⑤シロになった私
間違った死、そして、再び舞い戻ること
それは残酷すぎるもの
私は、それを知らなかった
―――
(あれ…?いない)
私が戻った現世 家には誰もいなかった。
橋を渡ったすぐに、パトカーの音のないサイレンの光が点滅していた。
にゃー
川の水面に映った姿で、私は自分がシロになったことに気が付く。猫として行動するのはいつもよりも身軽で、でも私はすぐに足を止めた。時刻は、さっきからそう長い時間はたっていないようで、暗い夜道の中に、パトカーと救急車の赤いランプは強烈に見えた。
――人だかりの奥。
お母さんがいた―――泣き叫んでいた。
お父さんがいた―――ストレチャーの隅に拳作り、暗く俯いていた。
お兄ちゃんがいた―――なんでだよと呟いて、ただ呆然としていた。
妹がいた―――私の体をたたいて泣いていた。
そして、幼馴染がいた。なんでいるのかわからないけれど、近づいてみると泣いていた。
私のために泣いてくれているの……?
「シロか…」
私を抱き上げて、彼はそのまま震える手で私を胸元に抱えあげた。
「こいつがいなくなるなんて、考えられない」
にゃー
私だってこんな風になるはずじゃなかった。
「ずっと一緒だと思ってた」
にゃー
幼馴染だもん、私もそう思ってた。
「なんか今日、いやな予感がしてこいつんち行ったんだ、そんとき電話がきた」
私はそっと自分自身を触った。肉球からの感触だったからわかりにくかったけど、温かみは失われていて、本当につめたかった。
本当に、私……死んじゃったん、だ。
にゃー
自分の死体を見る、なんてことできる人、きっと私くらいだね。
私は心の中で、ふっと、涙の代わりに笑みをこぼした。
「それでは、娘さんのご遺体の方は、こちらの方でお預かりします。検死などが済み次第速やかにお宅にお返しできるように最善を尽くしますので」
私の本当の体はひとまず警察に持っていかれるらしい。事故の処理とかいろいろあるみたいで、私はただそれを、幼馴染の腕の中で聞いていた。私はおさななじみのあいつに抱かれながら、家に帰った。
私のお母さんたちは私を彼に預けた、なんでだろう、と思いつつ、あいつに抱かれて帰る。
部屋に入った彼は静かにベッドにしゃがみこんだ。そして、ベッドをおもむろになぐるもんだから、びっくりして、私は彼に近づいてみた。
「にゃぁ?」
「くそっ」
びくっ
思わず体が強張ってしまう、こんな声初めて聞いた……低い、怖い―――大きい声。
「どうしてっ、あいつが死ぬんだよっ、どうしてっ」
……泣いてる。いつもは全然泣かないこいつが、私のために。
……単なる幼馴染のために泣いてくれてる。
いてもたってもいられなくなって、猫の私は、彼のひざに飛び乗った。顔をなめると、くすぐったそうに顔を歪めた。でも、その頬はすごくしょっぱくて、涙なんだと私はさらに悲しくなった。
ねぇ、泣かないでよ……
「俺は、どうしてあいつを守れなかったんだろう」
私は勝手にあそこにいただけ、どうして守れるのよ。
「俺がもし一緒にいてやったら…」
一緒にいる口実なんてないじゃん。
「俺の想いも知らずに死ぬなんて」
想いって何よ、私こそ無念すぎるわよ。
あんたのこと、好きだったのに。
「ちゃんと言ってれば良かった―――好きだって」
……にゃー……にゃ!?
どの言葉よりも、聞きたかった言葉が。
今、
死んで、
シロとなってから、
聞くことになるなんて。
私はいつ想像できただろう。
私は泣いた。赤ん坊のような泣き声を発しながら、彼の胸の中で鳴いた。猫も泣けるんだっていうくらい涙をこぼして泣いた。大好きなあいつも、私の体を強く痛いくらい抱きしめて、静かに肩を震わせていた。
悲しい、夜だった。