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先生とウサギパニック

 「いや、だからね。先生はウサギ、あんまり好きじゃないんだよ」

 「でも! ちょっとでいいので触ってみてくださいよ!」

 「いやだってば」

 「お願い!」

 

 先生は、嫌嫌!と、小山くんの腕の中の小さな生き物から逃れるため、身体をくねらせる。

 対する小山くんも、くねくねする先生をしつこく追い回す。

 「国語の教師でしょ!」

 小山くんのとおり、先生は国語の教師だが、それがウサギを触るのとなんの関係があるのだろうか。

 「わかったって、小山くんがウサギさん想いの良き少年だということはわかった。だから、そのふわふわを僕に近づけてこないでくれぇ」


 年甲斐もなく涙目の先生に助け舟を出すべく、私は不満げな顔をしている小山くんに近づいた。

 

 「こんにちは、小山くん、先生。こんなところで奇遇ですね」


 「これはこれは、………」

 私は、先生が次の言葉を紡ぐのを待つが、先生は口をあんぐりと開けたまま動かない。

 

 「キムラです」


 「そうそう! キムラさんだ! こんにちは!」

 満面の笑みで私をウェルカムする先生だが、私の目は誤魔化せない。そんなに私の名前、覚えにくいかな。

 まあいいや。キムラはそんなに小さいことにこだわる器の小さい人間ではない。

 にっこりと笑顔を顔に貼り付けると、「なにをしていたんですか」と話しかけた。


 「小山くんがさぁ、ウサギさんを触れってしつこいんだよぉ、もう先生困っててさ!」

 「だって可愛いのに。キムラさん、触ってみる?」


 小山君にコクリと頷いて、小さなふわふわに手を伸ばす。

 確かに、私に触られてプルプルするウサギはそこら辺のアイドルより可愛かった。これに触るのを拒否る人は精神が疑われるな。特に先生とか。

 「可愛いわね」

 「うん! でしょう!」

 自分を褒められたかのように顔を綻ばせる小山くん。うん、小山くんも十分可愛いわよ。


 「でも、これを先生は拒んで… ほら、ペロちゃんも寂しそうですよ」

 ペロちゃんというのが、ウサギの名前らしい。ウサギは、寂しいと死んでしまうと聞いたことがある。先生がペロちゃんに触らなくて、ペロちゃんが寂しさのあまり… なんてことになったら、この人はどう責任をとるつもりなのだろうか。


 「じゃあ、逆になんでペロちゃんに触れたくないんですか」

 完全に小山くんサイドにまわった私は先生に問う。


 この質問に、今まで怪訝そうに顔を顰めていた先生が、うーんと唸りだした。

 「なんでだろうねぇ」

 「なんでですか」


 「そうだ! 思い出した。ねえ、先生のお話、ちょっと聞いてくれない?」

 顔を見合わせる、私と小山くん。

 私がコクリと頷くと、小山くんもつられたように頷いた。

 嬉しそうに頬を緩めると、先生の口が開いた。



◇◆◇


 まだ先生が小学生の頃だよ。数十年も前だから、すっかり忘れていたんだけどね。キムラさんに質問されて思い出したよ。

 先生の通っていた小学校もね、ウサギさんを飼っていたんだ。こんな立派な飼育小屋じゃなくてもっとボロボロで、鍵なんてなくても扉の開け閉めができたんだ。それでも、結構な力が必要でね。

 当時、小学3年生だった先生は、どうしても鍵なしで開け閉めをしてみたかったんだ。

 そのために、週に3回、空手教室に通っていたよ。

 あはは、そうだよね。誰が飼育小屋を鍵なしで開け閉めできるぐらいの力が欲しくて空手教室に通うかってね。

 それでも先生は本気だったんだ。これまでにないってぐらい、真剣に空手教室に通っていたよ。


 ある日、飼育係の目を見計らって、飼育小屋に近づいたんだ。大分、力はついてきたんじゃないかって思っていたから、少しだけ試してみたくなってね。

 それで、グッと力を扉に込めて押したら、なんとすぐ開いちゃって。拍子抜けしたよ。

 そのぐらい先生に力がついていたのか、その時だけ扉の建付けが弱くなっていたのか、それは今となってはわからないけど。

 頑張った甲斐があったんだ!先生は大喜びして、舞い上がっていたんだ。

 それで、少し魔が差しちゃって。


 そうだよ。飼育小屋で眠っていたウサギさんをパーカーの中に隠して誘拐しちゃったんだ。

 まあ、その時はウサギさんは一番大好きな動物だったといっても過言ではなかったしね。あのウサギさんの名前は確か… そうだ、フクちゃんだ。

 

 フクちゃんをパーカーの中に隠して逃走した先生は、一目散に家に走って、自分の部屋に放ったんだ。

 ああ、僕の家は両親共に働いていてね、家には一つ下の弟と二人っきりだった。弟は先生にあまり興味がなかったから、パーカーの膨らみには気がつかなかったんだろうね。

 それで、先生の部屋をぴょこぴょこしていたフクちゃんと、しばらく遊んでね。うん。それはそれは楽しくて幸せなひと時だったよ。

 学校にいるときは、飼育係しかフクちゃんに触れることはできなかったし、フクちゃんは人気者だったから、いつもみんなに囲まれていて、二人っきりになれたことがなかったんだ。

 独占欲を満たしたかったんだね。

 

 しばらく遊んでいたんだけど、空手教室に行く時間が来てしまって。もう、目標は達成したから別にサボってしまっても良かったんだけど、わざわざお母さんがお金を支払ってくれているから、行かなきゃって思って。

 そうそう、変なところはしっかり者なんだよ。


 フクちゃんを一匹にさせておくのは忍びなかったんだけど、かといって空手教室に連れていくこともできないし、ウトウトし始めたフクちゃんを毛布の上にのせてあげて、部屋に置いて行ったんだ。

 その時に、宿題をしていた弟に、「絶対、お兄ちゃんの部屋を開けちゃダメ」って言っておいたんだけど、部屋を開けちゃったみたいで。開いていた窓からぴょこんと外に飛び出していなくなっちゃったって、空手教室から帰ってきた先生にぶっきらぼうに言ったんだ。


 半べそをかきながら外に飛び出していった先生は、フクちゃんの名前を叫びながら近所中を探し回ったんだけど、見つからない。学校中のアイドル、フクちゃんを外に逃がしてしまった。それで、先生はものすごく焦ったんだ。

 どうすればいいのか。小学生の灰色の脳細胞をフルに働かせて、たどりついた答えが、『リコーダー』。

 学校の飼育小屋は音楽室のすぐ隣だった。だから、よくリコーダーの音が飼育小屋まで届いていた。リコーダーを吹きながらフクちゃんを探したら出てくるんじゃあないかなって思ったんだ。

 正直に学校の先生に話す?ははっ、僕はそんなに素直じゃないよ。

 

 兎に角、一度家に戻った先生はリコーダーをひっぱりだして、全力で吹きながら近所中を駆け回った。奇妙な小学生だよ。

 んで、後に近所から苦情が来て、こっぴどく叱られたのがトラウマになって、ウサギさんが苦手になっちゃった。

 

 あ、結局、フクちゃんは見つかったよ。先生のすぐ家の前をぴょんぴょんしていたところを地域の人に保護されたらしい。学校から逃げ出したんだろう、ってことになってたからなにも言わなかったけどね。


 キムラさんも、小山君も、素直になることだよ。人間、正直者が救われるんだから。


◇◆◇


 「先生、フクちゃんが可哀そうです」

 小山君が、唇を尖らせる。私も激しく同意。なにをやらかしているんだ、幼少期の先生。

 「いやー、若気の至りだよぉ」

 全く悪びれる様子もない先生に、小山君が、ペロちゃんをグイグイと近づける。

 きゃあきゃあ叫んで飛び回る先生。

 それでもしつこく追い回す小山君に、「わかったから。許して、許して!」とペロちゃんに手を伸ばす。

 「うぎゃあ!!」

 ペロちゃんの耳に少し触れるも、くすぐったそうにフルフルと頭を動かしたペロちゃんにビビる先生。

 情けない叫び声をあげて、その場にしりもちをついてしまった。

 おもちゃを取り上げられた子供のような、今にも泣き出しそうな顔をする。

 

 「キムラさん、びっくりして、腰、やっちゃった…」

 「「えぇ?!」」 

 

 私と小山君の叫び声が、ペロちゃんの耳をピクリとさせた。

キムラメモ:

人間は正直者が一番。


先生は、腰に爆弾を抱えている。

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