13 異世界で戸籍が出来ました。
ぶちぶち文句を言い続けるラグをそのままに連れて行かれたのは、日本で言うなら国の省庁。
その省庁の一つ、異世界から渡ってきた人用のお役所で、戸籍を作ってもらった。
異世界人が少なからずいるという事を証明するかのように、対異世界のみの省庁が存在していたのですよ。
そのまんま、異世界省。
この世界の人々は、ネーミングセンスを磨いた方がいいと思う。
そこにラグに縦抱っこで連れて行かれた私は、まー目立ってました。
凄い目立ってました。
最終的には無我の境地にいたるくらい、視線を浴びせられました。
浴びせられたまま異世界省の受付に立ったラグは、微かに笑みを浮かべてアロニアから渡された封筒を受付嬢に差し出した。
「魔術師団長官シス=ザヴィド様の保護を受け、長官の身内となられるキリ嬢をお連れしました」
若干ぽや~んとラグを見上げていた受付嬢は、シス長官の名前にびくりと肩を震わせていきなり立ち上がる。
なぜかぴったりとした服装を纏っている受付嬢の胸が揺れたとか、つい見つめてしまったとかそれは置いておいて。
いや純粋に見るよね。
だってぼよよんて揺れるのが、服着てるのに分かるんだよ。
男じゃなくても見るって、好奇心で。
そんなアホな思考がばれたのか、ラグの腕に力がこもって強制的に中断されました。
「お話は上司より伺っております。どうぞこちらへ」
そう言って通されたのは、VIPルームか! と突っ込みをいれたくなるようなお上品な応接室で。
そしてやってきたぼいん受付嬢の上司である事務長さんは、シス長官の手紙を読んで深く頷いた。
その表情は、何やら同情を見せているんだけどなんだか子供に対するような……迷子になって可哀想に……みたいに感じられるのは、私が今ひねくれてるから?
縦抱っこされて歩く私を見ている人たちの視線が、確実に「異世界から来たみたいよ、あの女の子」みたいに見えたのは穿った見方をしてるから?
事務長さんはなぜか目尻を拭いつつ、持っていた大き目の封筒から数枚の紙を出した。
「今日こちらの世界に来てまだ混乱しているとは思うけれど、この手続きはとても大切なものなんだ。分かるかな?」
……何この、小学生に噛んで含めるように言い聞かせる説明は。
「分かります」
「そう、偉いね。ではここに、上欄の文字を真似して名前を書いてくれるかな」
差し出された紙の一番上の欄には、すでに名前が書かれていた。
事務長さんがペンをとろうと一度立ち上がって後ろを向いたすきに、私はキュロットスカートのポケットに入れておいたさっきシスが書いてくれた自分の名前をこっそりと確認する。
……おし。キリは知らんがヤサカはあってる。
「……キリ・ヤサカ=ザヴィドって書いてあるんだ。シス長官の保護下に置かれたから、元の家名はミドルネームとして、そしてここではシス長官の家名を使う事になる」
ラグが書いてある文字をゆっくりとなぞりながら、書いてある名前を小声で教えてくれた。
だから騙されてるわけじゃないから心配するな、そう言いたいんだろう。
「あぁ、文字、読めないよね。でも心配はいらないから。この世界の神は、異世界の人々に寛容だよ。そんな君たちを、神を崇拝するこの国に仕える我々が害するなんてないから。特に、君のような子に」
「……ありがとうございます」
うん、神さま凄いね。
で、特に君のような子って何かな?
青筋立てそうになりつつ、差し出されたペン……先程のガラスペンではなく羽ペン……を受け取って何とか文字を真似して書く。
一応、名前だけは本人が書かなければならないらしく、もう一枚出された紙にも同じように名前だけ書いてペンを返した。
「ではここからは簡単な質問をするからね。分からない事は分からないと言ってくれて構わないから」
「はい」
いくつか質問をされていくうちに気付いたのは。
いつの間にか私はこの世界に迷い込んでしまった、迷い人としてシスから申請されていたという事。
ハルの魔術よって、間違ってここに来たのではなく。
その話が事務長さんから出た時ラグが不機嫌そうに眉間に皺を寄せたけれど、私はさもありなんと静観を貫いた。
理由がある。
その位わかる。
そしてそれはラグどころかハルくんも知らされず、シスが勝手に考え認め作り上げた虚構。
私的には理由はどうあれ、この世界に私がいるのは間違いようのない事実で。
それが間違えて喚ばれたんだろうが、迷い込んだだろうが、それはどうでもいい。
許容範囲だ。
しかも、自分にも過失が全くないとは言えないわけだから。
シスの書いた書面を元に質問されるから、私は頷いたり返事をしたり、そんな簡単な問答だけで終わった。
全ての欄が埋まると、事務長さんは満足した様ににこにこと笑って私の頭を撫でる。
「お疲れ様。ご家族と離れてしまって寂しいとは思うけれど、少しずつこの世界に慣れていってね。……あ、あともう一つ。年齢を聞いていいかい?」
「……年齢、ですか」
……なんか、すっごい期待している視線を隣から感じるんですが。
笑うの準備してるのがよく分かるんですが。
私は小さく息を吐き出して、にっこりと笑顔を浮かべた。
「二十三歳です」
「……十三歳?」
「……二十三歳、二十歳すぎてます」
「え」
事務長さんの呆けたような声が、ラグの大爆笑にかき消されました。




