桑の葉の七変化
桑の葉の七変化
堀田耕介
私が小田原の高校に勤務していた頃の話である。
校内はどこも禁煙である。だから喫煙するときは、正門を出て喫煙するか、裏門を出て喫煙するか、いずれかになる。裏門を出ると、大きな駐車場がある。小田原競輪の駐車場である。その駐車場のむこうには、競輪場も見える。階段を下りるとそこは学校の敷地外となる。階段の両脇には、草や灌木がうっそうとしている。
ある日、裏門を出て喫煙しようと思ったらそこに男子高校生が一人、ポツンと立っていた。
私は何気なく声をかける。
「どうしたのですか」
「ええ、教室にいると本当に疲れてしまって・・・・・・・」
「そうだね。生徒にも、いろいろな子がいるからね」
「僕は集団には適さない性格かも知れないと思うことがあります」
「なるほど・・・・・・」
「ええ、・・・・・・・・」
ふと見ると灌木の中に桑の木が育っている。恐らく、昔は農家の人が蚕を飼っていたのだろう。
「君、ここに桑の木があるだろう。よく見て御覧」
と私は桑の木を指さす。
生徒は桑の木を眺めている。
「何か、気付いた事でもあるかい」
「・・・・・・・・・」
「葉っぱをよく見て御覧」
「・・・・・・・・・」
「よく見ると、たくさんの葉っぱがついているけれど、その葉っぱの形が一枚一枚違うだろう」
「あっ、本当だ」
「そう、桑の葉はよく見ると一枚一枚が違うのだよ」
いわゆる桑の葉の七変化である。
「それは、生徒の、いや、人間の個性と同じようなものだね」
「・・・・・・・・」
「君のそういう性格も立派な個性なんだ」
遠くの方でチャイムが鳴る音が聞こえる。
生徒は、
「有難うございました」と言って急いで教室に戻って行った。
桑の葉の七変化
私には、その生徒が、明るい表情をしているような気がした。