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由無し一家  作者: しめ村
35/43

魔法のお薬の作り方

 お父さんがそろそろ蜂の巣を採りに行こうと言い出したのは、しもふる月に入ってすぐだった。

 我が家の周りも急転直下の冷え込みに見舞われ、周囲の木々が衣を脱ぎ捨てるように一斉に落葉し、月の名の通りまさしく霜が降り、早朝はいつもの小川で薄氷が見られるようになった。

 去年もそう言えばこの時期だったっけ。

 ここでは蜂っぽい虫のことをジグという。ただし個人的には蜂と直訳はせず、ジグという別種の虫として認識している。敬清もそうらしい。

 だって蜂といってもだな、ここで言ういわゆる蜂の巣らしきものを拵える虫は、私の知る各種ミツバチや各種スズメバチとは根本から違くて、規格からして人間の手のひらサイズで、見た目はスズメバチ系のしゅっとした感じ。ミツバチ系のコロコロしたかわいいのは、ここでは見たことない。

 でもまるっきりキイロスズメバチとかオオスズメバチってわけでもなくて、顎がシャレになんないくらい発達してて、アリジゴクみたいな噛み合わせになってる。こう、裁ち鋏をしゃっきんしゃっきんいわせた時の戦慄を伴う感じ。もし実際に噛みつかれたら、一噛みで皮膚を3センチ四方くらいもぎ取られそうな勢い。お尻の針なんて私の小指くらいある。

 んで、基本みんな肉食寄りの雑食。お肉で満足しときゃいいものを、蜜まで作ってなきゃ狩られまいに。私の知るミツバチとスズメバチ両方の特性を持っているんだろう。

 それで気性はアグレッシブときたら、もう立派な猛獣といって差し支えないと思う。しかも蜂社会ゆえの団結力。さすがに熱殺蜂球まで使いこなしはしないそうだが、執拗に獲物を包囲して追い詰めて弱ったところで一斉に襲いかかって食らいつくとか、ピラニアかよ! もうミツバチでもスズメバチでもねえだろあいつら。アホかと。バカかと。蜂と呼ぶには超進化しすぎたジグもそうだけど、私もね!

 ……ハハハ、小腹が空いた時に手近な蜂の巣を襲って蜂の子を食べたことのある私にも適用できる言葉だと思いますよ。アホだ私、バカだ私! もう一人で活動期のジグの巣には近寄らない! いくらおいしくて栄養素豊富でも!

 お父さんが今蜂の巣狩りに行こうとしているのは、イズリアルさんが来たタイミングで蜂蜜を持って帰ってもらいたいからでもあるらしい。前も大喜びだったもんね。今年イズリアルさんが来るのは今月の定期便が最後となる。その後に行ったのでは蜂蜜の納品まで保存に四苦八苦しながら甕数個分のスペースを潰さなければならない。

 てなわけで、しもふる月3日、我が家の4人打ち揃って、蜂の巣狩りに行くことになった。



 お父さんは深い森へお仕事に。弟は浅い森へ訓練に。

 私はウルリカと分担して遠足の支度をする係だ。

 お出かけは明後日。つまり期限は明後日の朝まで。明後日の遠足に備えて睡眠はちゃんととらなきゃなんないから、実質明日の夜までだ。

 私は固い決意を胸に、液体を蒸留するための器具を手に部屋を出て、暖炉のある居間に突撃した。

「ウルリカ、きれいな水を作ります! 火をください!」

 暖炉の火を守りながら外套や蓑の点検をしていたウルリカは、顔を上げておっとりと微笑んだ。私の視界に光の粒が舞い散る。

「まあ、シオネ。こんなに長い間人の姿でいるあなたは久しぶりね。お湯なら暖炉の上のお鍋に沸いているわよ。好きな程汲んで使って頂戴」

 うむ、意味が通じなかった。水を作るのに火をくれって、なんじゃそらって思うわな。その辺の疑問をスルーして優しい返答をくれるウルリカまじ動じねえ。

「お湯を使って何をするの?」

「はい。水を蒸留……きれいにします。お薬を作るために必要です」

「お薬? もしかして、街で学んできたという、魔法のお薬?」

「そうです。ジグ刺され用の解毒剤を作ります。私は挑戦します!」

 今んとこ虫刺されにできる対処といったら、痕をよく絞って水でしっかり洗うことと、お父さんとウルリカがこれが効くといって出してくれる薬草を揉みこむところまで。民間療法レベルのその処置が、ショック症状を引き起こすような激毒にどこまで有効なのかわからない。

 去年の蜂の巣狩りはかなり安全に事が運んだから、今回もそこまで心配しなくてもという甘い考えが心の片隅に閃くも、なんでもかんでも楽観視するのはよくないし、現段階で取れる対策があるんだから善処はしておきたい。

 それを言うなら、こんな泥縄じゃなく、いつ何時何が起こってもいいように予め出来合いの物を用意しておくくらいの慎重さを発揮してこそであろうと思わなくもない。うん、ただのセルフツッコミだよ。

「じゃあ、飲んだらすぐに効果が現れて危ないところから助かるような薬が作れるのかしら?」

 これはいわゆる特効薬と言いたいんだろうなと判断し、私はキリッと表情を引き締めて頷いた。変に誤解されて過剰な期待をされても困る。

「効果はすぐに出ます。毒は全部は消えません。いくらか……いえ、半分は消します。危険が小さくなります」

「まあ、すごいわね。ありがとう。ぜひお願い」

 ぱあっと笑顔を輝かせて胸の前で手を組むウルリカの喜びようを見ていると、期待にお応えせねばなるまいというかっこつけた気概が湧いてくる。ジグ毒対策といわず、他の薬も常備できるように作り置いとこうかな、なんて考えも浮かんでくる。

「で、その道具を使って、お湯をきれいにするのね?」

「はい」

 私は両手で後生大事に抱えていた、やかんがトーテムポールみたく連なった器具を暖炉上に設置した。正式名称はあるんだろうけど、私は知らない。

 一番下のやかん(仮)に水を入れ、沸騰させる。下のやかん(仮)といっこ上の真ん中のやかん(仮)間は吹き抜けになっていて、気化した水が真ん中のやかん(仮)のてっぺんにぶち当たる。その上のやかん(もうめんどいから仮はつけないことにする)には水を入れて、真ん中のやかんについた蒸気を冷やして結露させる。真ん中のやかんの天井は滴が注ぎ口に集まるように湾曲していて、その注ぎ口の先に余計な菌とかが入らないように機密性の高い入れ物をセットしておけば蒸留水をゲットできるという仕組みだ。原始的ながら誰でも簡単に使える道具だが、いかんせん時間がかかる。

 霊薬作りは、まず蒸留水がないことには始まらない。汲みたての水でも作れないことはないが、品質が落ちるらしい。だから真っ先に水の蒸留に取り組もうというのだ。

 未だ完璧とは言えない私の言葉と実施での説明に、ウルリカは理屈を理解してくれたようだった。

「時々冷却用の水を入れ替えて、沸騰用の水を足すだけでいいのでしょ? じゃあ私が見ているわ。私、まだしばらくここで防具の点検と調整をしているから。その合間にできるわよ」

 善良極まる笑顔は、私の役に立とうという気概と喜びにあふれている。こうして他人と同じことに取り組むということが、彼女にとっては嬉しくて楽しくてしょうがないのだ。

 なので私も気兼ねなく協力してもらうことにする。断ると拗ねるし。

「ありがとうございます、ウルリカ! では私は他の準備をします」


 さあ、街留学してた時に、これくらいできるようになりなさいと特訓の合間に補講を行われてごく基礎的な部分だけ教えていただいた錬丹術が日の目を見る時が来た。

 フェルビースト家の奥様が餞別にくれたそれらの覆いを剥いで床に並べ、関連書籍を漁る。

 目的の一冊を見つけて丁寧に取り出す。

 装丁がされてなくて、紙の束を紐で綴っただけのこれは、私が写本した奥様の蔵書の写しだ。文字の練習と魔法の学習と精神統一の訓練とやらで、一日ごとのノルマを定められた上でこつこつ書いてたんですよ。その甲斐あってこちらの文字と専門用語にだいぶ慣れることができた。

 この一冊は、怪我の応急処置の仕方に始まり、ヴォジュラで一般的な有毒生物の毒のみならず珍しい毒ほか病気更に呪い解除の薬の作り方がわんさと書き連ねてある、錬丹術のレシピ集だ。

 冊子の最後らへんともなると、内容の難易度が激高となっていて、見た通りの形に書き取るだけで精一杯で、解読どころか単語の意味すら分かんない状態のものが多いんだけども、かなり珍しかったり強力だったりする霊薬が載ってるはずである。

 あ、そーいやこれもちゃんとおさらいして理解しておきなさいって、奥様仰ってたなあ……お外遊びが楽しくて、そっちのけになってたや。特に動物になってる時は目先のことしか考えられなくなるもんで、なおのこと室内遊戯から遠ざかってたわ。敬清のこと勉強不足と笑えない。

 基本的に錬丹術の霊薬のレシピは門外不出で、習得項目を増やしていくには然るべきところにお金を払って教えてもらうか、誰か他の錬丹魔術師の弟子になって教わるか(必ず教えてもらえるとは限らないらしい)、盗む、奪う、自力で開発するなどいくつもの選択肢がある。

 ちなみに私が持っているこの手書きのレシピ集は、奥様があくまでご厚意で持たせてくださったものだ。

 通常の手段で入手しようと思ったら目玉が飛び出るような額のお金が必要になるであろうし、写しを取るだけでもそれなりの経費がかかったはずの品だ。勿論これを他人に譲渡するのはルール違反だ。不慮の紛失なんて以ての外。

 普段は寝台の上で放置してるけど、さすがに杜撰すぎるかなあ。今更心配になってきた。

 まあそういう心配は後にしよう。今やるべきことは他にある。


 さて、えーと。解毒剤のレシピは、確か三ヶ月目くらいに書いた辺りにあったぞ。

 この頃には我ながら字も上手になってきて、紙面を無駄なく偏りなく使えるようになってきてるんだよね。上達が見て取れるのは、ささやかでも嬉しいもんだ。

 ジグ毒、ジグ毒……モモゲって確かクモのことだったよな。ロロ、これはヘビ。これも違う。フルビってなんだっけ……手足が生えてて自力で動き回れる植物の魔物だっけか。とても危険らしい。

 うし、ジグ毒みっけ。

 症状は、腫れ、熱、嘔吐、意識障害など、元の世界の蜂刺されとそう変わらないみたいだ。

 材料は、ジグ毒(適量)、カーザ、フォウラ、リュヒュ、シャリュス、パシュカのいずれかの生葉ないし陰干しした葉か花、生が一番よいが乾燥でも効果は得られるとある。それから塩少々、蒸留水、植物油。

 おお、選択肢が多いぞ。特定の薬草しかジグ毒には効かないとかだったらどうしようかと思ったけど、ここに挙げられている薬草の半分くらいはこの近くに自生してるし、調達自体は容易だ。夏場なら。

 生憎もう晩秋なので生の花や葉はこの森では摘めない。でもカーザは花こそもう落ちてるけどうちの菜園の端っこにまだ生えてるし、フォウラとシャリュスは我が家の共用の生薬用に乾燥させたのがある。

 私が留守してた4カ月もの間、ビタとミンと野菜の世話を欠かさず続けてくれていたみんなに感謝だ。

 塩と油は台所にあるのを分けてもらうとして、水は作ってる真っ最中。

 小さい土鍋みたいな陶製の煮込み器や分銅を用いる量り、匙や火箸や漉し布、常備薬の箱の中からフォウラとシャリュスのお茶の葉みたいになったやつの包み、それから少し考えて、菜園に残っていた生のカーザの茎と葉を摘んできた。

 しかし、ジグ毒(適量)。

 ジグ毒かあ……しまったあ。

 解毒効果100%の効力を発揮する霊薬を作るには、霊薬作成時に無効化したい毒素の現物を用いるか、あるいはその毒物のなんたるかを作成者が理解している必要があるそうなのだ。そのどちらにしろ本物のジグ毒を入手して材料に加えるか、私自身がジグ毒が帯びる力の組成を、別の働きをしている力に組み込めるところまで事細かく分析してモノにしなければならない。

 盲点、ってわけじゃなかった。これを事前にカバーしておくことを思いつかなかった自分の抜け作具合に凹んでるだけで。

 錬丹術で霊薬を作るやり方には、二通りある。

『危険で早い』やり方と、『安全で時間のかかる』やり方の二種類だ。教本で紹介されているマニュアル的な作成法である。

 他の錬丹魔術師をフェルビーストの奥様以外に知らない私だけど、大抵の場合は後者を採るだろうと思う。突貫工事で行えば歪みの排出量が多いし失敗のリスクも高いからだ。

 一つ目のやり方は、解析のための魔法というのがあって、それを使って取り出した情報を霊薬作成時に転写する。

 確実性は高いが解析で取り出したデータは記録媒体に保存して後回しにすることができない。だからその時の転写にしか使えないので解析の都度にしか作れない。いくつもの解析結果を保ちつつ、最後にそれをまとめて重ねて求める結果を備える霊薬を完成させるのだ。ジグ毒解毒効果の解析→転写、解熱効果の解析→転写、などの流れは判で捺すように手っ取り早いかもしれないが、当然いくつもの解析要素を備えた難しい霊薬となると、解析回数と合成の難易度が高まるので消耗は半端ないものとなる。

 通常は使い魔や複数の助手を待機させて力を提供してもらったり、エネルギーを貯め込んでおける性質の素材で作った品物を用意してそれに充てる。魔法の力版電池のようなものだね。

 そもそも解析の段階で間違ってると、出来上がる作品も失敗作になる。そして結果が出るまで失敗に気付けないという、地味に心を抉るリスクもある。

 そこまでしてやっと一つの薬を作るってんだから、霊薬がお高い品として世に知られるのもむべなるかな。一般流通してるものなら効率的な作成法が確立してはいるんだろうけど、職業として成立するのかねこれ。

 二つ目のやり方は、解析したデータを逐一メモっておいて、それに基づいて材料を寸分の狂いなく計量して最低限の力を使って組み立てる。決まった解答を導き出すための計算式を構成するのに似てる。

 誠に遺憾なことながら、私は数学が不得意だ。得意科目は家庭科と体育と絵以外の美術という考えるな感じろ系だからして、事細かに分類された毛なし猿流の魔法体系は性に合わないんである。

 どの魔法が何系の何等級で別のどの系統に掛け持ちしてて前提条件は何と何であるかとか消費と持続にかかる数値の計算がどうとか、そんなのやってられっか! こんなの嬉々として覚えてる敬清は頭がおかしい! そうでなければマゾに違いないね!

 ……ごほん。少々取り乱したようだ。

 あのね、それでね、くっそめんどいこのやり方にもメリットというのはちゃんとあるんだよ? 低リスク且つ量産が可能となるってとこだ。

 もっとも、今回は、ちまちまメモとって計測して煮詰めたり蒸留させたり沈殿させたり自然冷却とか漬け置きとかやってる時間ないので、その手は使わない。

 それの基本となる解析の魔法というのも、一応奥様から教わったけども、有効範囲とか読み取れる情報の数とか色々と制約があって、そういう制約の範囲内でしか効果を発揮できない、というかそもそも使えない。

 解析魔法に限らず、こういう前提の下に成り立っているのがいわゆる毛なし猿流……森の外の人が魔法と称する力の使い方らしい。

 なんか不便だなあと私なんかは思うんだが、敬清はそんなの当たり前だと思ってるみたいだから、早々にやつと『魔法』について理解し合うことは諦めた。

 ちなみにお父さんは敬清にちょっとだけ自分が人間じゃないことを話したみたいだ。その場に立ち会ったわけじゃないからどんな会話が進行したのかは知らない。だから私もこっちからは言及しない。


 んで。

 奥様の説明によると、外の人の言うところの魔法の効果を得られるものとして作られたものが霊薬なんだそうで。

 毛なし猿風に説明すると、例えば≪疲労回復≫とか≪快気≫とかの魔法を封じ込めた霊薬を飲めば、その魔法を一回かけられたのと同じ効果を得られるんだそうだ。物品に魔法効果を付与するこの技術は、医療品のみならずかなり幅広い用途に用いられるらしい。

 基本的に≪解毒≫の霊薬もそうなんだけど、この場合は、毒にも色々な種類があるから、≪解毒/なんとか蛇≫とか≪解毒/なんとか毒草≫みたく、内容に合わせた調合が必要になってくる。ヴォジュリスティの街では比較的メジャーに売られているらしい辺境モモゲ毒の解毒霊薬を飲んでも、辺境オオジグ毒には何の効果も挙がらないってわけですよ。

 第三の選択肢として、どんな毒でも問答無用で中和できてしまう力技にも程があるマスターキー的なツールを介するという手段がある。去年私が風邪の時にお父さんが魔境から採ってきてくれたという万能薬みたいな特殊な素材を使うとかね。他にはそういう技を編み出してそれを霊薬に込めるとかね。

 力技ならあなた向きでしょうと厳然として言い放たれる奥様の澄まし顔が目に浮かぶようだ。お兄ちゃんも恐らく真顔で同じことを言う。

 うぬぬ、言っておれ。私とていつまでも暴走癖持ちの赤点問題児ではない! 奥様にはまた会えるかどうかもわかんないけど、お兄ちゃんにはいつか実力で褒められてみせる!

 ジグ毒含めば効果100%として、その割合は主素材を含まない場合最高でも50%の効力しか持たないそうだ。作成者の腕前や理解度、素材の質や手順間違いなどにより、このパーセンテージは更に引き下がっていく。つまり手抜きをすればするほど効果が薄くなると考えていい。

 しかし解毒作用のある薬草を使う以上、解毒効果は備えた薬が作れる。今回私が挑むのはそれなのだよ。

 ひとまず今可能な最大50%の効果の解毒薬を完成させることが目標。少なくとも辺境オオジグ毒の威力は、半減させられれば死なないだろうってお父さんが言ってたので、保険にはなると思う。

 今後は残りの素材の効果を最大限発揮できるように調合して、50%の壁を超えるという目標を掲げてみてもいいかな。


 とりあえず三種類の薬草を解析してみた。

 恒例の視点切り替えもかなり慣れて来て、紙芝居を捲るみたく思い切りよくできるようになってきたんだよ! 三度立て続けに中身の違うものを奥まで探ったからかなり疲れた。でも昔なら確実に気絶してたこの消耗をちゃんと乗り切って歪みも回収済みだ。うんうん、なかなかいい調子だぞ私。

 上下左右のない、なのに道筋の決まった見えない道を手探りで進みながら、通りすがりに散らばっている情報を集めてゴールを目指す、あるいは来た道を引き返すような手応えで、都会の遊園地にあるという鏡張りの巨大迷路とかってこんな感じなのかなと想像する。

 やっぱり生のカーザが一番、元気の素と言ったらいいのか、そういうのがたくさん残ってて、まだ発散されているから読み取りやすい。乾燥してるのは完全に止まってるから、こっちからぐりぐりめり込んでってひっくり返して見てみたろうやんけってくらいに意識集中して同調しなくちゃいけなかった。登校時の学校に無造作に入っていくのと、夜に閉鎖された校舎に侵入を試みるくらいの難易度の違いがある。

 というわけで、やっぱりカーザを使うことにしよう。

 お茶みたいにブレンドしてより良さを求めるという手もあるのかもしれない。しかしこれから作るのは薬で、何が起こるかわからないし、初挑戦でそこまでの冒険はできない……ああー、そっかあ!

 ここでジグ毒があれば、事前にデータのすり合わせが出来て、どの薬草が一番合うのかわかるんだ。なるほどなあ。

 この先霊薬を作る時には絶対に主素材は確保してからにしようっと。


 解析疲れを取るためにしばらくその場に突っ伏して仮眠をとった。

 革袋いっぱいの蒸留水ができたけどどうすると尋ねに来たウルリカに発見されて半泣きで縋り付いて叩き起こされた時には、そろそろ夕飯の支度を始めなければならない時間になっていた。うわあん、めちゃめちゃ寝過ごしてる……!

 体力の回復を図っているだけだと弁明すると、居間に引っ張って行かれ、ディシュカ豆茶を淹れてもらって、何も手伝わなくていいからそこで休憩していなさいと厳命された。

 いや、そんな、目の届くところに置いとかなきゃ何が起こるか分かんない小さい子じゃないんだからさ……

 これ以上時間を無駄にはできないので、夕飯作りを免除してもらった分の余裕を有効活用しようと、暖炉の薪を片方に寄せて、空いたスペースに石で簡易竈を作った。

 煮込み用のミニ土鍋に細かくちぎったカーザを入れ、ひたひたになるまで蒸留水を注ぐ。簡易竈に土鍋をセットし、ぐつぐつ煮えるまで見守った。合間に暖炉に薪を足し続け、火力を一定に保つ。

 床に体育座りをしてじっと見つめる私の前で、土鍋の中の草がしんなりして黒ずんでいき、水嵩は減じていった。シチューに入れて何度か温め直したホウレンソウより更にしつこく煮るうちに、薬草の成分が溶け出しているのか、水気の飛んだ液体はどろりとしてきて、色も全体的に薄緑になってくる。

 土鍋の縁に焦げ付きが出来る寸前のタイミングで、私は革袋を傾け、元のひたひたと同じ高さまで水を注ぎ足した。煮立つ音がしばし勢いを弱め、再び盛り返してくる。

 それを数回繰り返した。かき混ぜて焦げ付き防止と薬草の分解を手伝いたいところだが、不要な空気を含むと変質の原因になる。

 それと並行して行っていたのが、まだ固形を保っているその中に詰まっている成分が、均等に水中に広がるようにする手伝いである。

 念を凝らしていると、やがて視界が半分切り替わる。土鍋の中で煮える薬草が映る視界と、薬草が持つ生命の存続を資する力の集まりが見える視界とに分かれる。

 解毒に有用なエキスが仕舞い込まれているカーザの葉と茎はどろどろに煮崩れていても、入れ物としての機能は依然として保っている。薬草からはエキスが滲み出し、それを取り巻くお湯の中に少しずつ広がっているが、中で成分が行き場を求めてやみくもに振動し、うごめいているばかりだ。

 じわじわとしか溶け出そうとしない成分に、おいでおいでと手招きするような気持ちで、照準を合わせる。

 こちらから箸や匙を突っ込むようなことはせず、薬草エキスの肉体を苛む熱がそっと添えてくれる支援だけを頼りに、意思の力で少ぉしずつ削り取ることができた。風に吹かれる砂のように、お湯に溶け消える。

 もう一回。

 引っ張り寄せようにも取っ掛かりがなくて、私の意思はまだ輪郭を留める薬草の体と意固地に団結する成分の外周部に阻まれ、ほんのちょっと、感覚で言えば爪先に引っかかった程度の成分を引き剥がした。例えるなら、新品の石鹸を切ったばかりの爪で軽く引っ掻いた程度の成果だ。

 ぬぬぬ、手強い。崩壊寸前だというのに、ガードが固い。中々私の誘いに乗って動き出そうとはしない。

 確固たる物質に直接作用する力の働きかけは、いつどんなケースでも難しい。あんまり根を詰めると対象がオーバーフローして力が丸ごと歪みに変わりかねないし、あるいは私が力を絞り尽くして製剤する前に倒れる可能性もある。

 どちらに転んでもお話にならないので、ほどほどに力を小出しにしながらの根気のいる作業をひたすら続けた。


「ただいま帰りましたー」

 背後で扉が開閉する音と弟の声がした。

「ねーちゃん何しとん? なん、それ? この変な入れ物? うわ、うわ、もしかして錬丹術ちゅうやつか!? ポーションとか作りょうん!? エリクサ!? なあ、何作りょうん!?」

 背後で弟が喚く声が近くなる。てか叫ぶな。揺するな。興奮するな。ぽーそんとかえりくさって何さ。何でそんなに楽しそうなんだ?

「邪魔じゃけ向こう行っとり。爆発しても知らんで」

 土鍋から目を放しもしない私の素っ気なさを正確に察したらしい。以前自分から振った爆発なるワードをほじくり返してくることもなく、すごく不満そうな気配だけを残して敬清は離れた。

 でもこっちを見てる。多分だけど、恨めしそうな目で。

 視線って肌で感じられるもんなんだねー。さすがに意地悪かなと反省したので、説明くらいはしよう。言いたいことを手早く言い尽くすために日本語で。

「薬草が自然に煮溶けるまで、極力手を加えず焦がさず煮続けるのが霊薬作りの肝なんじゃ。勿論付近で余計な魔法を使うのもご法度な。あんたが外で無関係の魔法の練習してきたばっかじゃったら、残り香的な歪みの残滓が飛び火してくるかもしれんけえ」

 だから本職の錬丹魔術師は、外部の力の影響を受けにくい設備や器具を取り揃えた専用の研究室を備えているものらしい。

 ありがたいことに、弟はこれだけの説明で納得した。

「ま、そんなもんじゃろなあ。わーった、邪魔せんけん、爆発させんなや……で、何作りょうんかだけ教えてくれーや」

 しかし興味だけは潰えぬようである。

「ウルリカに聞きい」

 私は渋く背中で答えて作業に戻る。土鍋のカーザがいい塩梅に固形を失いかけてきたところなのだ。

 さて、予習中にちょっと思いついたことがある。

 さっきもちらっと触れたけど、霊薬作りは基本、スピード重視のハイリスクなやり方と、安全重視のローリスクなやり方の二つがある。

 でもそんな、肉を斬らせて骨を断つようなリスクは冒したくないし、石橋を叩いて渡る時間もないんだから、その中間を行けばいいのだ! そうしたら作業効率と安全のいいとこどりが出来るんじゃないか!?

 その試みの結果が如実に表れるのが次の段階。はてさて、どう転ぶかな。


 私は魔物革のミトンを嵌めた手で土鍋をそっと火から離した。

「できたん!?」

 待ちかねたような敬清の弾んだ声がした。

「まだじゃ」

 答えたところで、ふと我に返った。すっかり彼らの存在を忘れていた。いつの間にか、周りの物音や気配すらシャットアウトしていたらしい。

「あれっ、お父さん、お帰りなさい」

 振り向くと、お父さんが仕事から帰って来ていた。全然気付かなかった。更には、食卓の上にはすぐにでも食べられるばかりに支度してある晩ご飯が。何やら期待に満ちた目つきの弟とにこにこしているウルリカが、私と私の掲げる土鍋を注視している。

「……もしや、みんな、私を待っていてくれましたか?」

「緻密な作業中のようだったから、邪魔をしないようにな」

 お父さんはのんびりと言った。何が起こっているのかを、私の意図とともに、つぶさに見て取れたことだろう。そうです、力行使中の私に外部刺激は厳禁なのです! 敬清はそこがわかってない!

「ありがとうございます。絶対に成功させます。でも、一旦ご飯にしましょう」

 小鍋の中は均一に融け広がった薬草の煮え湯。ここから不純物を取り除き、解毒に効果的な成分だけを凝縮させる。

 本来なら一晩かけてじっくり煮込んでこの状態に持って行くものなのだ。それを根性で食事の支度が整うまでの一、二時間に短縮した私を誰か褒めて。

 この小鍋の中身を、気長に自然冷却・乾燥させたものを、数日陰干しにして完成の運びとなる。これは安全なやり方の手順だ。

 作り手の好みに合わせて液剤や粉剤と形態はさまざまだけど、アンプルを保管する小瓶がないし粉はちょっとのアクシデントでお釈迦になりそうなので、持ちがよさそうな丸薬を選んだ。

 スピード重視のやり方では、火を止めるここまでの要所要所で持続的な魔法を使って、混ぜ合わされた材料が最も効果的に噛み合うように誘導したり合成したり分離させたりして、この段階で完成させる。手順どおりに力を注げれば、力と時が満ちたブツは、最後の一押しの魔法をかけたところで、唐突に丸薬とか液剤の体裁を取って魔法のように――いや魔法か――完成品が現れる、という具合である、らしい。色んな意味で一番いい状態の時にそれをやらなきゃいけないので、タイミングはシビアだ。

 さっき実際に薬草の煮溶かしを試みてみた私の印象では、この作業、餅搗きの相の手に似ている気がした。

 んで、ここで安全なやり方の残りの工程を、スピード重視のやり方に倣って冷却や乾燥をぎゅぎゅっとショートカットしたいと思います。

「薬の作成はいいの?」

「一区切り付きました。どのみち冷ましてから次の工程に移るので、ご飯を食べてから再開しても大丈夫です」


 食事はゆっくり味わって、というわけにはいかなかった。

 敬清とウルリカは、私が次に何を始めるのか気になるあまり早く見物したくて堪らないようだったので、自然早飯になり、あっという間に私はまだ粗熱が抜けきっていない土鍋に向かい合っていた。

 でもごめんね二人とも、それほど見応えのあることにはならないと思うんだ。ここまできたらあとちょっとだし。

 お父さんだけが泰然として椅子の背もたれにどっかり巨躯を預け、少しだけ面白がるような見守る眼差しでいる。

 土鍋の底をちょっと触ってみると、まだほんのりと温かい。でも力を使って冷やさなきゃならないほどじゃない。

 別の陶皿の上に敷いた漉し布の上に、へらで集めたそれを乗せる。水分も粗方飛んで凝縮した薬草は、片手の平に収まり切ってしまう、お弁当サイズのハンバーグ程しかない。

 塩と植物油を練り込んで包み込み、よく混じり合うように指先で捏ねた。漉し布がたちまち緑色に濡れ、汁が零れ出してきた。

 これはただ水分を絞っているだけじゃなくて、また力を通わせて、練り込みながら不純物を排出しているのだ。さっきの作業と要領は一緒だけど、布越しにでも直接触れられるのではるかに楽だ。滲み出てくる緑色の汁の中には、不要な成分が詰まっている。

 時々皿から水気を切りつつ、しつこくこねこねして、滴が一滴も垂れなくなるまで同じ作業を繰り返した。

 開いた漉し布の中で、粘土のようになったカーザの精髄の塊は更に小さくなっていた。元の世界の市販の錠剤と同じくらいの大きさにすれば、3~5粒くらいしか作れない。

 錬丹術とはかくも割に合わない職能なのだと痛感する。この技能だけで食べてこうと思ったら、ぼったくりみたいな商売しなきゃ無理だわ。私は錬丹魔術師としては生きられない。

 形を整えるべく千切って……ふと首を傾げる。

「みなさん、錠……えー、塊のお薬は、丸いのと平たいのと、どちらが飲みやすいですか?」

 後はこれの形を整えて乾燥させれば、錠剤というか丸薬というかが完成するのだ。性能の良し悪しに形状は影響しないから、どうせなら飲みやすいようにしたい。

「さー。飲める大きさならいいんじゃね?」

 物心ついた頃から健康優良児の敬清は、薬も飲みつけてないので好みが形成されるに至っていない。

「私も、どちらでも構わないわ。シオネのやりやすいようにして」

 ウルリカも拘りなし。

「なんでもいい」

 お父さんは言うまでもない。

 ていうかみんな投げ遣りだな。もっと一緒に考えてよー。折角ここまで見守ってきてくれたんだから、連帯感ていうかさー……

 しょうがないから、私が作りやすい某丸薬と同じ形にしました。

 こうして、私の初の霊薬作りは、爆発せず、産業廃棄物を大量に生み出すこともなく、至極安全に穏当に終わりました。

 次の日、どっと疲れが出て殆ど寝て過ごしたことを含めなければ。

 くそう、締まらないな!

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