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由無し一家  作者: しめ村
39/43

レベルアップは少しずつ


 クエスト成功! 辺境大フントクイの巣穴を発見した!

 石×20 清水草×8 虫の抜け殻の粉×1 いい匂いのする糞×1 を手に入れた!


 うん、ちょっとノリで言ってみただけだ。

 今回の探検の成果を脳内で戦果報告風にまとめてみただけで、見るからにしょーもない取得物の数々は、初クエストを達成してギルドで報酬を受け取る気分になりきっていたわしを大いに満足させてくれたともさ。最初は草とか石とか、まあこんなもんだろうよ。

 予め正体がわかってたのは草の×8だけで、ウルリカが消毒に使えると言うので、乱獲にならん程度に摘んだ。

 なんとなく拾ってしまったものの正体がよくわかってない戦利品もあるので、確認がてら父ちゃんに報告したんだよ。

「この広い森で、一度の探索行で目星を付けてしまうとは大したものだ」

 父ちゃんはそう褒めてくれながら、わしが卓上に広げた取得物をざっと一瞥しただけで、それらが何なのか教えてくれた。

「フントクイが地上に出て間もないうちは、地中で掻き分けた様々なものが細かく砕かれてそれらを身にまとっている状態なのだ。こちらの宝石の原石もその一つだろう、磨けば光るぞ。こちらはキプラ石だな。王国北部が主な産出地で、家具や建造物の装飾に使われる。こちらの赤いのは粘土石の一種だ。本来は岩板状になっている。この内側から光っているのは魔法石という。色々と種類ごとの区分があるそうだが、詳しくは知らん。共通しているのは、時間の経過とともに凝縮された魔法が発散されていってやがては消えてしまうことだ。必要な時だけ魔法を取り出して磨り減らないようにするためには特別な加工が必要だったはずだが……しかし、石が多いな。ケイセイは石に興味があるのか?」

「興味はあります。鉱物は武器や防具の作成や改造の素材になると思うからです」

 というわしの持論は、この世界では何の根拠にもならない先入観に因る。

 父ちゃんは追及も笑いもしなかった。

「武具の精錬に使うという話は聞かないが、なんであれ試してみるのは悪くあるまい。石には石の心がある。信じて心をかけてやれば、思いもかけぬ潜在能力を発揮するかもしれないな」

 父ちゃんが言う通り、辺境大フントクイの巣穴付近には、地中深くから運ばれてきた見慣れない石がいっぱい転がっていた。正直もっと拾いたくて困ったくらいだ。

 キプラ石はモノトーンの縦縞が細かく入ったメタリックな光沢の石だ。宝石の原石というのも、くすんじゃいるが光に透かしてみればところどころ黄緑色に光ってるんで、なんかの合成にでも使えんじゃねーかと思ってつい拾ってしまったんだが、仮に何かの素材にできるとしても、極小じゃ焼け石に水だろう。粘土もなー……何に使うべ。魔法石というのは用途が多そうでいいな。宝石と並んで資金源になりそうだ。ただし加工手段を見つけないことにはどうしようもない。

「これは何だ?」

 虫の抜け殻は、どうにかこうにか蝉の見た目の特徴について説明し終わると、ジュジュという名前だとわかった。まだ小さい抜け殻を何の気なしに拾って、使い終わった油紙に包んでリュックの横ポケットに入れておいたら、そんなに気を遣った保存をしてなかったために最後には粉々になっていた。

「……虫の抜け殻などどうするつもりだったのだ?」

 改めて問われてみると、自分でもどうしたかったのか答えられない。

 ……うん、あれだな。

 道中よさげな透き通った石とかほんのり光ってる花とかがあったら、ついつい、今すぐ必要ってわけでもないのにそのうち役立つだろうと思い、役立たなくても持っておきたいし数はカンストさせておきたくなって拾っちまう、ゲームやったことのある人間ならば覚えのある心理ゆえだろうな。用途すらわからんもんをあれこれ拾って少ない荷物の容量を埋めていた自分に改めてびっくりだ。

 実際他の目的こなしながら十分な量の採取なんてできやしねえから、採取がしたい時にはそのつもりで荷物空けて目的地と対象物絞って行くっきゃねーんだよな。どーりで冒険ゲームにゃ採取専門のクエストなんてもんがあるわけだよ。

「これはタニュクの糞だな。珍しい霊獣だ」

 今回の戦利品の中で一番レアなのは糞×1だった。その筋では高級品らしい。じゃがわしにゃ役に立たん。

 糞も特定の分野では希少な素材になるらしいんだが、畑の肥やしくらいしか使い道思いつかんわしとウルリカと父ちゃん以外の特定の分野を齧っている唯一の人間であるねーちゃんも、『調べてみんことにゃどーしょーもねえ』とのたまったので、今回わしが拾ったもんのなかで、明確になんかの役に立つと判明したのは清水草だけだった。

 今んとこ薬草の知識に関しちゃ、ねーちゃんとウルリカのが上手だし、わしはそれ以外の分野を主に伸ばそうと思う。

 うっかり触って害になるものが混じってたら、ごっつ怒られただろうと気付いたのはその後だ。



 第一回遠征の帰還中から小川に真っ赤な花が混じり出して、流れ花の季節になった。

 次のダンジョンアタックの前に、すべきことは沢山ある。わしらにゃ実生活があっからの。

 そうでなくても、生活用水を得るために当番制の水汲みが日課に増え、時間的に厳しくなったんで、流れ花の季節が過ぎるまでは大人しく家の番をして過ごすしかなかったんである。

 忙しい父ちゃんに20日も任せっきりだった家を掃除して、家と畑周りの雑草むしって、植え付けて焼いて、布団と服を衣替えして。薫製まとめて作り置きとかもして。家の中なんざ、台所の火回りさえ埃がうっすら積もっててまともに使われた形跡ねえし備蓄食料も減ってねえように見えるんじゃが、父ちゃん何食って生きとったんじゃろ? 仕事先で男の料理かいな?

 しかし父ちゃんは忙しい合間に、これだけはと頼んであった生き物の諸事万端保ってくれとった。

 ビタとミンは隔離されていた。去年もそうだったが父ちゃんが判断してやったことなので、わしらも継続することにする。

 ミンの調子は良好のようだ。あと1、2ヶ月で生まれるかな? 次の子は間違っても使い魔にしないように気を付けねえと。てゆーか使い魔って複数持てんのけ?

 ねーちゃんは名付けのセンスは悪いが使い魔の誤爆誕はしなさそうなんだよなー。暴走癖持ちのくせに。わしと魔法の使い方が違うからだろうとはわかっちゃいるんだが、なんか納得がいかん。

 あんな名付けで使い魔になっちまったら生まれてきた仔ヤギがかわいそうだから、いいっちゃいいんだが。

 次にねーちゃんに動物の名付けを任せたら、ミネとラルとかにされちまいそうだ。



 さぁて、皆様御立ち会い。まずは、何も言わずに下記をご覧くだせえ。


名前・年齢/江見敬清(13) 

種族・所属/地球人・ヴォジュラ辺境の森中央区域第6地点管理人預かり

 レベル/22

 HP/16

 MP/44

 生命力/13

 魔力/25

 体力/14

 敏捷/14

 知力/12

魔法適正:有(超) 歪み軽減 特殊技能/魔法熟練補正


装備

 木刀(レスツル)/3 鋼のナイフ/5 仕込み杖(レスツル/ブラマング鉄)/3/7

 辺境熊の服/2 厚手の布の服/2 毛皮の服/1 籠手(レラボロス)/7 革の靴/2

技能・補正事項

剣/2 短剣/2 弓矢/1 格闘/1 軽業/2 探索/2 登攀/1 警戒/1 追跡/2 罠/1 騎獣/マズリ/1 応急処置/2 狩り/2 解体/2 木工/3 水泳/2 釣り/3 採取/2 調理/1 動植物知識/辺境/2

習得魔法

≪脚力上昇≫≪体力付与≫≪体力回復≫≪視覚強化≫≪聴覚強化≫≪嗅覚強化≫≪盾≫≪方位磁針≫≪魔法感知≫≪解析≫≪生命感知≫≪敵感知≫≪気配遮断≫≪視覚遮断≫≪聴覚遮断≫≪嗅覚遮断≫≪静寂≫≪忍び足≫≪水探知≫≪水浄化≫≪水作成≫≪雪上歩行≫≪発火≫≪消火≫



 MPと魔力ばっかりダダ上がりしてくもんでそーじゃねっかなーとは思ってたが、やっぱ魔法の素質高いらしいわ。じゃが、わしゃ自分が魔術師タイプなんぞとは思っとらん! 適性があるのと性格的に向いてるかどうかってのは違うだろうよ?

 歪み軽減ってーのは、魔法の使用コストが歪みという形で現れる以上、消費量が軽減されるものと考えるのが自然だろう。回数をこなせるようになってきたし、威力とコストを比例して増減させる加減の仕方も身に付いてきたかんな。

 それから、使えるようになった魔法が、リストになって見えるようになった!

 魔法は何に働きかけるのかで大別して、以下細かい分類をする。

 肉体操作系に含まれる魔法にゃ、移動系・防御系・治癒系・強化系・感覚系という細かい区分がある。わしはそのうち移動・治癒・感覚系のいくつかを覚えている。

 物質操作系には動植物系(正確には動物系と植物系という別種カテゴリだが、特に区別する必要がない時にはこうして一纏めに言われることもままあるそうな)、食物系、防御系、魔化系の五項目に分かれている。わしはこのうち、防御系の≪盾≫一つしか習得しとらん。空気の層を身に纏うという、まあよくある発想の防御方法じゃな。

 精神操作系には細かく分けて探査系、異常系、治癒系の三種類のカテゴリがあるが、わしはこの系統はなーんも覚えとらん。

 情報操作系は感知・隠蔽・警戒・感覚・伝達の五種類。

 魔法操作系は特にサブカテゴリが多い。いわゆる地水火風とか光・闇とかの、魔法と聞いてぱっと思い浮かぶ属性っつー代物がこん中に詰まってる。ちなみに、妖霊人の氏族が象徴する11の属性がそれぞれに対応している。

 地水火風で言うなら、地霊に相当する殻の氏族、鱗の氏族の象徴する水霊、火霊は血の氏族、風霊は息の氏族って具合に、氏族と密接に関係する属性があるそうだが、まあ妖霊人でないわしが使うにあたっちゃ基本のとこさえ押さえてりゃ済む話なんで、詳しく説明はしない。基本的に火は火の魔法、水は水に関する魔法が属してるって解釈してりゃ十分だ。

 わし自身、一通りの説明を受けてもいまいち理解しきれない属性もあるんで、ファンタジーのお約束的な部分だけピックアップして研鑽していこうかと思っている。

 実際に複数の属性を使いこなせる魔術師は滅多にいないし、今では人間の使い手が廃れてしまったような属性もあるから、網羅を目指すのは無理だとイズリアルさんは言ってた。

 ちなみにこのカテゴリは同じ魔法が複数のカテゴリを併せ持っていることもある。例えば感覚系は肉体操作系とも結びつきがあり、属性が被ってる魔法も多い。

 わしが覚えてるもんの中では聴覚を封じこめ、音声を阻害する≪静寂≫なんかがそれにあたる。≪静寂≫は同じ情報操作系の伝達系にもかかってる、ってな具合に。似たような効果を発揮する≪聴覚遮断≫との違いは、≪聴覚遮断≫が標的を選んで限定的に作用するのに対し、≪静寂≫は任意の地点を指定してかけるタイプの魔法で、エリア内の自分を含むもの全部が影響下に置かれるってとこだ。

 こういう、同じ効果でも単体指定型と範囲指定型は別個の魔法として確立されているものが多い。ものによっては単体魔法の効果範囲を広げることはできるんだが、範囲用として組み上げられた魔法に比べるとコストが跳ね上がるのが難点だ。

 めんどくせーけど、だから魔術師は自分の得意属性の魔法を習得していく中で、必然的に他の分野にもそれなりの知識を増やしていくってのがスタンダードな学業計画なんだそうで。



 んで、ついに! レベルでウルリカにダブルスコア負けしてたところを脱した!


ウルリカ(18) 種族・所属/辺境人・ヴォジュラ辺境の森中央区域第6地点管理人の娘


レベル/34

HP/22

MP/2

生命力/15

魔力/0

体力/16

敏捷/16

知力/13



 半分を切ったところで、アナリシスで見られるウルリカの情報が増えたんである。これは予想通りだった。

 じゃが、こっちはレベル22に対しウルリカは34と、数字にかなりの開きがある。この通り、開示できる情報には制限かかってて、ウルリカがどんな技能をどんなレベルで修得してんのかとかはまだわからん。

 レベルアップ式のRPGだとよりレベルの低い方が上がりやすいもんだが、この世界で単純に低いと多く入るのかどうかはわからない。これに関しては、取得経験値の可視化についてのわしの考えが、わしの使うアナリシスに反映されているからだろう。

 ついでに言うと、わしが今まで倒した動物やちっちゃい魔物なんかは50体くらいにはなるが、それでもレベル22まで押し上げてくれる程の数値を内包しているようには思えないし、その数値が素直に人間の身体能力向上に還元されてるとも思えないんである。

 あとはあれじゃな、補正事項?

 これを見るに、ウルリカに魔法適正がないという自他の評価は適切だったらしい。一般に素質がないとされてる人の魔法能力ってのはこんなもんなのかね。

 あとステータス。レベルアップに因る上昇はあるには違いないが、無制限じゃないのも確かなようだ。わしより10以上レベルが高いのに、ステータスがわしと大差ない。これはレベルや種族補正やらはあるものの、ある程度の頭打ちするラインがあると思う。

 となると、肝は技能か。まずは、ウルリカのレベルに追いつくこったな。



 なお、ねーちゃんは一つレベルアップした。

 ただし、4から5になるまでの間に、技能値はちびちびと上がっとる。


江見潮音(18) 種族・所属/地球人・フェルビースト家直属管理人見習い/ヴォジュラ辺境の森中央区域第6地点管理人預かり/魔術師/錬丹魔術師/


レベル/5

HP/15

MP/35

生命力/11

魔力/22

体力/11

敏捷/10

知力/11

魔法適正:有(超) 歪み耐性 契約/フェルビースト家 師事/??? 特殊知覚/???


装備

 布の服/1

 運動靴/3

技能・特徴・補正事項

木工/2 水泳/1 応急処置/1 釣り/2 採取/3 調理/5 洗濯/3 掃除/3 裁縫/4 庭師/1 礼儀作法/ヴォジュラ/2 動植物知識/辺境/5 錬丹術/2 栄養学/1 特殊知識/魔境/5


 クラス名なんじゃこりゃ……もうどれかに統一せえよ。

 歪み耐性ってな、なんじゃらほい? わしの軽減とはまた違うっぽい。もしかしたらねーちゃんが魔法を使うのが極端に下手なのが関係しているのかもしれないとは思う。使っても歪みの相殺が上手くできなくて歪みが流れ出して逃げちまうかんな。歪みが体に留まりにくい体質とかなのかもな。

 師事って項目の???は、オープンになってないって意味じゃねえ。何かが表示されてるのは確かなんだが、わしに読み取る力がないのか、文字化けしてる状態なので便宜上?で表現している。誰に何を習っとんだろーな? ……キツネのよーな気がしている。

 それから、この、特殊知覚ってやつ。

 ねーちゃんが時々、父ちゃんが兄ちゃんが来た時を言い間違えたことがないみたいに、わしらにはない感覚で物事を察知しているとしか思えない言動をすることがあるのは、このせいなんだろうと思う。フントクイの巣穴の在り処をバカに的確に示してきた時とかな。わしらがこの世界に来た時にしか踏み入ったことのないはずの魔境の知識が5もあるのはそれが関係してると見た。

 それとこれとも関係あるかどーかわかんねーけど、ねーちゃんがどんな魔法を使えるのかってことについちゃあ、アナリシスではうまいこと表示できなんだ。わしとは使い方の違う魔法を心得てることはよくよくわかってるつもりだったが、わしが比較的楽に使いこなせる≪水探知≫とかでも不発に終わったりするねーちゃんなんで、わしが魔法と認識している魔法をそもそも習得してないから表示しようもない、とかいう可能性も無きにしも非ずだ。

 ねーちゃんの魔法といや、エリクサ作りの途中で溜まった産廃を出して来て、なにやら始めた。

 銀杏臭のする乾いた大根下ろしみたいな黄色のおだおだしたものとか、生ゴミの切れっ端の寄せ集めにしか見えねえペースト状の物質とか、真っ黒に凝り固まったでっけえ金平糖みたいなのとか。

 それらを捻くり回してなんか魔法をかけたり解いたりしている。皿の上で形状変化を起こしてくっついたり離れたり色が生ゴミ色のマーブル模様になったりする複数の産廃をへらで根気よくこねくり回しているんだが、何がしたいんかさっぱりわからんくて怖い。



 ちなみに、父ちゃんと兄ちゃんは相変わらずレベルの片鱗すら見て取れん。

 イズリアルさんはレベル47になっとって、当然他に読み取れる情報は増えてない。



 それから二ヶ月ほどして、ビタミンに双子の仔ヤギが産まれた。

 今度の名前はどうしようかと思ったわしは、ある日の晩飯ついでに家族会議を提案した。

「ワン!」

「却下」

「ギャン!?」

 真っ先に手を、じゃねえ前脚を挙げたのはねーちゃんだったので、わしは即座に却下。父ちゃんがもう大丈夫だろうと言うなりいそいそ犬に戻りくさってからに。

「お姉様の考える名前など、せいぜいがミネとラルでしょう。他の案があるならばうかがいましょう」

「ギャフン!?」

 相変わらず犬語は解せぬわしじゃが、今聞こえた『な、なぜわかった!?』というねーちゃんの心の声は、幻聴なんかじゃねえと思う。

「すごいわケイセイ、預言者みたいね!」

 手を合わせてわしを褒めてくれたウルリカは、

「じゃあ、ヘモゲロンとゲロロッペというのはどうかしら?」

 コメントしづれえ代替案を提出しなすった。

「……」

「……」

 へっぽこネーミングセンスのねーちゃんすら、これには戦慄を覚えた顔つきで閉口する。犬顔で白目を剥かれると、見てる方がギョッとするからやめてほしい。

 どうしよう、この世界的にセンスいいのか悪いのかわからん。とりあえず、ウルリカの気分を害さないように、言い回しを選びながら言ってみる。

「そ、その名前は、女性らしくない気がするのですが?」

「あら、そうかしら? 昔女性の名前として聞いたような覚えがあったのだけれど……」

 ウルリカが可愛らしく小首を傾げると、父ちゃんが苦笑いしながらそれを認めた。

「それは昔語りで聞かせたことがある妖霊人の部族名だ。両部族の母祖となった聖霊の名と言い伝えられているから女性名であるのは確かだが、ありふれた名ではないな。家畜に名づけるには、部族の者に対して不敬となるという意味でな」

「まあ、そうでしたの。それではいけませんわね」

「ヤギの子で二匹いるのだから、素直にヤーちゃんとギーちゃんでいいのではないかな?」

 そこに口を挟んだのは、実はこのタイミングで定期便のお届けに来ていたイズリアルさんである。さも単純明快な解決案を披露した風に誇らしげにしているが、これは誰もが黙殺した。

「お父さんなら、どんな名前にしますか?」

 父ちゃんはしばし黙考して、徐に口を開いた。

「ウィルテントリュトクスイレアナイールトゥオトゥルトゥスとセナーララクオニモレオイエンティグリシュシュベリ」

「キュウン……」

「えっ? えっ、父様、全部聞き取れませんでしたわ」

「おとうさん、これはおまじないですか?」

 ねーちゃんとウルリカとわしが口々に解読失敗を訴えると、兄ちゃんが淡々と解説してくれた。

「そうではない。妖霊人のある氏族の古代の慣わしに則った、由緒ある名付けだ。子の健やかなる成育と多幸と武運を願う意味がある」

「ああ、そうなのか。語群のいくつかは妖霊人の言葉のようだとは思ったんだけれど。レルドラともクォラトとも似てるようだが、どこか違うね」

「この森の奥では複数氏族の共生が長いからな。文化の共有もよそよりはあるんだろう」

 イズリアルさんが、兄ちゃんの補足に感心しながら頷いている。

「さすがに日常では呼びづらい名前ですね。省略しないことには不便……」

 言いかけて、わしは気付いた。

「違います、そこまでしなくてもいいのです! 今度の仔ヤギは、使い魔にはしないのです! 簡単な名前にしましょう!」

「そういうつもりではなかったが。まあ、ケイセイがそうしたいのなら、そうしなさい」

「そもそも、使い魔は複数持つものではないしね」

 ああ、そうなんだ。やっぱ複数は駄目なんか。

「そう言うケイセイには、何か名前の案はないのかい?」

「ぼくですか? 色々考えましたが、これだ! と思うものがないのです」

 ゴーディアスが架空のゲームのモンス名だったので、妹たちも魔物名で揃えようとあれこれ思い出してみたのだが、どうもピンとこない。ゴルゴンとかスキュラとかサイレンとかは響きとしちゃ悪くないと思っても、蛇とか鳥とか元ネタのイメージが強すぎて、逆に子ヤギに付けるには違和感しか生まれないんである。ヤギの、雌の、魔物という条件に合う名前を、何にも思いつけなかった挙句の家族会議だったわけだ。

 イズリアルさんは爽やかに笑いながら、さらっと納得・同意してくれた。

「君はそれくらいの方がいいかもしれないね。下手に思い入れを持つと、また何か起こるかもしれない」

 ぐうの音も出ない。

「お兄さんは、何か案はありませんか?」

「ない」

 内心のめんどくささがうかがい知れる即答。

「私見を言わせてもらうなら、父の意見に一票を投じる」

 ダメじゃん。


 そして結局、双子の子ヤギの名前は、ミネとラルに決まった。



 更に2ヶ月程が経過し、他にもわしのレベルがもう一個上がったり、地形図を拡充したりして過ごし、わしらは例の巣穴へ出発した。

 本格的な探索目的ではなくて、その時に備えて付近に物資をデポしておくためだ。

 こういう下準備的なミッションをちょこちょこ重ねるうちに、季節は夏の盛りを過ぎようとしている。

 王国地図の最北に位置しているこの地域の夏は短い。わしら姉弟の感覚では夏でもそんなに暑くない過ごしやすい気候である。

 前より効率よく進めてる実感はあった。2日くらい短縮できたと思う。穴に入ってみる時間もできたかもしんねえと内心ワクワクしてたら、ちょっとした変化が起こっていた。

「ウゥ……? ワン!」

 ねーちゃんが空気を嗅ぐようにひくひく鼻を鳴らしたかと思うと、足を止めて低い声で鳴いた。

「ねーちゃん、どした?」

 ねーちゃんはちらっとこっちを見、戸惑ったように立ちんぼしたまま、また頭をもたげて鼻を鳴らした。

 ゴーディアスはそれに倣って一生懸命鼻を宙に掲げて不審な臭いを嗅ぎ取ろうとしているようだが、何も伝わって来ない。

「この先進むなってか? なんかおんのか?」

「ウゥゥゥ……」

 尋ねても、ねーちゃんは曖昧に首を振ったり向かう先を気がかりそうに見つめたりしている。言葉はわからずとも、同行しているわしとウルリカに対して何か訴えたいことがあることくらいはわかる。確信があることなら人間に戻って人間語で説明してくれるだろうから、そうしないあたりねーちゃん自身にもはっきりしたことがわからんのだろう。

 だが、ややしてねーちゃんは、徐に隊列の先頭に進み出ると、用心しいしい歩き始めた。

 わしとウルリカは目配せを交わし合い、黙って足音をたてないように忍び足でねーちゃんについて行く。

 ウルリカは今回もねーちゃん手作りの覆面を律儀に被っているが、この土地育ちのウルリカには、わしらには涼しいヴォジュラの夏の覆面装備はかなり暑苦しいらしい。汗疹が出来ても着用しっぱなしでいてくれてるのは、わしらへの信頼ゆえだろうか。


「おあ……!」

 巣穴の手前、木々が途切れて大量の光が溢れ出している一角ができていた。

 目指してた方向の前方の風景が、文字通り削り取られていたのだ。森を構成していた木々と草がスコップでごっそり根っこからひっくり返したみたく地面が抉られていて、ちょっとした堤防状になっている。降り注ぐ陽光の下で地肌を晒している斜面の色はまだ鮮やかに濃く、風雨に晒されていない。底面はフントクイの巣穴入口と同じようなガレ場になっている。唐突に枯れ川でも出来たような深い溝になっているが、崖というほど切り立ってもない。足元に注意すれば渡れないこともなさそうだ。

 そんなのが不規則に蛇行する一本の線を森の真っ只中に描いている。わしらの目の前を、右の端から左の端の、カーブして木々に隠れて見えなくなるまで続いている。幅は4メートルくらいかな。

「フントクイが地表を移動した跡だわ。次に大雨が降ったら池になって、しばらく通れなくなってしまうでしょうね」

 ウルリカが潜めた声で教えてくれた。油断なく周囲を窺いながらなのは、近くにフントクイがいないかを確かめようとしているからだ。

 わしも耳を澄ませて辺りの気配を探ってみたが怪しげな気配は察知できなかったので、MPが許す限り範囲拡大した≪敵感知≫の魔法を使ってみたが、わしらに害意を持つどんな存在も感知できなかった。

 で、その後、ねーちゃんがやたら前方向の空気のにおいを嗅いでたのは、これを用心してのことだったのだと気付く。その上で何も嗅ぎつけられなかったから、危険はないと判断してわしらを先導したのだろう。どうやらわしの魔法は二度手間だったようだ。まあ、念を入れるのは悪いこっちゃねえよな。

 そのねーちゃんは、未だ気になることがあるのか、落ち着かなさげにうろうろして周りのにおいを嗅ぎ回っている。

「なんならねーちゃん」

 言いさして、ウルリカにも通じるようにこっちの言葉に切り替える。

「まだ気になるものがありますか? 巣穴には行きませんか?」

 このまま溝に沿って左手に進めば、わしらが発見した巣穴入口に辿り着く。近場に目星を付けておいた手頃な洞の空いた古木にデポ用の荷物を隠せば、今回の目的は達成なんだが。

 ……そーいや、このフントクイの通り道にデポしといた物資って、あったっけかな。木が根元からへし折られてガレに混じってるよーなこの状況では、お釈迦になってるか地盤ごとひっくり返されて埋まってそーだ。こういう不慮の事態に備えるためにも、使いものになる補給ポイントは複数確保しとかんと。

 ねーちゃんはちょっとの間唸っていたが、自分では判断つかんと思ったか、その場で人間に戻った。

 相変わらず前置きもない唐突な変身じゃな。赤犬以外のもんに化けたり戻ったりする時にゃ、歪み排出量と頭ん中に響く軋み音がひっでぇんじゃけど。

「巣穴の近くに、謎の生命体が複数いるようなのです。知っている人ではありません」

 難しい顔で考え考えささやくねーちゃんの言葉に、空気が緊張する。

「侵入者ですか?!」

「森の外の人間ではないと思います。においがざらざらしていませんし、金物臭くありません。森の動物でもない気がします。嗅いだことのあるにおいのような気もするのですが……」

 わしは急いで≪生命感知≫の魔法の準備を始めた。

 さっき使ったのは≪敵感知≫で、使用者が敵と認識しているものか、予めこっちに攻撃意思を持つものしか感知できない。出くわしたら危ねー未知の存在がいても、その条件のどちらかを満たしてなけりゃ、感知網には引っかからんのだ。

 生命感知といっても、ここは森のど真ん中、生き物なんぞたくさんいる。この条件の絞り込みが感知系魔法の使い方の肝だろう。

 まずは目に入る生き物と同じものを除外。記憶にある巣穴周辺の植生を思い出し、そこに植わっていた植物を名前と見た目を思い出せる限り除外。虫とか小動物も数限りなし。この工程だけで数分かかってると思う。

 あと範囲拡大して……この辺の調整は見えない所までカバーするわけだから、完全に自分の距離感を基準とした推量になる。それかMPの消費量くらいしか判断材料がねえんだもん。

 左方向500メートルくらいが巣穴だったはずだから、頭ん中に思い浮かべた扇状の範囲表示を、自分を始点として終点マーカーを動かしてって調整する。巣穴を扇形の中心にくるように持ってって……あーくそ、さっきMP使いすぎた。ここでHPまで削るのは得策じゃねえと思うんで、MPだけで賄うことにする。扇形の中心角を出来るだけ小さくして消費をカットしたものの、もう今日はMP残らんぞ。

 こういう時に魔法石がありゃ、便利なんだろーけどなぁ。最初の探索で拾った魔法石は、一月ほどで消えちまったし。

 そーいやこのフントクイの通り道、比較的新しい。使い物になる魔法石がその辺に転がってたりしないだろうか。

「妖霊人かもしれないわ」

 わしが地べたを眺めていると、ちょうどウルリカが思案気に呟いた。

「私も直接お目にかかったことはないのよ。でも、彼らは自分の縄張りを堅持するけれど、そこに籠って外に出ないわけでもないから。森の様々な場所に出かけるそうだし、何か用があって巣穴に来ているのかもしれないわね」

 ウルリカの耳触りのいいまろやかボイスをBGMにしつつ、しばしその辺を見回してみたが、見覚えのある魔法石のきらめきは発見できなかった。しょーがないんで、残った自前のMPのみで≪生命感知≫。的確な使用魔法選択まじ大事だと痛感。

 次の瞬間、わしの脳裏には、魔法で得たいくつかの断片的な情報が飛び込んでくる。

 それらはこう、ぱっと閃いた感じで、魔法も効果が表れるのは一瞬。夢見た直後に起きたらどんな夢見たか曖昧だった感じに似てて、視界にウインドウが現れてデータを吟味みたいな使い方はできない。こりゃ意識して覚えといて頭の中で情報整理しないと有効活用できないな。

 そうして得られた情報は、巣穴の入り口付近に三体の馴染みのない生き物がいること。人間ではない、獣ではない、植物ではない、魔物ではない。極端に大きくも小さくもない。気配は独特。少なくともわしは今まで感じたことのない気配だ。もうそんな余裕ねーけど、≪魔法感知≫使ってみたらもっと明確な反応があるかもしれん。だとすれば妖霊人の可能性大だ。

 ……妖霊人かぁ。話に聞いたことしかない亜人的な見た目の人種ってのは、ファンタジーな期待感を否が応にも高めてくれる。

「おとうさんは縄張りの中には絶対に入ってはいけないと言いました。ですがここは彼らの縄張りの中ではありませんね? 縄張りの外でなら遭遇しても怒られませんか?」

 見てみてーなという一抹の期待を含ませてウルリカに訊いてみると、即座にねーちゃんから反対意見が出てきた。

「森のどこで出会っても、彼らにとっては人間は外敵です。容赦なく殺されるのは彼らの縄張りの中での話であるとしても、ここで出会ってどうなるかはわかりません。森の外からの侵入者だと疑われれば、速やかに証明する方法が私たちにはありません。説明するだけでは、信じてもらえないかもしれません。言葉すら通じないかもしれません」

「うーむ」

 常に最悪の想定をして備えとくべきだから、その言い分は間違っちゃおらんわけだが。

「どうしてでしょう、とても消極的思考に偏っているように聞こえるのはぼくの気のせいでしょうか?」

「気のせいですとも」

 ねーちゃんは妙に確信ありげだ。

 そりゃ確かに、リセットも再ロードもきかない、巻き添えにできない人もいる状況下で、好奇心だけを理由に不確定要素に飛び込んでいくわけにもいかない。ここはやはり藪を突つかず、トラブル回避の方向で考えるべきなんだろう。極めて遺憾ながら。

「それでは、巣穴へは行かずに引き返しますか?」

「……いいえ、彼らの音とにおいが途絶えてしまいました。恐らく向こうも私たちの接近に気が付いたのです」

 ねーちゃんは耳を澄ませたふうの仕草から、一拍置いて思い切りよく首を振って、困惑した顔でウルリカを見る。

「ウルリカはどう思いますか? 今から巣穴へ行ってもいいと思いますか? 私たちからわからないように隠れてしまっただけで、近くで見張っているかもしれませんし、本当に立ち去ったのかもしれません。正直、どちらかわかりません」

「……そうね。フントクイもいないなら、行きましょう」

 ウルリカも難しそうに考え込んでいたが、一つ頷いた。

「謎の人々が妖霊人だと仮定して、私たちの接近を警戒して待ち伏せているのだとすれば、手前で引き返すのはやましいことがあるのだと言うようなものよ。今後もここに何度となく足を運ぶことになるのに、その度に彼らの目を憚っていては何も進まないわ。監視上等、堂々として、森に徒成すものでないことを納得して、顔を覚えていただきましょう。その方が、今後がずっと安全になるわ」

「ウルリカ、素敵です! ぼくは今、とても素敵な気分です!」

 わしは拍手喝采してウルリカを称えた。後光の如く放たれるオーラが眩しすぎて涙が出そうだ。

 視界の端っこで、ねーちゃんが無言で犬に戻っていた。


 到着した巣穴付近は、穴が広がっていることと、フントクイが地表付近を移動したルートに沿って木々がなぎ倒されて土砂が引っくり返っている溝の存在で、荒涼としていた。

「そもそもどうしてフントクイは、地上を移動したのでしょうか」

 基本的に地下を移動する動物のフントクイは、新しい巣穴を空ける時も地下から突き破って出てくるのが普通だ。

「獲物を地中からの奇襲で仕留め損ねると、逃げる獲物を追って地表を泳いだりもするそうよ。そのせいじゃないかしら」

 わしは広がったガレ場に目を凝らしてみたが、新しくフントクイが地表から出てきた跡だろうに、魔法石は一つも落ちていない。今回はフントクイが魔法石の鉱脈を通って来なかったのか、それともさっきまでここらにいた妖霊人(推定)が根こそぎ集めて行ったのか。

「ケイセイ、どうかしたの? 元気がないわ」

 がっかりしていると、ウルリカが心配そうに声をかけてくれた。覆面の目元の切り込みから最低限覗く目元が、声と同じだけ心配そうに真心込めて眇められている。

「え? えへ、だいじょうぶですよ。ぼくの物よ……ぼくの心の弱さと戦う必要があるというだけのことです。目的を果たしましょう」

 ウルリカ相手に物欲センサーとか言い出してもしょーがねえ。

 わしは用意してあった荷物を、目的の箇所に持って行く。荷物の隠し場所として想定していた洞の空いた古木は健在だった。外から見えないように洞の中に押し込む。

 ……そーいや、妖霊人が来て石を拾ったり採取をしたりするなら、わしらが近くに隠しておいた他の荷物も不審物として物色されてる可能性があるのでは。物資をデポする時点でこの辺は覚悟しとくことだが、相手が妖霊人かもしれんってのは想像もしてなかった。まあいいけど。

 ねーちゃんが、頻りに土砂の上をうろつき回ってふんふん地面のにおいを嗅いでいる。

 地中から掘り返された土の上にも、足跡なんかは残ってない。

 ……いや、待てよ。

 あの辺。土は掘り返されたままの状態で放置されてるように見えるが、他にところどころある盛り土と比べて、位置が低いぞ。まるで踏み固められたのを、掘って見た目を他と同じように細工したんではないかと疑う程度に。

「お姉様、やはりここにいたのは妖霊人のようですか?」

「ワン!」

 ねーちゃんは力強く吠えた。この声色は肯定のワンだ。

 よく利く鼻を持つねーちゃんに対抗意識を燃やしてか、その辺を歩き回って地べたや空気のにおいを嗅ぎ回っていたゴーディアスも、この段階で何かを捉えた。

 ひどく曖昧だが、遠くからかすかな声が漏れ聞こえるような、すりガラス越しに人影が通り過ぎたのを一瞬だけ見て取れたみたいな、あるいは五感に頼らない、第六感とか言い切れればかっちょいいんだけどそう言うにはおぼろげに過ぎる感覚で、何かが潜んでいると思えるような。

 確かにこの近くには、妖霊人が隠れているんだろう。においや音や気配を断って。ねーちゃんが嗅ぎ取っているのは残り香に過ぎないから、現在地を特定するには至らない。

 そして、わしらを見定めようとしている。この場で誅殺する必要のある存在なのかどうかを。


 それからしばらくわしらは付近に留まってみたが、特に手出しされることもなく、無事に家まで帰り着くことが出来た。



 妖霊人かあ……いつか実物に会ってみたいもんだ。

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