9 やるべきこと。
ぼうっとしているうちに運ばれてきた食事は、ほぼ洋食で。味覚もあまり違いが無いらしく、なんの違和感もなく食べることが出来た。
ハルくんが、一つずつ説明してくれたのもあるかな。
少ししょっからいのが、特徴。
あと、肉系が多い。
そりゃー、でかくなるわけだ。
ちっ。
ちなみに、茶髪野郎改めラグも同じテーブルについている。
本来は許される事ではないらしく、食事を運んできた侍女さんが訝しげに視線を向けていた。まぁラグ本人は、全くと言っていいほど気にしてなかったけれど。
ついでに、あんた誰? 的な視線、私貰ったけど(笑)華麗にスルー。
私の横にラグ。向かいにシス、そして斜め向かいにハルくんが陣取っている。
本来シスの立場だと給仕の人が付くらしいんだけれど、私の事もあるから、すべての料理をテーブルに並べてもらい人払いしてもらった。
この世界に来て、どのくらい経ったのか分からないけれど、少なくとも数時間。
当たり前だけど、初めましてな人達。
ご飯を食べながらの会話は、自己紹介がベースとなる。
さっき家族の話を持ち出されて、思考が冷えた。だから……と言ってはなんだけど、混乱していた思考が落ち着けば自分が今やるべきことに気付く。
――情報収集。
自分の世界でもない、元の世界にも帰れるかどうかわからない。そんな私が今しなくちゃいけない事は、この世界を知る事と、周囲の情報を得る事。
仕事と一緒。
情報を集め、咀嚼し、生かす。
その為には、混乱していても醒めていても仕方ない。その言葉の端々からもたらされる情報を、取りこぼさないように脳内に刻み付けなきゃダメだ。
異世界の人間である、自分の立ち位置を、計る為にも。
――そう、仕事と同じ。
今までしていた事と、同じだ。
「ラグは王宮の騎士団に所属してはいるんですが、元々うちが後見をしていたのでそのまま専属の護衛としてついてもらってるんです」
「後見?」
「あー、俺んち両親が小さい頃に死んじゃってさ。妹と一緒にハルの親に後見してもらって家を継いだんだ」
……凄く軽く、凄く重い事を言われて気がするんですが。
「そう、なんだ」
何と応えていいかわからず曖昧に濁すと、私の意図をくんでくれたのかそのまま話を進めてくれた。
なんだ、少しは気を使えるんじゃないか、茶髪野郎め!
「俺、親が亡くなった時、成人してなくてまだ親父の領地継ぐことが出来なかったんだけど。親戚に乗っ取られる前にハルの親父さんが押さえてくれたんだ」
世界が違っても、お家騒動みたいなのってあるのねぇ。
「じゃあ、ハルくんとラグは幼馴染みたいなものなの?」
「あー、俺が会ったのハルが六歳の時だったかな。護衛という名の子守を、シス長官に押し付けられて」
「目につく騎士に片っ端から実力試しをしてたお主を、大人しくさせるための措置の意味合いの方が強いんじゃがの」
呆れた視線×三。
どうやら、やんちゃだったらしい。今もあんまり変わってない気がするけど。
「ふぅん、じゃぁ妹さんは大変だったろうねぇ。こんなやんちゃなおにーちゃんで、可愛そうに」
「うるせぇよ。ソフィはお前より素直で可愛いわ」
むすっとした顔のまま肉を口に運ぶラグだけれど、目元が優しく緩む。うん、将来”妹は嫁にやらん!”とか言って、暴走しそうな雰囲気。
「俺は会ったことないんですよね、ソフィさんに」
ハルが口元をナフキンで拭って、それをテーブルに置く。
うん、ラグとハルの食べ方の違いを見ているだけで、確かに身分の上下が分かるかもしれない。今度もし一緒にハルと一緒に食べる事があったら、マナーを覚えるのもいいかも。
身につく仕草は、自分を助ける。
「あれ? でも、ハルくんの家が後見してるんでしょう? なら、会った事くらいは……」
「ねーな。俺はハルの家に従士見習いとして召してもらったけど、ソフィは手に職をつけるんだって言って仕立て屋に弟子入りしたから」
仕立て屋!
「服を作ってるの?」
思わず喰い付いた私に目をぱちくりさせながら、こくりと頷く。
「本当は身分的にそんなことしない方がいいんだけど、両親もいないし、自立するなら手に職よ! とか宣言してなー」
遠い目になっているのは、なぜでせう。
要するに、この兄にしてこの妹あり、みたいな兄妹って事かな。
「今はうちの領地を信頼できる親戚に任せて、この王都の店で生き生きと働いてくれちゃってるよ」
そうなんだーと頷きながら、ここが王都、という言葉に今更気付く。
そう言えば、シスは魔術師団の長官って言ってたよね。
あれ? ここって、なんか重要地?
まぁ、今聞くような雰囲気じゃないから、とりあえず今は流そうかな。
その後も、ラグやハルたちの話を聞きながら、ゆっくりとした食事を終えた。
シスは、たまに口を出すくらいでどちらかといえば聞き役だった。
……というか、うがった見方をするならば二人の話に対する私の反応を見られていた気がする。
侍女さん達が呼ばれて食器を下げると、紅茶に似た飲み物をテーブルに用意してそのまままた退出していった。
暫く、お茶を飲みながら話し続ける。
お互いに、お互いを知ろうとする感情と、見え隠れする伺うような心情と。
その中でハルだけは、なんの裏もなく話してくれていたように思う。
――素直さが眩しいのは、自分が対極にいるからか。
その時、ふと視線に気づいて顔を上げた。
ハルと、目が合う。
私の様子を伺っていたのか、目があっても驚きもせずニコリと笑った。
「トーコさんが、少しでも元気になってくれたら嬉しいです」
その笑みは裏もなくとても素直に喜んでいるのがよく分かって。
私には眩しくて、口端が引きつらないように笑みを返すのに少し苦労した。




