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Fluff Stuff  作者: むあ
12/15

⑪思い残したこと(2)






『思い残すことは、あと1個ですね』


 8日目の夜、私は神社の境内のお堂で一晩を過ごす。

 寒いからと、天使はわざわざ毛布を持ってきてくれた。


……人間の身体になっている間は、思ったよりも寒かったからとてもありがたい。


「あとは、シロとして、会うんだ」

『…そうですか。やっぱり、面と向かって話すのは、苦しいですか?』

「まーね」


 私は冷たいお堂の床の上で、腕を頭の下で組んで寝転がる。久々の、人間としての寝転がる感覚に、私は気づかない内に微笑んでいたようだ。頬に左手を当てると、あたたかみがあって、仮初の身体とは言っても、生きているのだと、実感した。





 お堂の扉は少しだけあけてある。

 寒いけれど、少しだけ、月夜が見えるのがいい。


「私として見る、最後の月夜だもんね」


 視界は、いつのまにか、ぼやけ、モザイク画と化していた。




『…すみません。本当にあなたには辛い思いをさせてしまっている』


 天使の声に、私は首を横に振った。それは違うのだから、ここは明確にしておかなければいけない。


「ねぇ天使さん、それ違うの」

『……どういう、ことですか?』

「私はね」






 むしろ、今、私は彼に感謝しているのだ。

 死んで、現世に戻ってきて、そして自分が過去になるのを見て。これが人の死んでいく過程なのだと分かり、どれだけ健康であって、日常を過ごすのが奇跡なのかを知ることができた。


「きっと」


 生まれ変われば、この短い日々を忘れてしまうかもしれない。

 しかし、私の魂は、そのことを、決して忘れないよ、きっと。


「ありがとうね、天使さん。本当に、こんな大切なことに気づけてよかった」

『……はい』


 私はゆっくり目を閉じた。

 頬に流れ落ちる生温かい水は、すぐに北風に乾かされてなくなった。






―――






 翌朝、私はお堂から、身軽になって飛び降りた。

 石段を4本の足で駆け下りて、まっさきにむかったのが、幼馴染の家。



 庭の倉庫から伝って、あいつの部屋に入ると、まだ寝ているようだった。休日だからって寝ぼけすぎだぞ、水泳少年。肉球ででこを触ってみたり、少しいたずらして、それから声にならない声で、ありがとう、と言った。



「ん…?」


 目が開きそうになって、あわててベッドから降りて様子を見る。すると、起き上がって私――シロの姿を見つけると、驚いている。既に私の家に帰っているはずの猫が、ひとりでに帰ってきたとなれば、それは当然驚くだろう。


「シロ、お前、ここから入ってきたのか?いつもあいつが使ってた道順で」

 にゃー


「…ほんと、考えられないくらい、お前はあいつみたいだな」

 にゃー?


 私は沈黙する彼のひざの上に手を置いた。





 ポン


 私の右手(右前足)についていたのはインク。買ってきた赤インクは、彼の部屋の中心にちょこんと鎮座するちゃぶ台の上に天使が置いてくれている。そんな私の肉球が膝に置かれれば、問答無用に、半ズボンのジャージだった彼のひざ小僧には、赤い肉球スタンプが付く。


 ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた



「え!?あ、おいっ……」


 そのまま勢いよく押し続け、私はあることを終えると インクをティッシュで拭いた。我ながら人間らしい拭き方だったように思う。綺麗にゴミ箱に、咥えて言って投げ捨てる。


 そして、失礼いたしました、とばかりに進入した窓から退室する。


「え。し、シロ?」


 にゃにゃにゃにゃー、にゃにゃにゃ

 にゃにゃにゃににゃっにゃにゃー







 ありがとう、ゆうき

 だいすきだったよ




 猫のまま私は外に飛び出した。身軽に塀の上を歩き、自宅の前の道路を通り、最後に自宅を見上げて啼く。


 にゃー







 目指すは自分が死んだ場所。雪もなくなったコンクリートの橋を渡って、烏摩神社の石段を見上げて、もう一啼き。それから車の往来が激しい道路を、タイミングをはかって横断し、草むらの中に落ち着いた。









 ―――そこには、天使が私を、待って立っていた。








『お迎えに、参りました。えみさん』


 わたし、相川えみは、猫の姿で静かにうなずいた。最期に、と天使は私をもとの姿に戻した。

 戻さなくたって良かったのに。




『今度は、幸せな人生を。どうか送ってください』

「…そりゃ当然。今度こそ、絶対ハッピーエンドで終わらせてあげる」



 笑ってみせると、天使は泣き笑いのような表情を浮かべそのまま手を差し伸べてきた。やっぱり、この天使は、話に聞いていたような天使らしくないな。心の中で思ったはずだったのに、それを読み取ったのか、天使は複雑な顔をして笑みを深めた。


 差し出された手をしばらく見つめた私は、迷わず天使の手をとった。








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