14 身内になるという事は。
「キリ・ヤサカ=ザヴィド……キリ・ヤサカ=ザヴィド……」
繰り返しつぶやいても、しっくりこない名前。
物凄くレアチーズケーキを食べたくなるんですけど、どうしよう。
あるのかな、この世界に。
「なぁ、なんかだんだん呪文のように聞こえてきたから、そろそろやめない? 頭痛してきた」
「じゃあ、ラグがラグの部屋に帰ればいいんじゃないかな」
「うるせぇな」
異世界省で大笑いをかましたラグは驚いて応接室に飛び込んできたぼいん受付嬢に事務長さんを任せ、再び私を縦抱っこすると魔術師団棟に戻ってきた。
やっとラグの腕から降ろされた私は、棟の中で待ち構えていた侍女さんに案内されて私がお世話になる部屋に連れてきてもらった。←今ココ
かなり広い、うん広い。
しかもその部屋にはもう一部屋続いていて、そこでさえ十二畳くらいある。
「あの、もう少し狭い所はないですかね……」
ドアを開けたまま立ち尽くしていた私の言葉に、侍女さんは困ったように頭をふった。
「これ以上狭い部屋となりますと、客室には……」
「客じゃないのですよ!」
そんな問答を繰り返していたら、ぐいっとラグに部屋の中へと押し込まれた。
「いい加減、聞き分けろ。もう、ここはいいので」
最初は私に、後は侍女さんに向けて言うと扉を開けたまま部屋へと入っていく。
「こんな広い所、私落ち着かないんだけど……」
廊下を歩き去っていく侍女さんに諦めてラグにかみつくと、深々と溜息をついたラグに力任せにソファに座らされた。
ラグはテーブルを挟んだ向こう側のソファに、どかりと腰を掛ける。
「まぁ、とりあえず話したい事もあるから、今日のところはここで我慢しろ」
「……話したい事?」
真面目な表情を浮かべているラグに、文句を言える雰囲気じゃなくて諦めてソファに座りなおす。
視線で話を促すと、ラグは息を吐き出した。
「とりあえずな。お前、これで王城の奴らに何かされることはそうそうないと思うから」
「は? 突然なに?」
ラグは面倒くさそうに背もたれに、体重を預けた。
「シス長官はこの国の重要人物なんだ。その身内になるって事は、結構な厄介ごとだと思う。あんたにとっては」
え、衣食住が確保されたと喜んだ後にそれ?
「身内って言っても、保護されるだけでしょ?」
「それでもシス長官の身内には違いないし、他人よりも利用価値があるって事」
――利用価値……?
そこまで言われて、今までの行動や話の内容を脳裡に思い浮かべた。
ハルの術に巻き込まれてここにきて、そのお詫びもかねて身内同様に保護してもらって……、ラグに縦抱っこで運ばれる。
それを併せ考えれば。
暫く考えにふけっていた私は、小さく頷いてラグへと視線を向けた。
「分かった。で、私は何を気を付ければいいわけ?」
そう問いかけながら、キュロットスカートのポケットに入っていたメモ帳を何気なく取り出す。
さっきまでメモ帳の存在を忘れてたけれど、メモを取らなきゃ……の意識だけで勝手に動くこの腕ってばすごい。
さすが、私の腕。
黄金の右腕。←違う
ボールペンを右手で握ってラグの言葉を待付けれど、いつまでたっても話し出さなくて。
しびれを切らしてメモ帳から視線を外して頭を上げると、不機嫌そうに眉を顰めるラグと目があった。
「どうしたの?」
そう言えば、眉をひそめたままラグが上半身を背もたれから離した。
「だからさ、もっと怒れって。こちらが悪かったって言いながら、お前が何も出来ない事を利用して都合のいいように話を進めてんだぞ? 嫌じゃないのか?」
「嫌って言ったら、私の意見が通るわけ?」
少しの間も入れずに問いを帰せば、微かに視線を逸らしてこちらを見ない。
「つまり、そういう事でしょ。私はこの世界の事は知らない。けれどシス長官に保護してもらって、当面の衣食住は手に入れられた。これ以上に、何を望めっていうの?」
「だからって……」
直もいい募ろうとするラグに掌を向けて、話を遮る。
少し押し黙ったところで、間髪入れずに話を続けた。
「説明してからの方がそりゃ嬉しかったけれど、でもとりあえず私の為だよね? さっきの戸籍の時のやり取りでなんとなく分かったから」
シス長官は、いくら巻き込んだとはいえ私を召喚してしまったハルを守り、私の立ち位置を固める為。
ハルくんは、私に対する責任を取る為。
ラグは、シス長官の身内になった私に対する周囲への牽制の為。
そう言葉にすれば、押し黙ったラグが深く息を吐き出した。
「確かに、脳内は年齢相応……ってか。のみ込みが早いというべきか、諦めが早いというか……でも怒って、いいんだぞ?」
「まだ言う?」
「いや、だから」
「だから?」
まだ話を続けようとしたラグの言葉を、遮った。
「ねぇ。……だから、なに?」
今までになく冷静な声が、ラグの口を閉じさせた。
「そんな事言っても、何も進まないし何も解決しない。私が声を荒げて怒りをぶつければそっちは楽になるかもしれないけれど、私にも感情がある。これ以上、罪悪なんか感じたくないの。大切なのはわかるけれど、彼を守る為に私に行動を強制させないで」
思わず名前を伏せた私を、ラグは微かに目を見開いた。
けれどそれはほんの少しの間で、悪かった……と呟いたその声にまた罪悪感が膨らんだ気がした。
今週の更新はこれにて終わりですm--m
また来週~(*´∇`*)ノシ
ありがとうございました。




