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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなたとひとつになりたいと願うことが罪

作者: 針と糸

 城が燃えている。城下はすでに蹂躙されはじめ、まもなく王の居室がある廊下へと辿り着くところであった。王の安否だけが気になり、周囲への警戒を怠った一瞬の隙に背後をとられる。背後から飛びかかる影を蹴り上げ、その顔を見固まった瞬間に腹に一撃をくらった。そのまま一歩離れた男を見、腹を押さえる。


「な・・・・ぜ? 」


 口からあふれ出る命が白を基調とした長布を染めていく。腹心であり、性別を越えた無二の親友であると信じていた男の手には誓いの証として渡した短剣が握られていた。燃え上がる火と同じように紅に染まるそれは、男の手を汚し浸食している。

 無音であるような錯覚は、直後つんざくような女の叫びを筆頭に至る所から聞こえる敵国訛りの言葉が現状の最悪な結末を教えているようだった。


「あなたがっあなたが悪いのです!私以外を見つめるから!!!私以外のものになろうとするから」


 握りしめている短剣からぽたりと滴が落ちて行く。まるで私の激情を抑えていくように。腹から感じる熱が徐々に抜けていき、それと比例するように頭が冷静になっていく。


「お前は…わたしっに…何を望んでいた? 」


 むせかえるほどの嗅ぎなれた臭いは、ここが戦場ではないのかと錯覚させるほどだった。


「私だけを見つめて欲しかった。私のものになって欲しかった。私だけの花に」


 あぁそうか。気づかなくてすまない。そんな風に思ってくれているとすら気づかなかった。ありがとう。そう言うには、男の瞳は狂い光を失ってしまっていた。こんな死ぬ間際にあっても、そんなふうに思えてしまっている自分の愚かさに笑えてきた。

 王の娘として産まれながらも生母の地位の低さから疎まれ、虐待を受けたために美しかった生母に似た顔に傷を負い、姫としての価値すらもなくした私にそんな感情を持ってくれる者がいてくれるなんて想像すらしていなかったから。


「あぁこれでもう不安に思う必要などないのですね」


 男の笑顔があまりに眩しくて、力の入らなくなった足を叱咤して男へと近づいていく。もたつく足はなかなか前へと進んではくれない。ほんの手を伸ばせば触れられる距離だというのに、それは遥か遠くに感じられた。


「カリーナ様。我が絶対の主。私の生きる全て。あなた様が奪われてしまうのならいっそ私の手でと」


 狂ったように笑いだす男は、一度たりともこちらから視線を外さない。私が差し出した男のように節くれだった手を差し伸べても、それを受け止めてはくれない。

 この国で、この城で生きていくために姫としての価値がなくなった私にただ一つ残されていた才能。それが開花したのが十の頃。それからは戦と剣術と魔術の鍛錬と戦に塗れた人生だった。あの時に出会った頃の男は私と同じだけの戦場を経て生きている。あの屍の山を築き、それでも狂わずにいられたのはお前のおかげだというのに。そのお前が、私のせいで狂うなんてなんて滑稽なんだろうか。


「私はどこにも…かはっ…行かないというのに」


「嘘だ嘘だ嘘だ!!姫が婚姻し隣国との約定に含まれていると王太子様にお伺いいたしました!!」


「はっはははは」


 笑うしかできない。

 王太子は私を妹と認めていないというのに。それに、先の戦いで多くの敵国人を屠り片目を潰された女が花嫁になど選ばれるものか。おそらくは姉の誰かであったのだろう。血を見たこともなく、ただ美しく存在していれば良いとされている、人を人とも思えない頭の空っぽの姉姫たちの誰かが。


 とうとう足に力が入らなくなり、縋りつくように男の足元に転がる。それでも男は手を差し伸べてはくれない。


「なにを笑っているのですか」


「愚か…だ…な。それは…わた…しでは…ない…」


 ひゅーひゅーと喉から息が漏れた。

 喉に詰まった血が苦しい。


「王太子様は確かにあなただと」


「担がれ…た…のだろ…」


 手の感覚も無くなり、視線だけを男に向ける。

 刺すような、探るような視線を受ける。その間際まで疑われていると思えば、そこから感じられる深い底のない愛情を感じて自然と口角が上がるのを感じた。あれほどまでに冷静沈着で、あわてた様子すらも見たこともない鉄仮面というのに相応しい男がこうも愚かになり果てるとは。


「ならっ…私はなんてことを」


 冷えて行く手をようやく男が握ってくれた。その手は何度も触れたことがあって、確かに知っているはずなのに、嬉しくて握りしめた。


「カリーナ様」


「カリーナ様? 」


「生きろ」


 一番残酷な言葉を男に吐きつける。

 それがこの男に一番辛い苦難を味あわせるとわかっていても、言わずにはいられなかった。命の灯が消えてしまう前に、この男を逃がさねばと。

 そして、そこではじめて気づいた。自身の気持ちに。

 視界が暗闇に染まっていく。

 意識が途切れるまでこの男を見ていたい。最後の最後まで足掻くように見つめていたい。


『呪われろ、私が再びこの世に生まれお前を殺すまで生き抜け』


 この国に生を受け神に選ばれた王族が唯一度だけ心から願い叶えられる言葉。王に認められず兄弟に虐げられ続けていたがために、誰も気づくことの無かった神の子の証。神の加護を一身に受けるはずだった壊れてしまった器の子。


「それは呪いですらない…」


 意識が消えていく。

 黒で塗りつぶされていく。

 冷たい寒い。

 抱きあげられたような気がした。

 ものごころついた頃から一度もされたことのないぬくもりを感じた気がした。



『その願い叶えよう。我が愛しい子よ』













 男は愛してしまった女を腕に閉じ込めて城から逃げ出した。

 はじめから計画された薄暗く明りのない逃げ道を辿り、男がつけた最後の傷以外もう二度と女を傷つけないように慎重に運ぶ。


「呪いをありがとうカリーナ様」


 その瞳は正しく狂っていた。

 女は知らなかった。男が、女こそが神の子であると気づいていたことを。

 そして、それすらを知った上で王太子の言葉を信じ国を焼き払ったことを。


「神と分け合うなど、許せないだろう?これからの生の全ては私のものだ。死しても次の輪廻にすぐに入り、私の元へと帰ってくる。何て甘美で幸せなんだろうか」


 女の性格など熟知していた。

 そう、正攻法で攻めていけば結ばれることができたであろうこともわかってはいた。それだけでは足りなかっただけだ。全ての時を、永遠に続く牢獄を自分のために作り上げたかった。それが前世で女を追いかけて死に、今生でも見つけてしまった男の望みだった。どうせ失ってしまうのなら巡る生と死を一緒にと。

 亡骸は一欠片も余すことなく自身の血肉へと。

 呪いは食を不要とした。

 呪いは排泄を不要とした。

 呪いは成長を不要とした。

 呪いは死を不要とした。


 男は狂いながら女が再び生まれ来るのを待っている。

 幾度も幾度も幾度も、女に殺されるその日まで。

 そして女は幾度も廻り合う、男を殺せぬままに。


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