無人駅
「アッチィー!」
真夏の太陽が最大限その熱を与えてくる昼ごろに、4人の男女がさびれた無人駅から出てきた。
「ねぇ、アキ。ほんとに撮るの?ってか行くの?私行きたくないんだけど」
アチィアチィと見るからに暑そうに襟元をはためかせている青年に木下ゆき美が不安そうに聞いた。
「あったりめぇだろ?なんのためにここまで来たんだよ。今さら怖気づいてんのか?お前だってこのまま訳わかんない思い出のせいで帰りづらいのは嫌だろ?」
「嫌だけど、さ」
サングラスを額まであげて、あからさまに面倒くさそうな顔をする林道明弘の顔から自分の抱えるカメラ機材へと視線を移して、ゆき美は言葉を区切った。フレームカバーを見つめたまま何を言おうか迷う。どうすれば撮影を諦めさせられるか。
「でも、もしあそこに行って、もっかいカゴメ唄してまた誰か居なくなったら?またそいつのこと忘れちゃうかもしれないじゃないの。居たはずなのにいなかった事になったらって、怖いって、どうしようって考えないの?」
「考えてるって!だからカメラで撮るんだろ。居なくなる前後もカメラで撮っときゃ証拠に残るだろ。面白い画が撮れそうじゃね。な、ヒデ」
「興味深くはあるよね。どうやって人が消えるのか。カメラに何が映るのか。そもそも本当に何かが起こるのか」
アキとは異なり涼し気な顔で長谷部秀が返事をした。薄青に朝顔が描かれたうちわで自分だけあおいでいる。ゆき美はうちわを羨ましそうに見やってから先程からずっと座り込んでる伏見渚に同意を求めることにした。
「渚ちゃんは?渚ちゃんは怖いよね?」
もう渚しかいない。同じ女子ならこの気持ちをわかってくれるに違いない。ゆき美は祈るような気持ちで渚をみた。生成りブラウスに淡いパステルカラーのカットソー、スケ感のあるマキシスカートにキラキラビジューのついたサンダルと女子力をてんこ盛りにした男ウケのいい格好をした大学1年ピッチピチのこの子なら、怖い!帰ろう?という言葉が期待できるに違いない。
しかし、せっかく綺麗なスカートなのにコンクリートの上とはいえ地べたに座っていいのかこいつ…汚れるぞ。昨夜の飲み明かしで疲れてるんだろうけどさ。可愛いのに勿体無い。そうだよ、みんな疲れてるんだし
渚の返事を待ちながらゆき美はとりとめのないことを考え始めていた。疲れに暑さと湿気で朦朧としているのかもしれない。そうだ。暑いし、眠いし、疲れてる。こんなことはやめて引き返そう。今からなら現地解散したサークルメンバーと合流できるだろう。
「渚ちゃん?」
はやく帰ろう、と声を掛けようとして、ゆき美は渚が手に持っているものに気がついた。改札脇に置いてあった観光パンフレットだ。こんな僻地で観光なんて誰がするんだ、見るものなんてないだろうにと思ってゆき美は取らなかった。そもそもここ地元だし。
「何見てんだ?つか、それ手書き感溢れすぎじゃね?」
「ほんとだ。カフェの写真は凄くいい感じに撮れてるのに、説明文と地図は手書きみたいだね」
アキとヒデが渚の手元を覗きこんで言った。図体のでかい男二人のせいで見えない。カフェ?そんな洒落たのこの町にあったっけ。まーいいや、利用させてもらおう。
「ね、ねぇ!いま思い出したんだけどさ!私、神社の場所覚えてないわ!」
「はぁ?おま、場所分かんなかったら撮影できねぇだろ!ここまで来たのに手ぶらかよ!」
「へぇ、本当に覚えてないの?ただ行きたくないから忘れたふりしてるんじゃない?」
「あってめ!そういうことか!?」
アキとヒデが呆れと疑いの眼でゆき美を見てきたが、こっちは引くつもりなんてない。行かずに済むためならお金だって惜しまない。
「ほんとだよーごめんごめーん。代わりにさ、ほら、そこに載ってるカフェ行ってみようよ。お詫びに奢っちゃうから!」
顔の前で手を合わせて、片目をつぶり上目遣いで二人を見る。普段しないことをすると羞恥心と財布へのダメージがキツイ。
「おごり…」
奢るという言葉を耳にして渚が立ちあがった。
「『季節の彩り 山菜と新鮮な野菜の和風パスタ』ランチセット、『採れたてトマト、ナス、水牛のモッツァレラチーズを使ったアラビアータ フレッシュバシル添え』、『甘タマネギと自家製ロースハムのサラダ 自家製キャロットドレッシングとともに』、『地鶏のハーブ焼き』、『完熟ドリアンのフレッシュジュース』」
いやいや頼み過ぎでしょ。その身体のどこに入るのよ!?
「お、おなか空いてたのね」
「とても。あついし、昨日はお酒メインだったから、ごはん少なくて」
「飲み放題だったもんね。食事はコースで追加頼みづらかったし、お酒まだ飲めないものね」
それでよくついてくる気になったね。そして企画したやつのアホめ。今度〆とこう。
「あとデザートにレモンパイと本日のスペシャリテ珈琲」
ゆき美は財布が空になることを覚悟した。