々分かれてゲーセンを重点的に探し始めた。当時は平成に入りたての時期だったので、流行っていた格闘ゲームをやりに不良達がゲーセン集まるのが定着していた。

 だがその人海戦術による少数探索は、探し回っていた仲間が各個撃破される失策だった。真也達も各学校の仲間と手を組んで連合化していたので、何とかなると思い散開したのだが仲間がやられる一方で中々に尻尾を掴めない。

 相手の朝鮮人達は敵をボコしたら速攻で退散する為、連絡が来て駆けつけた頃には姿を消しているのだ。警察も足を掴めず手を焼く程にその連中は厄介であった。


 真也は周りの仲間達に支えられながら日々耐えるも、在日の朝鮮人である中学生や高校生によって仲間達を痛め付けられている状況で何重にもストレスがのしかかる。

 そんな中、真也は夜中に個人部屋で一つ決意を抱く。


「(これは一人の力じゃ解決できない……。人間の壁を越える、そのくらいの修行が必要だな)」


 中学一年生の頃、河迅太乙こうじん たいいつ氏から仕事について言われていた。


“お前は前に話したように体格も良いし気合い入ってっから、いつでも俺ん所に働きに来い”


 その事を思い出し、深夜にもかかわらず電話一本入れず急いで河迅家へと一人で駆け込みに向かった。




 汗だくで到着し何回かインターホンを鳴らすと、豪地ごうじの母親が応答した。


『はい、河迅ですけど』


「すみません夜遅くに! 束岡真也です、大事な話があるので入れていただけませんか!?」


『あら真也君? 良いわ、どうぞ入って』


「すみません、お邪魔します!!」


 速やかに中へ入れてもらい、真っ直ぐと太乙氏が座って待っているリビングに上がった。


「おう、どうした真也? こんな夜中に」


「あの……実はうち今ーー」


 真也が事情を1から説明し、時折僅かに驚いた表情を見せるも落ち着いた様子で相槌を打つ。


「ーーなるほど、事情は分かった」


「お願いです! 俺をそちらの企業で働かせてください!! 夏休み、冬休み、他の休みも全部使って頑張って働きますのでどうかお願いしますッッ!!」


 真也は必死に頭を下げ、太乙氏はニヤついた顔でゆっくりと口を開く。


「お前なら大歓迎だ~、お前なら18歳で通るわ」


「ありがとうございます!! 全力で頑張ります!!」


 真也は鍛え上げられた体格で相当な老け顔な為、中学生にして同学年や教育実習に来た人に自分が何歳に見えるか聞くと大体いつも23歳と言われていた。


「分かった、しかしなぁ……」


 太乙氏は下顎を指でなぞる。


「今回人が足りねぇんだ、若い衆が足りねぇんだよなぁ……ーーお、丁度良いや」


 真也を見つめながら少し考え、ふと思い立った太乙氏は手元の内線受話器を持ち上げ耳にかざし、自室で寝ている息子の豪地ごうじを叩き起こす。


『はぁ~……なんだよ親父』


「起きろ、さっさと下降りてこい来い」


 ガチャッ!!



 有無を言わさず受話器を戻し、豪地が降りてくるのを二人で待った。


「なんだよこんな時間に……」


「座れ……」


 まるでこれから説教が始まるかのような重苦しい声のトーンで豪地を椅子に座らせる。 


「真也が俺の現場に来るらしいから、お前も一緒に倅も来ーー」


「嫌だ!! 嫌だ嫌だ嫌だァアアッッ!!」


 豪地は重い瞼を見開いて顔を思いっきり左右へ揺さぶり、泣きじゃくるように全身震わせて拒絶する。


「うるせぇ」


「(うわぁ、そんなヤバい現場なのか)」


 豪地が条件反射で拒否するのは、中学1年の頃から日頃日曜日など人手不足で駆り出される時にタダ働きさせられているからだ。


「拒否権は無い……強制連行だ」


「嫌だ嫌だ……嫌だぁああぁあぁああ!!」


 夜遅くにも関わらず断末魔のような声が室内に響き渡る。


「今回は真也にちゃんとした給料出すし、お前にも同じ分だけ出す。それにお前このままコイツに差をつけられたままでいいのか? コイツが現場に出たら更に差ぁ開くぞ?」


 その冗長した挑発にまんまと乗せられた豪地はあっさりと承諾する。


「わ~ったよ……やるよッッ!!!」


「うし、んじゃ二人ともちゃんと現場来いよ?」


「はい! あと俺、人手にもう一人心当たりあるんですけど、そいつ老け顔でガタい良いし気合い入ってるんでどうですか?」


「もちろん歓迎だ、3人で一緒に来い」


 後日、真也は14歳であるものの十分罷まかり通るということで18歳として登録してもらい、創と豪地と3人で夏休み全日使って就労に励む地獄の修行が始まった。


ーーー

ーー


 そうして真也達は従業員およそ40人の中に戦力として加わり、一番目、二番目、三番目に偉い人も全員現場に出る大仕事へ取り掛かることになった。太乙氏はその今回の仕事について話すが、太乙氏は冗談交えた口振りなので真也もツッコミに回らざるを得ない。


「今回の仕事はよぉ……2年かかんだよ」


「……、はい~ぃイイイ!? に、2年って、え……どういうことっすか!?」


「2年だよ……」


「いやだから、2年なのは分かってますけど! 今聞いたじゃないっすか2年かかるって……現場は何処なんですか?」


「横浜、知ってっか……?」


「横浜知らない奴いませんよ!」


「横浜知ってんだろ……、横浜の国際展示場だぁ~! 今2号館を造ってんだ俺ら」


 ミーティングを終えて現場へ行き、太乙氏が真也へ最初に割り振る仕事はもちろん雑用。


「まずは手元からの修行、荷物運びぃ……」


 真夏の炎天下、床が全部鉄板張りで蒸し焼き状態の為彼らの体感気温は45度以上に及ぶ。A~E工区の5つに分かれて熊飼組くまがいぐみ、竹中工務店、清水建設、大成建設といった大手の企業がJV(Joint ventureの略。複数の異なる企業等が共同で事業を行う組織で、共同企業体とも言う)として参加して大規模の建設に取りかかっていた。

 真也、創、豪地が現場に取り組む最初のうちは理不尽な事が多々起きた。荷物を運んでいる最中に色々な物が落ちてくる中で“走れ、休むな、座るな、しゃがむな”と一時の休息も与えられず、ひたすら使いっ走らされて体内の消化未満な吐瀉物を撒き散らしながら死に物狂いで延々と往復させられる。


「これは……やべぇ……なぁ、お前があんだけ嫌がってた……はぁ、理由が分かったよ」


「だから嫌だったんだよー!! はぁ”~、これで分かっただろ? 使いっぱしりはこうなんだよ……」


「っはは、これが鳶の世界ってやつかーー」


「ウ”ォエェエエエェッッ!!」


「おい、だっせぇな創ェ~……だらしねぇぞオラァ!!」


「へばってんじゃねぇぞゴラァ!!」


 その挑発的な威勢を放つ二人も数分後には吐瀉物を撒き散らし、ふらふらと汗だくになりながら息を切らして死ぬもの狂いで走り込むのであった。


 3人は同級生の友人ともあって切磋琢磨に競い合うことで、追い越さぬよう目を充血させながら高め合っていく。そうして“ここでやっていけば人間を越えられる“と確信していた。そう思わざるを得ない程追い込まれたのもあるが、確実に身心の強靭さを鍛えられていると嫌でも実感したからである。

 その中でも特に支えになっていたのが、一緒に現場で働いている中よく手元につけてもらっていた先輩達であった。その先輩達は真也達が小学生の頃に河迅家でバーベキューした時一緒に居た人達だった。

 そして現場で働いている中で判明し驚いたのは、彼らがとある殺人部隊の初代、二代目、三代目であったことだ。国籍は日本だが、日本人ではない在日の異国人で構成されたチャイニーズマフィアという凶悪組織だ。

 周囲の情報を知れば知る程、その屈強かつ恐ろしい連中をたった一人で纏め上げていた河迅太乙氏の存在がどれほど凄まじい人間なのかと真也は痛感させられる。


 真也達に土日や祝日休みは基本的に無く、中学生とはいえ雇ってもらうため気合い込めて志願した手前で邪引こうが熱出ようが太乙氏から直々に仕事の電話がかかってくる。


『ーー明日○時に来い』


 そう一言だけ告げられ、言い訳する間も無く一方的に通話を切られるのだ。


 彼らが今回の仕事において行う作業は、用意された2頭の巨大なタワークレーンが協力しA~Eの5工区分でそれら各1箇所しか無い搬入口を使って何処にでも運べる状況を作る。この打ち合わせを早朝にやっておくことである。


「本日、鳶、○時○分、資材搬入があります」


 といった打ち合わせの確認を毎回行うのだが、何故かそのクレーンが使えないトラブルが多々起きる。そうして搬入手段が断たれた時どうするか、考える間も無く太乙氏から真也、創、豪地に言い渡される。


「おい、お前ら手で運んでこい……」


「て、手で……手でぇええええッッ!!? 1km以上走るんすか……」


 トラブルが起きる度に必ずこういった無茶振りをさせられるのだが、修行だと割り切って真也達3人は血反吐を吐きながら1枚10kgの板を5枚担いで何百枚、5mパイプと4mパイプを何百本と手で担いで何度も往復し運んでいくのであった。

 しかし、そういった厳しい仕事の中にも彼らにとって面白い出来事が多々あり、真っ当に仕事をする一方でふざける時はふざけるといったメリハリがきっちりとされていた。その中で最もふざけていたのが、太乙氏が携える中のナンバー1から3の3名である。

 その所業とは、まず600人いる現場の偉い人間にも関わらず朝礼に出席しない。そして3人は早朝から終業の17時まで一日中、詰め所で花札で遊んでいるのだ。しかし、監督の連中はそれに対し何も言えない。

 何故なら、太乙氏が若い頃に面倒見ていた人達が全員所長クラスになっていて、その人達の下が現場監督等に就いている上下関係が出来上がっているので誰も文句が言えないのである。

 そして花札のコイコイをやる為に、毎回4人目が選出され犠牲となるのだ。しかし真也達3人は18歳で通ったとはいえ事実上は中学生なのでそういった賭け事に選ばれなかった。


「あぁ、今日も犠牲者が決まったね……」


「今日はアイツが運の尽きだな」


 彼らが犠牲者と呼ぶのは、四人目に選ばれた者は確実にボロ負けして日給巻き上げられるからである。なので、生け贄以外の皆がそれを話のタネにして盛り上がるのだ。

 その他にも現場の休憩は一日に3回あり、午前10時に30分、昼に1時間、15時の30分と割り振られている。そして一服の時には必ず40人全員でジャンジュー(ジャンケンで負けた人が全員にジュースを奢るというゲームである)が始まる。休憩時間になって皆が詰め所に入った後、凄まじいオーラを放ちながら太乙氏やナンバー1~3が気合い入れて詰め所に入ってくる。


「お~疲れぇ……、うっしやるかぁ!」


「ちょっと待ってください! 俺ら金持ってないっすよ!?」


「そうですよ! 俺ら給料貰ってないんで金無いっす! なぁ?」


「貰ってねぇよなぁ~」


 仕事始めたばかりでまだ一度も給料を得ていない真也達3人は、当然そういったゲームに費やせる資金を持ち合わせていない。だが彼らの発言に構わず太乙氏は続ける。


「やるんだよ……」


「いや負けたら俺ら、払えないっすよ……!?」


「いいんだよ……やるんだよ……!」


「いやだから、払えないのにやれないでしょ~!!?」


 真也の大声で周囲が笑声に溢れ、ムードの流れに逆らえなかった3人は結局やらされる羽目になる。周囲の賑やかな雰囲気とは反対に3人の心の中は恐怖1色に染まり、急遽3人は寄り添って密談を始める。


「40人ってことは、一回負けたら4000円……」


「4000円ってお前……!? そんだけあったら何して遊べるよぉ!!?」


「一日いくら給料入のるか分かんねぇし……これ毎日3回やるんだろ?」


「3回とも負けたら12000円」


「……」


「……」


「……」


「……いや俺らが働いた何日分吹っ飛ぶんだよそれッッ!!!」



「ーーうぉ~し、いくぞお前ら! ジャン……! ケン……!!」



 汗水流して死ぬ気で働いた分が、たかがジャンケンで蒸発し泡となる可能性に真也達は全身が震え上がる。元からいる他の従業員でさえ、自販機の前に群がる皆が鬼のような形相で取り組む様に一層恐怖を増幅させられた。

 結果として3人はその月にそれぞれ真也と豪地は2回、創は3回負けてしまった。その分は後日、太乙氏が懐から4000円取り出して3人のうちの負けた方に支払われる。


「はい給料から天引き~」




 真也達は一日の厳しい仕事を終えた後、豪地ごうじと共に月曜、水曜、土曜の週3日は欠かさず道場に通っていた。そしてとある日、今後の在日学生の連中との大きな戦いになるということではじめも道場に入りたいと志願する。

 真也は日頃からダイサンでいつも仲間達に格闘技のイロハであるパンチの打ち方、重心の落とし方、蹴りの入れ方、蹴る時の腰の入れ方等をを教えていた。しかし、創は少し自信が無い様子であった。


「俺は、真也と何度も喧嘩してるしボコボコにされてるけど、あまりにも実力差があって今後の戦いに自信を失いかけてるんよね。どうしたら良いかな?」


 創は軽く笑いながら問いかける。


「じゃあお前俺ん所に入門するしかねぇだろぉ~、豪地もいるよ? 3人でやらねぇか?」


「あぁ、いいねそれ!」


「まぁ未だにね、豪地は一本も俺から取れていないからね? 中学入ってからずっと一緒にやってるけど、一本も取れてないからね? っはっはっは! それで悔しい思いをして乗り越えていけば、強くなれるよ絶対!」


「じゃあ一緒にやろうよ!」


 こうして夏休みからは創も加わり、3人での空手修行に励むことになった。



 それから創も通い始めるのだが、最初の内は喧嘩慣れしているせいで寸止めが出来ず、組手をする際に相手をボコす事にしか意識が回らなくなる。そして相手が血まみれになっても手を止めず、周囲がやめるように言っても聞かないので真也が説教し始める。


「お前、ふざけてやっているのか? ここは空手だ、喧嘩する場所じゃねぇんだ。ここは空手を習う場所なんだ、分かってんのか?」


「ごめん……、頭に血が昇っちゃって……パンチとか蹴り喰らうと、どうしても血ぃ昇っちゃうよね」


 創はサッカーのユースに選ばれる程に運動神経が良く飲み込みが早い為、石出師範から教わった真也に習う事もあって格段に成長していった。

 そして3人で習った武術をダイサンに集まる仲間に教えて、皆で筋トレしたりと戦線を控えた戦力の引き上げに日々を費やした。


「腕立て伏せ何回出来るか勝負だ! 負けた奴ジュースな~」


「いいぜ、やってやる!」


 筋トレの賭け勝負で盛り上がり、真也は無敗でいつも勝負の後はジュースを片手に持っていた。


 そうした地獄のような仕事や、道場での修行、ダイサンでの特訓の数々を休日無しで一ヶ月こなし、給料日に社長行きつけの居酒屋を貸し切られ食事会が行われた。そして社長である河迅氏から直接従業員の皆へ順番に手渡され、真也達3人が自分達の番が回って受け取る。

 すると、封筒のあまりの分厚さに驚愕し同時に疑念を抱く。


「(すっげぇ分厚いな……、まさかこれ千円札が敷き詰められてんのかな? 給料って千円札単位で渡されるもんなのかな~)」


 社長からの指示で皆が一斉に開封し、3人一緒に仲良く座っていた真也と創と豪地は互いをチラチラと見ながら封筒から一枚だけ手に取る。すると真也達は揃って目を丸くし、互いの表情を確かめ合うよう順番に目を合わせる。


「(……え、一万円!? え、まさかこれ……うわ、ウソだろ!?)」


「(これ全部一万円かよ!! やべぇ……何枚入ってんだこれ……)」


「(ジャンジューの12000円きっちり差し引かれてるけど、全然気にならないくらい入ってんなこれ……すげぇ)」



「お前ら明細ちゃんと見て中身確認しろよ~」


 太乙氏が従業員全員に向けて給料明細を確認を命じ、確認した真也達の手元の封筒にはなんと手取り30万円も入っていた。中学生にして初めての給料が30万円、そのあまりの大金さに内心躍動感が溢れて止まらない。

 そうして周囲もアルコールが回り始めて、危ない大人達は喧嘩を始めて店内が騒然となる。その盛り上がっている中へ、創が先輩達の分のビールを運んでくる。


「先輩、ビールお持ちしました!!」


「お~う、サンキュ」


 その後も創が座敷を何度も往復して先輩達のビールを運び入れ、順番に渡していく中で真也達が仕事に加わるまで一番下で働いていた一人の先輩の分を運んでくる。


「先輩、ビールお持ちしましーーあっ!!」


 すると座敷の一段上がった段差に躓いて、その先輩の頭に思いっきりビールを吹っ掛けてしまった。


「す、すみません!!」


「「「だっはっはっは!!!」」」


「……」


 従業員全員が笑いこけている中、ビールぶっかけられた先輩は一人だけ頭に血が昇って創に対しブチ切れる。その先輩は真也達が来るまでは真也達が体感した使いっぱしりをずっとやらされていて、仕事上の階級は真也達の1つ上になる。


「てめぇ……んのやろ外出ろぉ!!」


 その先輩が怒声を挙げると、賑やかな宴会の雰囲気をブチ壊されて血の気の多い先輩達が一斉に立ち上がる。


「てめぇ中坊に向かって何キレてんだゴラァ!!」


「二十歳越えた大人がガキに向かって吠えてんじゃねぇぞこの野郎ッッ!!」


「表出ろオラァ……!!」


 頭に血が昇った先輩達をナンバー3が掻き分けて、あたかも仲裁に入るかと思いきやビール頭の先輩の前に立ってミドルキックを咬し顎を割る。その様子に戦犯の創と、その近くにいた真也と豪地はその場で震え上がったまま身動きが取れず立ち尽くす。周囲が飲み食いしている中でビール頭の先輩の割れた顎がアルコール回ってたこともあり勢いよく血が吹き出て、食事の匂いに異臭が入り交じるよう上書きされる。


「ぅ”お”ぉ”ぅ”う”う”う”勘弁してくださいぃ……!」


「てめぇ誰に何したか分かってんのかゴラァ!!」


 血塗れでビール頭の先輩が髪を掴まれたまま先輩6人に外へと連れ出され、その様を恐怖に満ちた真也達はただ言葉を失い見送るしかなかった。


「(カンフー映画か何かかよ……)」


「(やべぇ……やべぇよ!)」


「(殺されるかと思った……)」


 連行された先輩は強引に壁に打ちつけられ、道路のど真ん中で他の仲間が両側に車を停めて通行止めする。そしてその真ん中で、身長190cmで丸太のような極太の腕をした先輩が延々とビール頭の先輩にボディブロー入れていく。

 それからビール頭の先輩がボロボロになった頃、いい加減やり過ぎということで太乙氏が自ら店を出て彼らの前に立って地響きのような静かで恐々しい声で指示を飛ばす。


「おいお前ら……、そろそろやめとけ?」


「「「はい!! さーせんした!!」」」


 その瞬間に彼らは一斉に引き締まった姿勢となり、口を揃えてハッキリと応答し頭を下げる。


「せっかくの給料日で食事会まで上げてくださってるのに、申し訳ございませんしたッッ!!」


 有名な殺人部隊でもある厳つい先輩達が揃って一人の人間に対し反射的にかしこまり、深々と謝罪して遮っていた車2台をを急いで退かせる。1人の人間が殺されかかっていた現場は太乙氏がたった一人その場に入って一言発しただけで収束し、一部始終を目の当たりにした真也達は夏休み最終日にして他者に対する恐れを失った。




 

 そうして在日学生の連中から奇襲を受けて三ヶ月、真也は仲間達とひたすら修行の合間に散開して連中を探し回っていたのだが、見つかるのは毎回後の祭りでやられた仲間の惨状しかその場に残っていない。


「くそっ……力だけつけてもこれじゃ意味がない! どうすりゃいいんだよ……!」


 特別教室に仲間と集まり深く思い詰めていると、真也は咄嗟にとある一人の仲間に思い当たった。


「……っ!? そうか、アイツなら朝鮮の奴等をおびき寄せられるかもしれねぇ!」


「ん、どいつだ?」


「悠也っつう口達者の奴だよ、そいつにちと頼んでくるわ」


「おう、俺も行くわ」


 真也は創と二人で、口達者という事で学年中で知られている悠也ゆうやという仲間に作戦を申し出た。


「なぁ悠也、ちと朝鮮人の奴等をおびき寄せる作戦があんだけど、請け負ってくれねぇか?」


「えぇ、良いですとも」


「悪いな、じゃあまずそこで喧嘩にならぬよう、“私は、あなた達と友達になりたいです”ってなことを低姿勢で言ってくれ。違う学校に偽ってな」


「了解、では探してきます」


「おう、頼んだぞ。何かあったらすぐ呼べよ」


 そう言って何日か過ぎ、悠也は何とかこぎつけることに成功した。連絡先の交換も出来たとの事を翌日、真也は報告を受ける。


「おし、奴等の尻尾を掴んだから、ヤるよ?」


 東京都足立区と荒川区の間にそびえる『荒川かせんじき』へ、人数揃えて朝鮮人の連中を待ち合わせることとなった。その場所を選んだ理由は、橋の下ならば警察に目をつけられないからである。

 真也の父親からの情報によると、相手は皆2つ歳上らしい。つまり中学を相手にするということは、こちら側にとっては高校生を相手にするようなものだということを忠告されていた。その為、人数集めただけでは勝ち目が無いと、真也は各中学でのかしらを集め、運動能力に長けた人を集中的に集めて戦略に必要な人員を割り当て始める。

 スパイ行動として悠也から横流ししてもらった情報によると、相手のボスの名前はキム・スマン。相手の連中は日本人に対して相当な敵対心を抱いているとの事。朝鮮では授業でテコンドーを習っている為、足技に長けている者が大勢いるらしい。

 そのテコンドーというのは、剛柔流空手と精通している所がある。というのも剛柔流空手は、中国のテコンドーを宮城長順みやぎ ちょうじゅん先生が改良して日本に広めた武術という一説が定かではないが存在する。


 真也達が選抜して集まったのは凡そ30人、対して相手は電話一本でパッと見50人が速攻で集まってきた。その人数差と召集力により、真也達は圧巻し小声で仲間達と話始める。


「これはやばいな……アイツ等みんな凶器持ってんぞ!?」


「マジかよ……こっち素手だぞ?」


 相手の朝鮮人達は、手に刃物やバットを握っていてこちらに凶器をチラつかせていた。しかし、真也達も全員が素手という訳ではない。

 関東中で知らぬ者がいない暴走族の連中が武器を携えて30人の中に加わっているのだ。しかし、彼らとて状況に応じて綿密に戦略を練らなければ勝ち目は無い。

 真也は先輩が前線でいがみ合っている間に、その背後で各々に役割を当てて戦術を練り始めた。



つづく

この度は10日ほど更新が遅れてしまい、申し訳ございませんでした……。

今回から残虐描写がまた1段と増していくので、ツギクル小説大賞の応募事項「残虐的すぎる性的描写や暴力表現があった場合にエントリーを取り消す可能性があります」という項目を見かけて、不安だったので運営に問い合わせメールを送って待機してました。


しかし、419件もある応募作品を読み通している中で問い合わせメールを読んでいただけるかと言いますと、おそらく厳しいかと思います。

なので、確認メールを送ったということで更新を再開しました!


不定期更新ですが、今後とも宜しくお願いします

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