敬清の独り言
わしが思うに、ねーちゃんは魔法について深刻に考えすぎている。
この世界は基本的に自給自足で、領主が治める土地があって、フロンティアがあって、騎士とか魔術師とかがいて、魔物がいて、盗賊とかもいて、本物の剣があって、ギルドもあって実力さえあれば登録できるらしい。
現在のわしの目標は組合(こっちの世界での冒険者ギルド的な組織)に入って冒険をすることだ。色んなクエストをこなして、色んなモンスターを倒して、レアアイテムや素材を集めて、強力な武具を作って、通り名とかで呼ばれてみたいのだよ。
ねーちゃんはそういうののどこが面白いのかわかんないって言うけど、いいんだよ、ねーちゃんにその手のロマンを理解してもらおうとは思ってない。
当然そういう世界だから魔法だってある。
さすがに生き死にに関しては、単純にHPが0にならない限り死なない、なんてこたぁないと思うけど、基本的には生きるために必要な力というか体の元気さを表すのがHPで、魔法を使ったり激しいショックを受けたりしたら減る精神的疲労のキャパがMPって解釈しといて間違いないと思う。
なんでかっつーと、オルソンのおっちゃんから魔法の使い方教わり始めてから、わし、ステータスが見えるようになったんじゃもん。
ほれ、こんな感じ。
名前/江見敬清 種族・所属/地球人・ヴォジュラ辺境の森中央区域第6地点管理人預かり
レベル/3
HP/14
MP/18
基本的なとこしかわからんけど、ちょっと落ち着いて自分を見つめ直すと、文字と数値がふうっと浮いてくるんだよ。ありがたいことに日本語と算用数字だ。でねーと読むにも一苦労だし。
種族は『地球人』ていうなんとも雑な括り。異世界だから分類するならそれだけで通用するんかもしれんけど。
しかし何より、『所属』のインパクトがすげーよ。ヴォジュラ辺境の森中央区域第6地点管理人ってのは多分父ちゃんのことで、その家で世話になってるからってことなんだろうけど、レベル3でこんな長々しい肩書ついてるステータス見たら、正直他の大したことない能力値とか霞んじゃうもんな。
あ、父ちゃんてぇのは、うちの父ちゃんのことな。ちょっと前までおっちゃん言ってたけど、オルソンのおっちゃんと区別しにくくて紛らわしいから呼び分けることにしたんだ。
オルソンのおっちゃんに魔法教わり始めたばっかの頃は、わしのレベルは2じゃった。こないだ3になって、MPが1上がった! レベル1から2になった時はどうだったんかなぁ。見たかった。
こうやって数値化されると、わかりやすいし、訓練の励みになる。
ちなみにねーちゃんのはこう。
名前/江見潮音 種族・所属/地球人・ヴォジュラ辺境の森中央区域第6地点管理人預かり
レベル/1
HP/15
MP/25
レベル1のくせにHPもMPもレベル3のわしより高いのは年齢補正か。歳のせいだよな。5年早く生まれてる分だよな。そうであってほしい。でなきゃ拗ねる。
他の人のステータスも見られるって気付いたのは割と最近だ。
10秒くらいしっかり対象を見つめてなきゃならんので、目が合ったりすると不審に思われかねないというリスクがあるが、好奇心には勝てなかった。
その好奇心のせいでしばらく凹むことになったとしても、そりゃ自業自得なのでしょうがない。
ウルリカのステータスを見てみたら、ウルリカのレベルは32もあった。レベル差がありすぎると情報が読み取れないのか、HPもMPもわからんかったけど、レベルと種族の辺境人てのと、所属がなんとか管理人つまり父ちゃんの『預かり』の部分が『娘』ってなってんのだけはわかった。
少なくとも、わしがウルリカに勝てるようになるのは当分先ってこった。ちぇっ。でも負けねーぞ!
何も父ちゃんや兄ちゃんに勝てって言われてるわけじゃないし、まだ現実的なラインのはずだし。
てか、父ちゃんと兄ちゃんはおかしーんだよ! レベルすらわからんとか、どんだけだよ!
イズリアルさんは辛うじてレベル46って見えた。これもレベル差のせいか、名前とレベルしか表示されてなかった。フルネームで表記されてたが、名字がヘルビーストってなんかアレだよなぁ。ついでに、ミドルネームってやつが入ってた。貴族っぽい!
まだ名称は教わっちゃおらんけど、アナリシスとかの解析系の魔法なんだと思う。自他の関係なくステータス見た後はわしのMPが1減っとるけんな。
わしがもっとレベルアップするか、消費を増やして精度を上げられるようになれば、もっと細かい情報も見えるんじゃないかと今から期待している。
他にわしが覚えているのは、情報操作系に属する≪気配遮断≫≪視覚遮断≫≪聴覚遮断≫≪嗅覚遮断≫。まだ3秒までしか持たせられないものの、獲物に気取られずに近づくことができる。
他には空気の層で外的要因からの攻撃を届きにくくする防御系の≪盾≫と、移動系で≪脚力上昇≫の3種類だ。
防御系にはかなり色んな種類があって、身体強化することで自分を打たれ強くする肉体操作系と、わしが使える≪盾≫みたく空気を一時的に従わせる物質操作系など、カテゴリが細かく分かれている。実際には肉体操作、物質操作など何に対して働きかけるのかで基本的な大別をして、そのうえで肉体操作系の防御、物質操作系の防御、と分けていくらしいので、わしの場合、正確には物質操作系の防御系統、ということになる。
最初に移動系と表現した≪脚力上昇≫も、これに倣えば肉体操作系に属する移動系、というサブカテゴリに入ってることになる。いわゆるテレポートとかも移動系だけど、こっちは魔法操作系の移動系カテゴリに入るわけだ。
おっちゃんからざっと説明を聞いた時、テレポートなんてできんの! とワクドキしたもんだが、一応使える人間は少数ながらいるそうだが、それに伴うリスクが実にひどいもんで、入念な準備が要るんだと。咄嗟に使えないんじゃ、瞬間転移のメリットが半分くらい死んじゃうじゃん。
ちと脱線したが、まあそんなわけで、わしは今習得魔法を増やすことに(自分にできることの中から魔法を拾い上げることに)打ち込んでいる。
まだレベル3だからかアナリシスがしょぼいのでスキル名称やレベルとかまでは見えないけど、見えてたら全部覚えたてのnewマークとかついてたり、技能レベル1がずらっと並んでたりするんだろうなと思うと、それはそれでわくわくする。
それでもオルソンのおっちゃんからは習い始めに3系統も身に着けているのは大したものだと褒めてもらったんだぜ。
で、ねーちゃんのことに話戻すけど。
昔からお化けとか妖怪とかの類の話が苦手だったってことはない。心霊現象とかも信じる方じゃなかったし、魔法そのものに懐疑的なのかもしれない。
自分は妖怪みたいな年寄りギツネに入れ込んでるくせして――ありゃ絶対、ただの野生動物なんかじゃねーよ。長生きした猫が化け猫になるみたく、長生きしすぎた化けギツネだ。アナリシスしてみたら種族はモンスターに違いない。尻尾は一本だけどな!――魔法を信用してない。
兄ちゃんが指摘した言葉通りなら、魔法を怖がってることになる。実際、魔法を使うことにとてつもない危険が伴うかのように言ってくる。
いったい何がそんなに心配なのか、さっぱり分かんねー。ここ2月ばかりの不審な態度は、いっそ全部キツネのせいってことにしてしまいたくなる。したところで何にも解決しないだろうからしねーけど。
ねーちゃんに、何が心配なのかは聞いたんだ。でも、心配するようなこっちゃないだろ?
魔法使ったMPの消費は、この世界じゃ歪みの相殺という。
魔法を使うと、使った魔法が効果を及ぼした範囲と規模に比例して、ズレというか、なんてゆーのかな、起こった変化と元の状態との食い違う部分というか、差分っての? 起こった結果から弾き出された元の状態の名残というかが、行き場をなくして漏れ出してくるんだよ。
歪みは有機物無機物問わず、触れたものに悪い影響を及ぼす。
魔法は生きてる人間が使うもんだから、やっぱり使った人間と波長が一致するもんで、使ったそばから術者の体内に取り込まれて術者の心身を摩耗させ、代償としてのMP消費という形で終わる。術者のMP容量を上回る歪みを取り込んだりHPを削っても中和しきれない場合、そいつをモンスターに変身させちまう。
だから魔法を使う者で、モラルの低い連中は、あの手この手で歪みの相殺や吸収を回避しようとする。魔法エネルギーを蓄えた道具で消費を肩代わりさせたり、歪みを受け入れにくくする護符を身に着けたりとかするらしい。前者はいいとして、後者は術者本人が楽をするだけで、歪みそのものは投げっぱなしだ。
そうすると、相殺されなかった歪みは野放しになっちまう。
あっちで言う磁場とかパワースポットとかいう場所がこの世界にもいくつもあって、歪みは放っておいたら勝手に決まった場所に吹き溜まり、その場所をいわゆるダンジョンにする。
その最たるものがこの家の北にある魔境というところ。こっち来て最初の一日に見たっきりだけど、確かにあそこは生態系が歪み、狂ってるとしか思えないような進化を遂げた生き物もいた。
ここでは、魔術師という職は試験を受けて合格しなけりゃなれない上級職で(つまりRPGの能力傾向を表すクラスとしてだけじゃなく、立派な職業なのだ!)、そうした資格魔術師が作るギルドが、組合とか役所とかと協力し合って、歪みの相殺を誤魔化そうとする連中を取り締まってるって、オルソンのおっちゃんが教えてくれた。
そういう、楽して魔法を使って甘い汁だけ吸おうとする奴らがいるから、世界中至る所でモグリ魔術師が凶悪事件を起こして近隣住民に迷惑をかけるし、たまに資格魔術師も事故を起こして周りに迷惑をかけるし、ダンジョンの敵は少しずつだけど進化して強くなっていくし、魔境は広がっているんだそうだ。許すまじ! だな。
わしが正式に組合員になったら、そういう事件を一件でも多く、早く解決できるようになりたい。
兄ちゃんはおっちゃんの教え方には穴がある的なこと言ってたけど、それは否定しないけど、おっちゃんが教えてくれたことはみんな面白かった。多分他のことは父ちゃんと兄ちゃんとイズリアルさんに丸投げして、おっちゃん自身はわしが楽しく覚えられることだけピックアップしてくれてたんじゃないかと思う。
もしかしたらねーちゃんは、歪みがすごく反映しやすい体質とかなのかもしんない。魔法も習ってないのに歪みがわかるって言ってたし。
イズリアルさんも言ってたじゃないか。素質があるからこそ、魔法がもたらす歪みへの、歪みが引き起こす悪い変化への恐れを無意識に抱くんだって。
それに、ねーちゃんは明らかになんか隠している。それが余計にねーちゃんの魔法への疑いを深めている。
キツネに取り憑かれてるせいとかだったりしたら、まじでどうしてくれよう。
キツネを倒すしかねーのかなぁ。
見た目は、前の世界で同じ町内だった吉田の隠居じーさんが飼ってたゴンスケ(雑種・17歳)みたいな、一発叩いただけでこっちが精神的ダメージを負いそうな弱っちいなりだったけど、こっちの相手は妖怪だ。レベル3のわしが無策で喧嘩売って勝てるとは思えない。
下手したらねーちゃんの恨みも買いそうだし。
いっそ話してくれりゃ、意外とあっさり解決したりしそうなんだけどな。
だから、わしは何度でも言ってやる。
魔法って怖くないんだぞって。
それからまたしばらく経った。
ある日から、毎日丸太を一本ずつ担いで帰ってくるようになった父ちゃんが、家を建て増すことにすると発表した。
これからわしらが大きくなるし、皆に部屋が行き渡るようにして、家畜スペースもグレードアップさせるらしい。
やったぜ! 正直父ちゃんとの相部屋は窮屈だったかんな。
ん? 実働要員にお前も入ってるだろうって?
んなもん仕方ねーじゃん、人手少ねーんだし。これも修行だ。
あ? 若いうちから体鍛え過ぎたら背が伸びねーって?
うるせーなねーちゃんはよ!
……声変わり中なんだから大声出すなって?
……わかってんなら、んな口ほどにもの言ってる目でこっち見んな。
一緒に作業しながら、父ちゃんが魔境と魔法の関係について少し話してくれた。
相殺されない歪みが魔境に溜まるってのは言ったよな。それがじわじわ魔境を広げてるってのも。
父ちゃんがこんな辺鄙なとこに親子だけで住んでるのは、魔境から出てくる魔物を早めに退治したり、魔境に入り込もうとする外の人間を防いだりするためなんだけどさ。ここに住み始めて15年以上になる父ちゃんが毎日のように見回りに出た経験から言うんだから、ほんとだと思う。
魔法を使うということは、何もしない状態こそがニュートラルな世界のバランスを乱す要因となるんだそうだ。
世界を天秤だとすると、世界中で魔法が使われる度に歪みがプラスと、相殺された分がマイナスされまくっていて、常に小刻みに揺らいでる感じだ。
魔法研究の進歩とともにそれが激しくなっているというのは聞き捨てならないな。それまでは魔法は便利としか思ってなくてちと浮かれていたわしにとっても、考えさせられる情報だ。もっと慎重に、歪みを逃さないように練習しないと。
いくら魔法が便利だからって、ないものを出したりはできない。例えば、RPGでよく見る、火の玉を飛ばすような攻撃魔法を使うとする。
近くに松明なり焚火なり、燃えてる火があるんなら、そっから火種を分けてもらえる。かかるコストはかなり削減できるし、生まれる歪みも少ない。
でも火種が何もない状況で火の玉を作ろうと思うなら、空気中とか近くの燃える物質とか術者の体の脂分とかから燃焼エネルギーをかき集めて、火が出来る下地を作ってやらなきゃならない。そのうえで、松明でも枝でも燃える物を用意しておかないと、火が燃え続けるためのエネルギーを維持し続けなきゃいけないわけだ。
んなことやるとすげー疲れるだろうってことは、わしにだって想像がつく。その維持にかかる時間と、出来る歪みのひどさも。火の玉を出現させた場所は大抵は術者の手の上とか体の近くだろうから、維持するほどに熱いしダメージにだってなる。
MP18しかないわしがんなことやったら、10秒持たずにガス欠だ。下手すりゃHPもごっそり削って倒れる。
倒れるだけならいいが、そこでできた歪みを自分で処理できなかったら、あぶれた歪みは魔境の奥へ流れて行って、魔境のカオスを更に深刻にする歯車になっちまうか、自分で作った歪みに飲み込まれて魔物化するかのどちらかだ。無理無理無理無理、歪み拡張駄目絶対!
それだけじゃない。
さっきは火で説明したけど、今度は水で例えるな。
近くに水場がないところで、水を出そうとする。
手っ取り早いのは空気中や土中の水分を液化させてゲットするやり方。これが一番広く使われている確保経路だという。でもそれをやると、近くの空気や地面は水分を失って乾燥するわけだ。
もっと強力な魔法を使うなら、離れた水場や地下の水脈とかから水を引っ張り寄せる。大規模な儀式をすれば、そういうこともできるらしい。
で、そうすると、水を調達した水場や水脈は、呼び寄せた水量の分だけ、水を奪われることになる。過去にはそれが原因で、干ばつに遭い滅んだ村もあったそうだ。
この世界において、魔法は万能じゃないし、欲しいものや効果を無制限に生みだしてくれる便利すぎるものでもない。魔法は結果を引き起こすだけのものであって、その過程で干渉する物事は、釣り合いが取れるようにできているんだ。特に物質面では顕著だ。アナリシスとかの物理的な変化のない魔法は、きっちり相殺で賄われるようになってるんじゃないかな。誤魔化しは利かないし、歪みの相殺を逃れようとする奴は、最後にはかなり事細かく取り立てられることになる。取り立て屋とかじゃなくて、バランスを取ろうとする世界にだ。
父ちゃんは、そういったことを、かなりゆっくりと、少しでもわしにわかりやすいようにと言葉を選びながら話してくれた。
んで、聞かされた実話を元にした例え話の数々に驚くわしに、ねーちゃんがずっと前にイズリアルさんにもらった小話集に、そういった過去の事例が色々昔話として載っているから、借りて読んでみるといいとアドバイスしてくれた。
わしは正直、あれはねーちゃんが文字を勉強するための教科書として使ってるだけの子ども向けの話だと思ってたから見向きもしなかったんだけど、こりゃ大至急読むべきだ。今夜からでも借りて読もう。昔話が馬鹿に出来ないのはどこの世界でも一緒なんだな。
しかし、なるほど。ねーちゃんはそういう魔法の悪い側面とかバランスとかの話を知ってたわけだ。だからあんなに魔法に否定的だったのか。
そういうことなら、早く話してくれりゃよかったのに。
あとからそう言ったら、ねーちゃんはふてくされた顔で目を逸らしながら、『姉ちゃんはあんたほど簡単に魔法使いになれんのじゃ』と、びみょーに失礼な返しを寄越した。
やめろよな、そーゆー言い方! わしゃ、魔法組合員にはなっても魔法使いにゃならんけんな! ウルリカより強うなったら、結婚してくださいって正式に申し込むんじゃけん! ウルリカに勝ったら求婚を許可するって、父ちゃん言うたんじゃけ!
……求婚の許可であって結婚の許可ではないのがポイントだ。それがウルリカの返事次第なんか、父ちゃんが改めて試練を用意するつもりなんか、そこまでは知らん。
けど、その時はわしも今よりずっと強くなってるはずだし、その時はその時。
今はとにかく、目先のことに集中するだけだ。




