表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fluff Stuff  作者: むあ
11/15

⑩思い残したこと(1)



 8日目。





 天使との連絡で、神様が私の転生を許したという話を聞いた。私は無事、人間に生まれ変わることができるらしい。しかし、私はもう少しだけ、現世に、シロとしていることを望んでいた。


 理由は1つだけ。



 私はもう、本当に、自分の家族や親友や、大好きだった人に、あえなくなるのだ。どんな形であれ、彼らに恩返しをしたかった。

 だから私の2つ目の願い事は、1日だけ、別人でもいいから、人間となって家族や親友に、会いに行けるようにしてほしいということ。その願いはすぐにかなえられる。



 ――こうして私は住み慣れた自分の家のチャイムを鳴らしていた


「はい」


 出てきたのは妹、彼女の名前が喉からでそうになるのをこらえ、私はあくまでも冷静を装った。


「こんにちは。あの、私、亡くなったお姉さんの学校の友達で…お悔やみに…」

「あ、お姉ちゃんのですか?」

「はい」

「どうぞ、お入りください」



 住み慣れた家に、別人として入るのは緊張する。勝手知ったるがゆえに、ひとりでに歩きだしていきそうな仏間までの道を、あえて慎重に、妹の背中を見つめながら歩いた。

 人気(ひとけ)がなく、ひんやりとした仏壇にはもう、私の写真が飾られていた。たしかこの写真、夏休みにあいつの家族と、私の家族でキャンプにいったときに撮ったものだ。思い出は私の中で色あせることなく、しっかりと記憶として残っていた。


「お姉ちゃんは、どんな人だったんですか?」

「え?」


 私は妹に、口を開くとそう尋ねていた。


「あなたから見た彼女は、どんな人だったのかなって」

「……おねえちゃんは、おねえちゃんでした。ずっと、私があこがれていた水泳選手で、そして羨ましいぐらいシロになつかれていました」


 そんな、すごいお姉ちゃんだったかな……私。そこまで美化されても困る、と内心苦笑しつつ、話の続きを待った。


「正直言って、お姉ちゃんってあんまり言葉を発することってなくて。だけど、その分言葉にはいつも重みがあったんです」


 私は、妹にとって……そんな存在だったんだね。






「あの、お姉ちゃんは…学校ではどうだったんですか?」


 ……学校、か。私自身のことを私に聞かれても、返答に困ってしまうが、ひとまず差しあたりのない会話で済ませよう。



「彼女は、本当に水泳一直線でした。妹さんも、水泳をされてるんですよね?」

「はい」


 水泳は、妹に、やってもらいたい。大好きな妹にこそ、やってもらいたい。

 その思いを伝えるために、私は握りしめた拳と、異様な速度で鼓動する心の臓を落ち着かせつつ、そっと、呟くように言った。


「きっとあなたのお姉さんは、きっと妹さんに水泳をやっていってほしいとおもいますよ。水泳をしている妹さんのこと、いつも話してましたから」

「お姉ちゃんが、私のことを?」

「将来はきっと、いい選手になる。だから、あきらめないで」


 妹は、私の最後の言葉に、顔をあげた。驚いているのか、その顔にはあきらかに、困惑というか、戸惑いがうかがえる。



 しまった。

 私っぽい変な発言をしちゃった…




「…って、あなたのお姉さんだったら言ってたでしょうね」


 慌ててこう締めくくると、妹は納得したようにしきりにうなずいていた。

 言葉は、想いは――伝わったようだ。






「そうですよね、うん、がんばります!」


 彼女の瞳には、うっすら、涙が浮かんでいた。

 良かった……




 さよなら、(めい)……頑張って、ね。










 次に会うことにしたのは、親友だった。


「あの」

「はい?」


 親友は突然見知らぬ少女に話しかけられたことに、驚いていた。それも当然だろう。


「私あなたの亡くなったお友達の従姉なんです。ちょっと彼女のこと、話とか、できますか?」


 強引な理由付けだったけど、彼女は快く承諾してくれた。いつも、人懐っこい笑みで答えてくれる、彼女を見て涙が出そうになるのを必死に笑ってみせた。

 親友が働いている喫茶店のテーブルに、向き合って座る。ここで話をしようと提案したのは私だ、ここには多くの思い出が残っている。


 他愛もない世間話から、少しずつ、私の話に持っていく。

 そんな中で、ふと、親友はこんな言葉を漏らして、俯いた。



「私、あの子が死んだとき、一瞬安心しちゃったんです」

「……それは……どうして?」

「あ、でも、すぐに後悔した……私、なんて、馬鹿な気持ちを抱いちゃったんだろうって。好きな人の話をしながら、2人とも同じ人が好きなんだってお互いなんとなく感じてて、でも、あの子のほうが彼に近かったのに、全然告白なんてしようともしなかった。きっと私のためだったんですよね」



 知ってたよ、全部。ちゃんと、分かってるから。

 でも、それはあんたのためじゃない、自分が彼との関係を崩したくなかっただけだから。


「……あなたのことを、彼女から聞いてました」


 私は今の自分の思いを彼女に伝えた。私の言葉を、“従姉”の女性として。


「だから分かります……きっとあの子は、あなたのその気持ちを聞いたって怒ったりしないとおもいます。だって、結局死んだのはあの子であって、あなたではなくて。あなたは気持ちをその人に伝えられる。それなら、だからこそ!!あの子はきっと、あなたに、自分の気持ちに正直になってほしいんじゃないんでしょうか」


 別人として話すから、少しややこしい。けれど、彼女はちゃんとわかってくれたようだ。

 別れ際には笑顔で、私はあの子の永遠の親友です、って言ってくれた。





 私にとっても、君は永遠の親友だよ。――(しおり)






 それからお父さんとお母さん、そしておにいちゃんには、手紙を書くことにした。

 自分の家に忍び込んで、自分の部屋で便箋を手にして。お気に入りの、買ってもらったばっかりの万年筆を使って書くことにする。

 少し涙で滲んじゃった。



 でも、きっと、これで想いは伝わるから。

 天国からの手紙、とか言って大騒ぎしないといいけど。




【ありがとう】





 私はそう、一言だけ書いたそれを机の上に置いた状態で、足音を殺して、静かに家を出た。





 ありがとう、16年間

 大好きだよ

 みんな


 戻ってきたときは、

 どうして私ばかりこんな目に、とか

 このまま猫のままでもいいかな、とか

 そんなことを思った私も






 今は、前に進まなければいけない。そう、思っている。

 そう思わせてくれたのは、紛れもない、家族と、親友だ。









 ――思い残すは、あと、1つ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ