3 理由はない。
私の疑問は、ハルが答えを出してくれた。
それはそれは、とても言いにくそうに。
少し目を伏せて、それから意を決した様に口を開く。
「多分……ですが、偶然が重なったんじゃないかと思います」
「……偶然?」
おうむ返しの様に繰り返すと、ハルは眉尻を下げて頷いた。
「俺の術式は、精霊を喚び出すものでした」
「ちょっと待って……!私は、精霊なんかじゃない。人間っ」
つい声を荒げた私を遮るように、ハルは言葉を続けた。
こちらを安心させるような柔らかい声で、落ち着いてください、ね? と目を細めながら。
「はい、あなたは人です。魔力はあるようですが、人であって精霊じゃない。それは分かります」
なんか引っかかる言葉が出てきたけど、今はどうでもいい。
「じゃ、なんで……」
とても言いにくいのですが……、そう言葉にしてからハルは答えをくれた。
「偶々、俺があなたのいた世界の精霊を喚ぶために発動した術が、偶々、あなたがいた場所の側に展開されて、偶々、そこに落ちてきたあなたが、偶々、喚ぶはずの精霊と共にここに来てしまった」
偶々、そればかりの答えを。
……なにそれ。
「現に、俺が喚ぼうとしていた精霊はずっとあなたの側にいます」
「は? 精霊、が、傍に?」
思わず自分を見てみても、そんなものはかけらも見えない。
「見えない、ですよね。多分、あなたは精霊が現実的ではない世界から来たはず。存在を信じなければ、魔力があっても見る事はできません」
「あ、そう……」
「不安そうに、あなたを見てますよ。その精霊」
そう言われても、見る事も感じることも出来ない私に出来る事といえば、曖昧に頷くだけだ。
それに不安そうに見られても、私にはどうすることも出来ない。
大丈夫でもないのに、大丈夫だと……精霊の不安を取り除く為にそう言えばいいわけ?
――さすがに、無理だ。
「呼び出した精霊さんを、どうするんですか?」
「……それについては、答えることが出来ないんです。すみません」
「そう」
だんだんと、頭が冷えてきた。
冷静になっていたつもりでも、そうではなかったみたい。
じわじわと、自分の置かれている状況に指先から足先から……体温が消えていく。
「用があったのは精霊さんの方で、私が巻き込まれたのは、分かりました。いや、あなたや精霊さんにその意図がなかったんだから、私が勝手に召喚されてしまった……そういう事ですね」
だから、最初の言葉だったんだ。
――いや、俺の所為じゃないだろ……。え、俺の所為?
ハルは申し訳なさそうな痛ましいものを見るような表情で、その視線に耐えられなくて私は顔を俯けた。
要するに……私がここにいる理由は……無い。
二人の様子から分かり切っていた答えとはいえ、言葉にされると実感を伴って心を縛る。
それに。
さっきから……ここに来てからずっと、聞きたい事があった。
一番、気になる事。
聞きたいけど、理由以上に聞き辛い事。
それも、今、一緒に聞いてしまおうか……。
よく読む異世界トリップでは、八割方叶わない望み。
私は意を決した様に、顔を上げた。
「あの」
「なぁ、腹減んないか」
口を開いたと同時に話し始めた茶髪青年の声に、私の言葉は遮られた。
しかも、この状況で、聞くとは思えない言葉。
「……え?」
シリアス空気を切り裂いたのは、茶髪青年の一言だった。
呆気にとられて顔を上げれば、お腹を押さえてる茶髪青年。
「俺さ、朝から何にも食ってないんだわ。飯食いに行こうぜ」
「は?」
ハルも驚いたように茶髪青年を見上げている。
「いいだろハル。お前の召喚に付き合ったから、食いっぱぐれたんだぜ?」
「え、俺は別に……大体そんな事してる場合じゃないだろ……」
ちらりと私に視線を移して、困ったように茶髪青年にまた戻す。
しかしハルの気遣いを無にするかのように、茶髪青年は腰に手を当ててふんぞり返った。
「いや、俺は腹減った。大体こいつ、害のある奴じゃないんだろ? なら食堂行ってもいいじゃんか」
がしっと私の頭に手を置いた茶髪青年は、ハルにそう問いかけた。