潮音、森を出る・1
「なに、その犬」
ヒックがぽかんと口を開けた。
イズリアルとジェオフレイが犬を連れて戻ってくれば、そう尋ねてみたくもなるだろう。
仕留めた獲物を担いできたでもなく生け捕りにして引き立ててきたでもなく、引き綱もない状態で勝手についてくるに任せている。
「預かり物だ」
淡々と答えたジェオフレイは、どう見ても大型の犬っぽい動物にしか見えない今のシオネを妹だと公言するのは賢明ではないと判断したらしい。
森入口の詰め所に集合していた部下たちの戸惑いを感じ取り、イズリアルは笑いを噛み殺した。
詰所の兵士たちは怪訝な顔をしつつも、イズリアルが咎めないのだからいいのだろうと早々に結論付けて知らんふりをしている。
「今し方ジェオフレイが言ったが、この子は預かり物だ。うちまで連れて帰る。無事に到着できるよう道中気にかけてやってほしい。名前はシーちゃんという。よろしく頼むよ」
一応この事態の責任は自分にあることになっているのでイズリアルがそう紹介すると、シオネはそれに併せて挨拶するかのごとく一声吠えた。
「ワン!」
「イズリアル、勝手に変な名前を付けるな」
「いいじゃないか。本人はそれでいいようだし」
ジェオフレイは渋面で文句を言ったが、シオネ本犬はいたってノリがいい。お愛想に尻尾まで振ってみせる。
「珍しい毛色をしておりまするな」
「珍品価値があるのは毛皮になってからで十分だ。番犬なんぞうちにゃいらんでしょうよ」
物珍しそうにそんな感想を漏らしたアンスガーに対して、シーヴァーは苦々しい顔だ。犬に追いかけられた経験でもあるのだろう。多分、どこぞの屋敷に忍び込んだ際にでも。本人はフェルビースト直雇になる以前のその時期のことを若気の至りと称してあまり語りたがらない。まあ、若い頃というのはいつかはそんなものになるのだろう。
「いやあ、この子は番犬にゃ向いてそうにねえぞ。見ろよ、この面」
組合員上がりのジェスロは上背こそないがたくましい首を巡らせて肩を竦めた。
シオネは内心はともかく見た目は何も考えていなさそうなくりくりした目で、目の前に雁首揃えた初対面の男7人をかわるがわる見比べている。当面の同行者となることを言われずとも理解して、顔を覚えようとしてのことだ。
「まるきり外れでもないが、正解でもないな。この子に関しては私とジェド監視官の合意の下部外秘とさせてもらっている。すまないがこれ以上は言えない。そのことだけ認識してほしい」
眉間に皺を寄せて黙っているジェオフレイに代わり、イズリアルがすらすらと答えた。予め一家と打ち合わせ、シオネの出自に関する話は一切明かさないことにしてある。部下たちの詮索は一切受け付けない構えだ。
感傷のままに涙ぐみ、くれぐれもシオネをよろしくお願いしますと繰り返したウルリカと、実の姉を他者に託さねばならない憤懣を懸命に堪えて頭を下げたケイセイの信頼を裏切るわけにはいかない。
シオネを人に戻し、森に帰すことが二人の望みだ。
イズリアルの立場では、口約束と言えど軽々しくできなかったので、あの子たちに心許ない顔をさせてしまった分、実現に向けて個人的な尽力は最大限することに決めたのだ。
こんな大事に発展してしまった以上、さすがのジェドとジェオフレイも、これほど強い魔法を持つ拾い子の存在をフェルビーストに秘したままにはしておけないと判断した。
彼ら親子は、魔境監視官の中でも特異な存在だ。
ジェドは若かりし頃、フェルビーストと縁ある大いなる存在に触れて力を得たと聞いている。ジェオフレイが父親と同じ力を受け継いでいることは間違いないことだった。この二人が動物からやたらと好かれたり、逆に恐れられたりしているのはそのせいに違いない。
彼らがイズリアルの一族に仕えているのは自分たち一族がフェルビーストの末裔だからだと父は断言し、そんな彼らを抱えているフェルビーストは、彼らの自由意思を実現可能な限り尊重しなければならないとも言った。
ジェドが父領主の筆頭武官としてヴォジュラの中枢に食い込むよりも、辺境の森に引っ込んで一管理人としてあることを選んでそれを叶えたように。
シオネとケイセイはまだ、彼の薫陶を受けたと言えるほど長い影響下にはなかろうが、森での伸び伸びとした暮らしぶりを見るに、大都市の中で役職や富や名誉と引き換えにフェルビーストの手駒となって働くことをよしとはしない可能性は高い。
問題はシオネをどれだけ早く人に戻せるか、その後すんなりと森に返せるかどうかだ。
一つ目の懸案についての具体策は、イズリアルの父の妹にあたるゲルトルート叔母ならば、シオネを元に戻すことができるだろうとの明確な意見をジェドが呈した。
現在のフェルビーストで随一の魔術師である叔母は、確か治癒系とそれに関連する魔法操作系を得意としている。
下手に魔術師組合に打診して人材を探す手間暇費用をかけるより手っ取り早いし、外部の者に事情を説明する危険も回避できる。うってつけの人材ではある。
シオネが変身した姿について、イズリアルはどこかで見たような気がする動物だと内心で首を捻っていたのだが、ふと思い当たってみればなんと、一族が成人した時に明かされるフェルビーストの祖を描いた壁画と同じ姿だった。今でこそ消えてただのくすんだ赤味の強い毛皮だが、壁画の中の祖は確かに火を纏う地狼とも狐とも犬ともつかぬ姿で描かれていたのだから、間違いあるまい。
自分と魔法を通わせたことが原因で何らかの影響を受けてしまったことは想像できたが、そこまでだ。
シオネの魔法の質量を読み取るにあたって決して気を抜いたわけではないし、乗っ取られるような隙を作ったつもりもない。何かに引っ張られるような強い感覚があって、一瞬、あえて例えるならば貧血を起こした時に似た重たい空白が頭を埋め尽くし、立ち眩んだだけだった。特に体力や精神を削られた自覚はない。
それだけで魂の根源的な部分にまで到達してしまったのはシオネの魔法の強さゆえであろうし、このことから彼女の制御のままならない未熟が露呈されたかたちになる。
叔母の歯が立つといいが。魔境と都間の魔法の乱れを観測する仕事に人気が多い環境は妨げになると主張し、長らくヴォジュリスティ郊外の別邸に引き篭もっている神経質な叔母だけに、ジェドと面識があったとは知らなかった。
イズリアルが受け持つのは、シオネの身柄預かりとゲルトルート叔母への繋ぎである。
二つ目の案件についてはイズリアルの頑張りは勿論だが、シオネ自身の努力も必要となってくる。
彼女に野心がないこと、強い魔法を備えているが同時に暴走癖を持っていること、平穏な暮らしを提供するなら大人しくはさせておけるだろうが利用は難しいこと、人的被害の極力少ない辺境の森が最も適当な生活区域であることを父領主に説明しなければならない。
最低限、シオネ個人との間に彼女の魔法の使い方や使い道を制限する秘密裏の契約を結ぶことは避けられないだろうなと、イズリアルは思っている。
「そんじゃ訊きません。でも構っていいんすよね? 名前の響き的に女の子?」
「ワウゥ!」
「ああ、そっか女の子かぁ。俺たちの言ってることわかるんだねぇシーちゃん。賢いねぇ」
ヒックはさっさと疑問を捨て、しゃがみこんで犬に手を伸ばした。順応が早い。
「干し肉など、やってもええですかのう?」
がっしりとした初老のハルは、殊更に主張したことこそないが動物好きである。彼が手塩にかけて育てた使い魔は鮮やかな模様のキジ猫で、これにルクレシアスという気取った名前を付けて連れ歩いている。加えて彼は資格魔術師の例に漏れず新しい知識の収集が大好きだ。この珍しい毛色の、どの種ともつかぬ獣に俄然興味をかき立てられているに違いない。そわそわとイズリアルに確認を取りつつも、手は既に自分の荷袋の紐を解き始めている。
シオネは初対面の青年が愛想よく伸ばしてくる手の射程ぎりぎりの圏外に留まり、戸惑いがちにジェオフレイを見上げる。ご主人様にお伺いを立てるかのごとき素振りだ。
「このヒックは調子づきやすい奴だからほどほどに構ってやれ。このハルどのはよい方だから、いただいていい」
シオネに紹介しながら二人の仲間を示すジェオフレイの言い草は中々ひどいものだ。
それを真に受けてキリッと表情を引き締めるシオネも大概ひどい態度だ。
「おまえ、妹の話しねぇどころか、ペットにまで俺のこと牽制させんの?!」
「おうおう、シーちゃんはちゃんと言うことを聞くええ子じゃのう。ジェオはほんに動物に好かれるんじゃからなぁ。ええのう。わしのルクレシアスもおぬしには態度が違うしのう」
「ガキには怖がられるくせによー」
リスは愚痴り合う二人の横をすり抜けていち早くシオネに接近した。どこかうやうやしさを感じさせる仕草で腰を屈める。彼が珍しく発した長い言葉は、彼らの部族においては最大級の丁寧な古い言葉に違いなかった。この辺境の森に多数住まう妖霊人の複数の言語に通じるイズリアルにも聞き取れなかったからだ。
「リス、こいつは雑種で、あなたの言う古い血は継いでいない」
「シカシ……」
ジェオフレイがすまなさそうな溜息交じりにリスを遮ると、リスは未練を覗かせながらも、それ以上言葉を重ねるのをやめた。
「ギャン!」
雑種という言い草が気に入らなかったのか、シオネが抗議するように鳴いた。
「違うか?」
ジェオフレイは特に表情を変えるでもなく、真顔でシオネを見下ろした。
両者の視線がぶつかる。
激突は短かった。
目を眇めるなり眉根を寄せるなりすれば争いになったのかもしれない。無表情で長々と見据えるだけのジェオフレイの眼差しにどんな強制力が働いたものか、シオネがすごすごと三角形の耳を後ろに寝かせ尻尾を後足の間に巻き込むまで、さほどの時間は要さなかった。
両者の力関係はこの時くっきりと形作られたようだ。
一夜明けて、早朝ヴォジュリスティへの帰路に就く。
森の各所に住む監視官たちと詰め所に詰める兵士たちの一月分の物資を全て放出したいくつもの荷車のうち、詰所の兵士たちの手により九台を残して解体し、分乗させてある。
帰る時は楽でいい。街からこちらへ来る時には壊れ物がまじっていることも多い荷物を気にして十台以上の荷車を守りながらの道のりだが、復路は一頭で一台の車を牽いていたマズリたちを二頭繋げる分、彼らの脚力に併せて多少無茶な速度も出せるのだ。
荷台に厳重に梱包された魔境産の希少資材とイズリアル達自身の手荷物と野営道具ともども積み込んで固定し、マズリたちを繋ぎ、御者席に一人ずつ収まれば、準備完了なのだが、今回は、これまでにない喧々諤々とした中での帰り支度となった。
荷の積み込みと荷車の点検は出発直前にイズリアル達で行う。
その間シオネはというと、ひたすらうろうろしていた。
「シーちゃんよ、こりゃ俺のじゃねえぞ。アンスガーんとこだ。返してきな!」
「ふむ、鼻はそんなに利かぬのかな?」
「そりゃあんたが臭えからだろうがよ。四六時中錆びた鍋みてェな臭いさせてりゃ、犬でなくても鼻がひん曲がらあ!」
「言いよったな貴様。後で覚えておれ」
「うわっ、シー公こっち来んな!」
「ぎゃはは、シーヴァーがシーちゃんにおちょくられてるってか? シーヴァーがシーちゃんに。ぷっ!」
「うっせえ小僧! 人間様をおちょくろうなんざ、性質の悪ぃ犬だなあんにゃろう!」
「おい、マズリたちの足元には寄るな」
「ヒヒーン!」
「ふぎゃあ!」
「おお、これこれルクレシアスや、こっちへおいで。シーちゃんや、おまえさんはルクレシアスより大きいんじゃ、急に脅かさんでやっておくれ」
犬の手足では手伝うこともできず、それでも何かしようとしてなのかアンスガーの背嚢を咥えてジェスロの荷車に引っ張り上げたり、違うと叱られてしゅんとしたかと思うと一瞬後には立ち直って、犬嫌いのシーヴァーにわざと近づいては追い払われる前にさっと逃げ出したり、マズリたちの足元にまとわりついて蹴られかけたり、ルクレシアスにちょっかいをかけて引っ掻かれたりと、へこたれずに一貫性のない行動を繰り返していた。
ジェオフレイは作業の合間にもしっかりと監督の目を配り、シオネが移ろう好奇心の赴くまま犬そのものの気ままさで自分の目の届かない所まで離れようとすると、幼子の親かというほどこまめに声をかけて呼び戻す。たいていは溜息交じりにだ。
その間、一度もシーちゃんと呼ばなかった。『おい』呼びか要件だけで済ませてしまう。下手にシオネが賢さを残していて意味が通じてしまうのだ。
出発の用意が出来てジェオフレイが呼んだ時、シオネはヘゴヘゴ虫を追いかけて茂みに頭を突っ込んでいたが、聞き分けよく彼の荷台に飛び乗って腹這いになった。
またもお伺いを立てるように隣の兄を見上げる。口には大人の掌ほどもあるヘゴヘゴ虫を咥えている。
「ああ、食っていいぞ」
端的なジェオフレイの回答にシオネは嬉々としてヘゴヘゴ虫を前脚で抑え込み、貪り食った。
胸が悪くなるような咀嚼音がしばし響く。
イズリアルばかりでなく他複数の仲間からの物言いたげな目線に気付いたジェオフレイは、薄青の目を瞬いて、さも意外そうに反論した。
「知らんのか? うまいし腹もちもする」
「そんなものを拾い食いして腹を下さんのはお前くらいだ」
イズリアルは言うだけ損した気になってどっと疲れた。
「あー、ガキの頃のおやつが虫だったって話? しかも生」
「そこはせめて果物にしておくのが文明人らしい選択というものだぞ」
「へごへご虫、ウマイノカ……」
いかにも野性味あふれる食生活に耐性が高そうな牙の氏族のリスは、見た目同様猪に似た食文化を持っている。肉も食べられないわけではないが、菜食を好む。基本的には植物性の食事だけであの頑丈な巨体を維持するのだから、生命の神秘を感じずにはいられない。
つまりゲテモノの拾い食いなどする者はジェオフレイだけだ。シオネの野生を助長するつもりは毛頭なく、問題視すらしていないのだからそりゃあ話が噛み合わない。
物心つく前のウルリカに与える際にはさすがに熱を通してからにしていたそうだが、果たしてウルリカは自分の離乳食が焼いた虫の中身であったと知っているのだろうか。
そこまで考えてイズリアルは首を振った。
知ったところで、繊細でか弱そうなのは顔だけで神経はごく太いあの娘ならば、別段衝撃は受けない気もする。なにしろあの父とこの兄に育てられた娘なのだ。
しかし、シオネは大丈夫なのだろうか。どんどん獣に染まりつつある。恐らくだが、人間だった頃の彼女ならば、ヘゴヘゴ虫を生で食べようなどという試みはしなかったと思われる。
この獣そのものの行動を繰り返す赤い犬が、一昨日の午後までは人間の少女だったと知っているイズリアルでさえ、今のシオネの有様は元来獣であったかのような錯覚をしてしまう。
精神の――あるいは知能の――退化が進んでいる。
今まで姉弟を森から出すことに慎重な姿勢を崩さなかったジェドとジェオフレイが一転してフェルビーストに預ける気になったのは、徐々にだが着実に人としての知性を失ってゆくシオネの姿を、ケイセイとウルリカに見せたくなかったからでもあるのだろう。
それなのに生のヘゴヘゴ虫は食べさせるのだ。
ジェオフレイにとっての人間らしさの判断基準がわからない。
九台の馬車は道なき荒野をひたすら南へ疾走する。
三つの車輪を連ねて石混じりの足場に対応している頑丈さ最優先の荷車とそれを牽くマズリたちの力強い牽引の速度頼みで、尻が破れそうな衝撃や振動には目を瞑って。
安全重視で悠長な速度で走るには辺境周りの荒野はあまりにも無味乾燥だ。変わりやすいヴォジュリスティ以北の天気に左右されがちな道程では、急な露営に迫られる場面もあり、移動に時間を割いていては本来一日走れば済む片道時間を無駄に引き延ばすことになる。
一月に一度の往来だから、轍の跡も残らない。気まぐれに吹き荒ぶ辺境の強い風は、今し方通った道に残った跡さえ容易く掻き消してしまう。にわか雨が通って、一時的な沼地を形成し回り道を強いられることもざらにある。天気と地形はよくても、思わぬ襲撃者に足を止められることも少なくない。
同じ休むなら街に戻ってからにしたい。その気持ちから、一同は遠慮なくマズリたちに最高速度を要求する。
舌を噛まない工夫と車に酔わない慣れを彼らは身に着けている。ヒックなどはじめのうちは泣き言を零していたが、今では慣れた。そういう心身ともに打たれ強い性質の者を選んでイズリアル直属の部下は決められている。
イズリアルとて、引き継ぎのためにオルソンに連れられてこの往復を一通りやり終えた頃には、本当に尻と腿裏が破れてうつ伏せでなければ眠れぬほどだったし、口内に綿の塊を詰めて馬車を駆っていたものだった。平気な顔をしている叔父や古参の部下たちのきびきびとした仕事ぶりの端っこで使いものにならなくなった自分を鑑み、挫けてたまるかという意地と気合だけで食らいついていった記憶はまだ新しい。
その頃にはまだジェオフレイはおらず、彼は父監視官と妹と同じ家で三人暮らしをしていた。息子にも外の世界を見聞する猶予をやりたいと言うジェド監視官に、ぜひ自分の補佐として働いてほしいと熱烈に勧誘したものだ。
彼が実は自分の乳兄弟だったと知ったのは、彼の採用が本決まりになってからのことである。
監視官の中でも父領主と叔父が一目置くジェドの実子であり、剣の腕も折り紙つきと叔父が太鼓判を押す、自分と同年齢の青年が同じ職場にいれば、苦労を共にできる仲間が出来るという弱音じみた考えもあったことは否定しない。
いざ仕事に加えてみれば、彼はイズリアルやヒックがかつて通った新人の洗礼を涼しい顔で潜り抜けてしまった。
跳ねながら走るような荒野縦断も玄人と同じようにこなし、どこそこが痛いだの舌を噛んだだの酔っただのと言わないし、そんな素振りも見せない。実際に平気だったのだろう。
道中襲ってきた盗賊や魔物の対処も呆れるほど手慣れた様子で、どんな事態にも動揺の欠片も見せなかった。
いったいどんな訓練を積んできたんだという疑問は、さほどの時間を置かずして、彼のことだから仕方がないといおうか、そういうものだと割り切るようになっていた。
そのジェオフレイは今、胃の中がでんぐり返りそうな振動と衝撃をものともせず隊列の先頭をかっ飛ばしている。
後方からでは確認などできないが、おどろ髪を向かい風に乱し、薄青の瞳を爛爛と輝かせ、不敵に口元を釣り上げているに違いない。それは彼が楽しい時にしかしない表情だ。
シオネは初めのうちこそ彼の脇に腹這いになって四肢をふんばりながら哀れっぽい声で鳴いていたが、もはやすっかり参ってしまい、振り落とされないようにジェオフレイの膝の上に必死にしがみついている――あの様子ではきっと爪も立てている――という有様だ。
相当重いし邪魔にもなっているはずだが、彼には藁を掴む溺れ犬の存在が苦にもならないようだ。
芋虫の日を血沸き肉踊ると言って憚らない妹のウルリカとは、やはり似た者兄妹なのだとイズリアルは思った。




