⑫少年は走った
――「えみ!!!!!」
[ゆうき]は、幼馴染の少女のペットの後を追いかけ、走っていた。
着いたのは川原で、追いかけていたはずの猫はもう姿が見えない。
代わりに死んだはずの彼女が、その死んだ場所で、たっているように、彼には見えた。
「……えみ、まさか、本当に……?」
後ろを振り向くその少女、泣きそうな顔でゆうきを見た。
少女は何も言わない。
ただ、ゆうきの、肉球スタンプにまみれた足を指差して、にこりとわらった。泣き笑いながらも、彼女らしい、満ち足りた笑顔を見て、彼はどういうことだよ、と叫ぶが、答えはなかった。
口だけが、動く。音のない、何かの言葉を紡ぎながら。
「(ばいばい、ありがとう、だいすきだったよ)」
逝かせてはいけないと、彼は河原に向かって駆け出す。いつも室内トレーニングで鍛えているはずの筋肉は、こんな時に限ってうまくは動いてくれず、近づく度にえみの姿は薄れていく。
――えみは、消えていく。掴もうと伸ばした手の先には……
何も残らない。
「…!!??」
何かの見間違いだったかのように、そこにあったのはいつもの川原だった。
上着もなく、長袖パーカーに半ズボンの出で立ちで走ってきた自分に気づき、ゆうきは河原に吹き荒れる寒風に身震いした。それでもゆうきは川の水が上がって来るぎりぎりの地点までおりていき、少女が死んだその場所を眺める。
そんな彼の視界に入ったのは、水面に映る自分の足だった。
「……これ、は?」
赤いスタンプは、ただ無作為に押されていたわけではなかった。
むしろ、それは足跡というよりも、人間の文字のようだ。
水面に映った足には、こうあった。
ゆうきへ
とつぜんだけど
ずっと、すきだった
しんじゃったけど
ずっとすきだったよ
いままで
ありがとう
この手紙に差出人はない。
しかしこれはまさしく、幼馴染の水泳少女の字体だった。
―――
ゆうきはまっすぐ家に帰った。それから母親にその話をすると、母親はおかしなことを言う。
彼女に猫のペットなんていなかった、と。
そしてそんな猫、家には1度もいたことがなかった、とも言った。
ゆうきだけだったのだ。
シロ、という猫の存在を覚えているのは。
とはいえど、彼は猫の存在を、確信している。
なぜならインクを拭いたティッシュに残されていたあの足跡は、紛れもなく猫のものだったのだから。
それに。
猫の肉球の跡は、しっかり彼の腕に残っていたから。