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由無し一家  作者: しめ村
30/43

潮音、森を出る・5

 ここに来てからの日数が一月を回って、お兄ちゃん達そろそろ来るんじゃないかなーとそわそわしながら過ごしていた、はなさかう月近づく朝の魔法訓練時のことだった。



「……!?」

 ぴんと張り詰めていた糸が突然に切れた感覚が頭の中を通り抜け、私は霧散して丸ごと歪みに変わりかけた力を慌ててお手玉しつつも相殺に成功し、安堵の息を吐く。

 今のは、私の不手際で集中が途切れたんじゃない。

 横からにゅっと出てきた鋏かなんかで、糸がぶっちぎられたみたいな感触。要するに外部刺激だ。伸ばした輪ゴムで射撃された時みたいな衝撃と音に見舞われ、しばらく頭の中でくわんくわんと反響している状況で、自分の体から抜け出しかけた歪みを取り逃がさなかった私を褒めてほしい。

 私の力の使い方はそこそこの進捗具合で、奥様のサポートがなくても、なんとか自力で一連の準備・発動・歪みの相殺までを処理できるようになった。成功率は半々くらいで、まだ大きな力の取り扱いはできない。

 ……ううう、この分じゃ、このタイミングでお兄ちゃん達が迎えに来てくれても、まだ帰してもらえない気がする。

 でっ、でも後は精度を高めていくだけという状況で! この日もささやかな力の行使をより的確な効果範囲で、より音を小さく、より小さな歪みで済ませるために、集中していたところだったんだよ!

 普通の人はまず歪みが自分の体に蓄積していくから、いかに歪みを軽減するかに頭を悩ませるそうだというのに、どうも私は歪みを受け付けにくい体質みたいなんだよな。意識して捕まえとかないと、歪みが勝手に逃げちゃうという。

 つまり私は力の使いすぎで魔物化する心配だけは要らないってことだ。

 その分よそに歪みを撒き散らすことになるので、取扱注意物件でもあるとかなんとか。


「女王様」

 当然、奥様もこの異変に気付いていた。同じ衝撃を受けたはずなのに、受け流しも立ち直りも私よりはるかに早く、既にシャンと背筋を伸ばして立ち上がり、いつもの薄手の白手袋に包まれた手で呼び鈴の紐を引いていた。

「あたくしの警鐘の魔法に反応がありました。それがあたくしと同調していたあなたにも響いただけ。あたくしはこれからあたくしのすべきことをしなければなりません。あなたの訓練は中止。下がって、家からは出ないように大人しくしておいでなさい」

 そうして、やってきた執事さんと入れ替わりに、奥様の部屋から追いやられた。



 家から出るなと言われたので、私は物見台に走った。

 とりあえず、何が起こってるかくらいは知りたいと思うのが人情ってもんよ。

 女王様の家のエントランスホールからやや左手に奥まった位置にある、ばかでかい煙突みたいな壁の内に作られた螺旋階段をわたわたと駆け上がり、小さな木戸を押し開けて屋上に出る。

 物見台のてっぺんは、階段の終点の周りに人一人分ほどの幅のテラスと、覗き穴が等間隔に切られている私のお腹の高さの手すりがあるきりだ。

 私は手すりに手を着いて、上体を乗り出した。

 拓けた視界はいつもより高く、風が吹き抜けて頬を撫でていく。青々とした草と土のにおい。

 入口を出てまっすぐの位置からは、だだっ広い地平線とそこに一筋鮮烈な横線を引く森の濃い緑。空と溶け合うよう輪郭を霞ませる山並み。あっちが西だと教わった。

 そこから左へ、体ごと向き合う。こちらも地平線と平行に、どこまでもどこまでも広がる、森より淡い緑色の田園風景。

 収穫の時期にはまだ早い緑の絨毯に無粋な切り込みを入れながら、黒い盛り上がりが西の方から向かってきている。大きい。

 ゴマ粒ほどにしか見えないたくさんの見慣れたシルエットは人だ。農作業に勤しむ、ヴォジュリスティから畑の世話をしに毎日通ってくる農家さん。

 それらに比べて、地元住民の生命を繋ぐ穀物畑に無軌道なミステリーサークルを刻んでいるあの点は小豆ほどある。それも2つも。

 畑で働いていた人々は、街の方角へ逃げ始めている人もいれば、一枚向こうの畑ではまだ気付かないのか動かない人影もある。

 あの小豆サイズの塊たちが野の獣なのか魔物なのか判別する基準を私は持ってないが、どっちにしろ、逃げている人がいるってことは事件に違いない。

 魔境に続く森際には、兵隊さんの詰め所が設けられていると聞いている。魔物だとしたら、辺境の森の管理人の目と詰所の合間を縫って魔境または辺境の森から現れたか、兵隊さんの目が届かないどこかに魔物の巣に通じる歪みが出来たか、もしくはそこから抜け出してきたか。

 お父さんのような強い人が魔境のすぐそばで見張っているのに、なんで森の外に魔物が出現するのかといえば、必ずしも魔境からさまよい出た魔物ばかりでなく、むしろそういう、森の外でぽっと出た奴らばっかりだからなんだそうだ。魔境産の魔物は、そんなのに比べて格段に危険度が高いんだとか。

 それを思えば、森の中の我が家付近で一度も魔物を見たことがなかったのは、以前オルソンのおっちゃんが言ったように、お父さんが自分の縄張りに魔物を一切寄せ付けない隙のない仕事を果たしていたからに他ならない。

 恐らくよそ様の土地ではもっと魔物の出現頻度は高いのだ。聞いてみなけりゃ分かんないことってのはあるもんだね。

 奥様がすべきことと言ったのはこの事態を何とかするための手を打つことなんだろうけど、兵隊さんを呼ぶにしろ人々を保護するにしろ、一人も人的被害を出さないうちに間に合うんだろうか。


 街の方角を見る。

 見晴らしのよいこの家からは、目算でだけど直線距離で3キロメートルくらい向こうに街の街壁が地平線に聳えているのが見える。物見台のてっぺんからなら更に、丘の起伏に沿って折れ曲がった道が街の西門に飲み込まれているところまで見て取ることができる。駐在さんの人影の有無まではさすがに遠すぎてわからないけど、日が登っている今は西門が開いているところまではわかる。

 まだ兵隊さんが駆けつけてくる兆しはない。

 私はハラハラしながら物見台の手すりに張り付いて目を凝らし続けた。

 その時、付近で力の人為的なうねりを覚えると同時に、びりりと頭の芯を打つ衝撃が、奔流の勢いで私の頭を伝播していった。

 多分、奥様が、街のお殿様のお屋敷へ魔法による迅速な伝達を行ったんだ。じきに兵隊さんが西の門から出動してくるだろう。

 私は再び畑に視線を転じた。

 小豆サイズだった塊は更に近く、大きくなっている。人を狙っているかどうかはわからないけど、とにかく街へ近づいている。

 人影はもどかしいほど遅く、のろのろとしか動かない。彼我の距離はどんどん縮まっていく。このままじゃ追いつかれる。兵隊さんはまだ門から出てこない。いや、今すぐ出てきたとしたって、接近してくる塊と今一番近い位置にいる人を救うには間に合わない。

 間に合わないんだよ!



 ぐだぐだ考えたのはそこまでだ。

 雑念を振り払えば、体は軽くなった。

 前脚に力を込め、物見台の手すりに飛び乗ると、思いっきり石壁を蹴って跳ぶ。

 毛なし猿とは比べ物にならない脚力での跳躍は、奥様の家の敷地を一足飛びに飛び出してなお高さに余裕を持って滞空していられ、そこそこの距離を稼げた。

 中空で見定めた大きな影は、バッファローと熊を掛け合わせたような湾曲した角と長い毛足の頑丈な巨躯の獣。魔物ではない。毛なし猿がハヌブラと呼び倣わしている、この地では珍しくもない野獣だ。一見牛ハヌらしく草も食べるが、ルブラらしく雑食性でもある。要するに草から毛なし猿までなんでも食う。

 繁殖期の熱狂に我を忘れたか、雄が雌を追っているうちに毛なし猿の領域まで深入りしすぎたのだ。

「来るな! 野に帰れ!」

 毛なし猿が丹精した作物をかき分けて手近な雌の方に走り寄りながら吠える。

 威嚇が通じればと思ったが、やはり私の変化は形だけで、本物のフェルビーストじゃない。魔境の気配に馴染んだヴォジュラの野獣は、威圧されてはくれなかった。単に言葉が通じてないだけという可能性もあるが、私に威厳が足りてないのが原因の一つであることは間違いない。

 東に向かって走っている毛なし猿はまだ油断の出来ない位置にいる。早く街に逃げ込んでくれ。


 かくなるうえは、私が時間を稼がねば。

 まっすぐ雌ハヌブラに突っ込んでいき、ぶつかる寸前で後方に飛び退いて動きを合わせつつ、喉に食いつく。

 ハヌブラはすぐ前に飛び込んで行った私の存在など、気にも留めなかった。衝突したところで、大した衝撃もなく踏み潰してしまえる質量差だ。減速すらさせられてない。

 雌ハヌブラの喉に噛みつき、ぶっとい肩に回り切らない前脚の爪を立ててしがみついた私は、いつ振り落とされてもおかしくない。

 祖の獣を模した牙は鋭い。張りぼてでも、いくらかは普通のわんころより優れた点もある。少なくとも顎は。ほぼ顎の力でぶら下がっている状態だというのに、今のところ顎関節は外れそうにないし、牙も折れなさそうだ。むしろ分厚い毛皮と脂肪に守られたハヌブラの表皮を食い千切ってしまい、落っこちた。

 そこでやっと雌ハヌブラは足を緩め、泡交じりの涎を撒き散らして喚き声を上げた。

 前脚に轢き潰されてはたまらないので、丸まって脇に転がり、再度雌ハヌブラに飛びかかる。

 今度は背に飛び乗って首の後ろをガブリと一噛み。いかんな、後ろは更に防護が厚い。

 雌ハヌブラは闇雲にその場をぐるぐると暴れ始めた。

 頑張って四つ足を踏ん張ったが、波打つ筋肉の上というのは、安定した姿勢を取るには適していない。

 そのうち雌ハヌブラは、雄に追いつかれそうになり、ますますパニクってきた。農作物の上に身を投げ出して、転がり回り始めたのだ。

 熊並みの巨体ローリングに巻き込まれてはひとたまりもない。慌ててとんぼをきって跳び降りる。

 毛なし猿はさっきよりは離れた。しかしまだだ。ハヌブラ達が私なんぞ無視して突進していったらたちまち追いつかれて轢き殺されてしまう程度の距離しかない。

 二頭のハヌブラが私を挟み打つ状態で近距離にいる。目論見通り、仲良く私を敵と認識してくれた。

 以前事故で化身した時に比べて、私は格段に冷静でいる。自分にできることを自分の中から探し出してこの状況に有効かどうかを検討する余裕もある。

 できることをさらってみたら火を吹けそうだったので、牽制がてら吹こうとしたが思い止まった。

 だいぶ踏み拉かれてしまったが、ここは畑だ。これ以上の被害は慎まねばならない。こいつらを人気のない方向に誘導しなくては。

 人里から離れた、北西の方角がいいだろう。とりあえず二頭の包囲の反対側に出たい。間をすり抜けることは難しくないが、問題は二頭ともがちゃんと私を追ってきてくれるかどうかだ。もう少し挑発しておいた方がいいか。



『おい待てっ、それ以上何もするな』

 突然、お兄ちゃんの声が頭の中に響く。

 驚く間もなく、上空から一羽の鳥が急降下してきた。

 空中で灰色の羽を畳んで錐揉みしながら体の輪郭が解けて広がり、目の前にいた野生の雄よりずっと立派な灰色のハヌブラの姿に変わりざま、私の前に背を向けて着地する。

 お兄ちゃんが登場するなり、ハヌブラ達は目に見えて狼狽した。野生の勘で、絶対に勝てない相手と対峙していることを理解したのだ。

 お兄ちゃんが鈍器のようなでっかい蹄のぶっとい前脚でなぎ倒された農作物の上を叩き、地を這うよりも低い尾を引く唸りを噴き出すと、彼らはびくっと身を竦みあがらせ、一目散にやって来た方向へと走り去る。目が合った次の瞬間には全力でその場から消える野良猫を思い出す逃げっぷりだ。

 一睨みで猛悪な野獣二頭を追い払ってのけるとは、さすがはお兄ちゃんだ。

 それに、さっきの着地。ハヌブラの巨体での着地にも拘わらず、音が全然しなかった。どすーんとかずどーんとか大音響で大地を揺るがしてもおかしくない質量の激突だったのに。変身と着地のタイミングをよほどうまく見計らっていないとできない芸当だ。

 お兄ちゃんが体を斜めに傾け、私の方を振り返った。

「お兄ちゃん! いつの間にまたこっちに来たんですか? さっきですか? 迎えに来てくれたんですね? いらっしゃいませ! ありがとうございます!」

 尻尾を振って飛びつく私を、お兄ちゃんはぶっとい首をそっと振って脇へ押しやり、また変身した。今度はドバの姿になる。やっぱり灰色だ。

『警備隊がじきに到着する。立ち話をするにはここは向いていない。ずらかるぞ』

 田園風景に紛れていてもおかしくない姿になったお兄ちゃんはたちまち上空に舞い上がったので、私は慌ててついて走った。上を向いて走ったものだから、被害を受けていない茂みにまともに突っ込んでしまい、脚をもつれさせながらまろび出る。

「お兄ちゃん、待ってください! ついていけません!」

 ウォンウォン悲しい声で吠える。

 どこへ行くのかもわからないのに置いて行かれたら困る。何にも知らない警備隊の人に怪しい犬と思われて捕まっても困るし、奥様のところから脱走したとバレたら更に困る!

 そうしたら、お兄ちゃんは戻ってきてくれた。

 私の近くの作物の茎に斜めに止まり、ドバそのものの仕草で首を傾げる。

『お前も飛べるものになればいいだけだ。目立たぬよう小さいのにしろ。今そんななりをしているならできるだろう』

 お兄ちゃんがまたすぐ飛び立とうとするので、何か飛べる生き物に化けねばとじたばたした。急速に視界が広がり、目を瞠ったお兄ちゃんが遠ざかる。いや、お兄ちゃんがでかくなった?

『ああ、大きさはそれくらいでいい。むしろそれより小さくなると却って飛行速度が落ちるぞ』

 そう言われて初めて、ちゃんと小鳥になれていることに気が付いた。

 白いまんまるお腹には細かな羽毛がみっしりと生えている。手を動かそうとしてみると、体の横でぱたぱたと空気を叩く音がする。首を横向けてみると、それは手羽型の肉に根元だけ白い黒い羽がびっしり生えている、鳥の翼だった。

 なんと、私は自らの意思で変身を成し遂げたのだ!

 我を忘れずに、自分がなりたいと思った生き物に変われたのだ!

 どうやって力を体に巡らせてどのようにして体が作り替わったのか自分でも全くわからなくて、いつ体が変わりはじめたのかもさっぱり自覚がなくて、自分がなんの鳥になったのかもわからないけど。

 これがテストならかなり厳しめの採点になるだろうが、幸い今は中間でも期末でもない。結果だけ見てよしとしよう!

 ところが。いざお兄ちゃんに追従しようと羽ばたくも、飛び上がれない。

「あれ?」

 体が重い。すごく重い。

 飛べない。

 お兄ちゃんが、ドバ顔でもはっきりわかる呆れ顔で溜息をついた。

『……わかった、そのまま何もするな。俺が連れていく。敢えて言わせてもらうなら、おまえの羽と脚の付き方はめちゃくちゃだ。肉の配分がおかしいし、羽の形も実用的ではない。骨と関節も恐らく人間の構造のまま見てくれを鳥にしただけなんだろう。形だけ模したのでは飛べなくて当たり前だ』

「……すみません」

 敢えての部分が台詞のほとんどを占めてるってどういうことなの。急いでたから無我夢中で化けたのに。化けろというから化けたのに、そんな回りくどく駄目出ししなくたっていいじゃないか。拗ねてやる。

『化けたいと思うものは、よく知ることだ。よく知るには、よく観察することだ……じっとしていろよ』

 一応フォローもしてくれる。お兄ちゃんはドバの姿のまま少しだけ大きくなった。

 と思いきや、ぱっと私に飛びかかり、健康的なピンク色のあんよで私を引っ掴む。

「ひぎゃあ!」

『取って食いやしない。しばらく大人しくしていろ』

 取って食いやしないとは言われてもだな、いきなり簀巻きにされた恐怖とショックは、小鳥サイズの脳みそで飽和するには十分だと思うんだ。



 私を運んだお兄ちゃんが降り立ったのは、さっきまで私が現場を見渡していた奥様の家の物見台のてっぺんだった。

 運ばれる途中、下界に街の西門から馬に乗って現場に急行する十人ばかりの毛なし猿を見かけた。

 彼らが到着した時には畑の無残な被害状況しか残されていないけど、農家に補償をするための調査なんかも公務員の仕事のはずだから、きっと彼らの活躍の場は残っているはずだ。

 そっと私を石造りの床の上に下ろして距離を取ると、お兄ちゃんは灰色のおどろ髪の毛なし猿に変わる。猫背気味に座ってるのは、外から手すり越しに頭が見えちゃうのを回避するためだろう。

 お兄ちゃんの速度が私の動体視力を上回っていたので細部は見て取れなかったが、ハヌブラに変わる直前の鳥の姿も、ワシに似た外見と大きさの、灰色と白のだんだら模様で、おなかは白だった。ハヌブラの姿も、さっきのドバも灰色。

 思い返せば、お父さんの水狼も雨に濡れて濃くなっていたけど灰色だったっけ。頭髪がない人だからあんまりカラーのイメージ湧かないんだけど、眉毛の色から判断はできる。

 実際的なことにしか頓着しない性格の親子だと思ってたけど、意外と拘りが強いんだろうか。

 お兄ちゃんにつられるように私も謎の小鳥から毛なし猿に戻り、体育座りをして、年長者のありがたいお言葉を拝聴する体勢になる。

 うん、叱られるだろうなーとは思ってる。


 お兄ちゃんは手すりに身を隠すように立て膝でしゃがみ込んだ姿勢で、奥歯が痒いのを我慢してるみたいな表情で、溜息をついた。溜息ついてばっかりだ。申し訳ございません。

「まず尋ねる。ゲルトルートどのに許可されたのか?」

「……いいえ。女王様は、家から出ずに大人しくしているようにと言われました」

 目を眇められたので、思わず視線を後退させて肩を窄めてしまう。何と弁明しようと私は言いつけを破った。

「なぜあんなところでハヌブラと戦っていたのかについては省略する。おまえにはおまえの仁義があるだろう」

 思いがけず理解ある言葉に、つい顔を上げてお兄ちゃんを見返す。

 薄青の目は厳格に私を見ている。多分、私の中の弱さや曖昧さを見据えている。

「だがなぜあの姿で単騎特攻などという手段を採った。力を使うにしても他にマシな手段はなかったのか?」

 返す言葉もございません。

「他にやり方を思いつきませんでした」

 言い訳がましいが、そうとしか言えない。

 他の方法を考える余裕もなかった。マジで、気が付いたらこうしてましたっていう。

 ていうか、私。

 なんの疑問も抵抗も抱かず、さっきまた犬になってた……?

 こわごわと自分の手を見下ろしてみる。五本の指が生えた肌色の手のひらがそこにある。さっきまで、私の手は赤い毛皮に覆われた前脚だった。それを何の疑いも驚きもなく受け入れて、ハヌブラと戦おうとしてたんだ。

 なんてこった。気付いてなかった。全然変身した自覚なかった。

 スイッチ切り替えるみたく人間の常識武装から獣の率直思考に切り替わってた。

 おまけに、根拠もなくあんなでっかい野獣二頭に渡り合える気になっていた。無我夢中で飛び出して行ったはいいけど、蟷螂の斧もいいところだったぞ?

 むしろよくぞ恐れ気もなく行ったな自分。今更冷や汗がどっと噴き出してきたんだけど。

 TPOも弁えず火なんか吹こうとしたし。

 お兄ちゃんの言うとおりだよ、同じ力を使ってハヌブラ達を防ぐなら、もっと巻き添えの少ない、適当な方法があったんじゃないか?

 ……待て。火?

 ……そう、そうだよ。吹ける気がしたんだよね。あの時私が姿を模した祖の獣がそういう能力を持ってたから。前よりうまく力を使えるようになったおかげか、前よりうまく模写できてたから、口から火だって吹けそうだったんだ。

 実際にやってみたら、吹けたには違いないけど、口の中が焼けちゃったんじゃないかなあ。

 その後、小鳥になった。お兄ちゃんがさっさと飛んで行っちゃうから、置いて行かれちゃたまらんと思って、つられて化けた。

 んで、ここに下りてきてお兄ちゃんが人間に変わったんで合わせて、また人間に戻って……

 思わずといった感じでころころ化けてたけど、なんでそんな簡単に?


 呆然としていると、突然お兄ちゃんが笑い出した。

「一月前はあんなに元に戻れないと色んな方面を騒がせたというのに。どんだけ捻くれているんだか」

「違います! 私は決して、皆を困らせようとしてあんな事をしたわけではありません! 自力で元に戻れなかったのは本当です! 今日に限ってなぜ!?」

「わかってるわかってる。もう一度やれと言われてもできないんだろう。おまえはそういう奴なんだとさすがにわかった」

 敬清曰く本番に弱いってか? 確かにさっきの謎の小鳥が飛べないのも、意識するから余計空回ったかもしれないって心当たりくらいはあるけどもさ。

「つまり無意識下では、そこそこ力を使えるようになってきたということだ。よくやったな」

 え? ……えへ、そうかな? 今の、褒めてくれた?


 ……いやいや、調子に乗ってはいかん! 慢心に隙ありだ!



 結局私は、その月に森へ帰ることはできなかった。理由は制御力不足。

 この件が判定に関わっていたかどうかは、私にはわからない。

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